22話
よく見るとジンさんは両脚に西洋風の鎧を装備していた。そして右足で力強く地面を踏み砕き、それと同時に魔法を詠唱する。
「【原典 土の章 中級編】《タワー・ストーン》!」
「「ううわわわわああああっっ!?」」
するとさっき私を助けてくれた時にも現れた大地の柱が地面から何本も生えてきて、チンピラ達を突き上げる。
「す、すごい……。ジンさんってただの駄目な人じゃなかったんですね」
「あはは……。まあ、ただの駄目な人にギルドマスターは務まりませんからね」
リラは苦笑いしながらもジンさんを本当に信頼しているようだった。
「うおらああああああっ!!」
「く、くそっ! 逃げるぞ!」
あまりにも圧倒的なジンさんに恐れをなしたのか、チンピラ達はちりぢりに逃げ惑う。
「あっ、大変です逃げられちゃいますよ」
「いいえ。大丈夫です。絶対逃げられませんから」
えっ? と私がリラにどういう意味なのか聞こうとした瞬間、チンピラ達から悲鳴を上がった。
「な、なんだぁ!? ここから前に進めねえっ!!」
「見えない壁みたいなのがあるぞっ!? どういうことだよ!」
「結界魔法かっ!? でも何なんだこの規模のでかい結界は!? 公園全体を囲ってやがる!」
見ると確かにこの公園の周りに薄い水色の壁みたいなのが張り巡らされていた。
「結界魔法……? でもこの結界、一体誰が……?」
『それはローさんの魔法ですよ、ミソラさん』
「えっ!? ムースさん……じゃなくてクロ!? でも声はムースさんの声……? どうなってるんですか?!」
私が驚いているとリラの肩に止まったクロの口からムースさんの笑い声が響く。
『ははは。確かにいきなり話し掛けられるとだと驚くだろうね。でも、確か一度見せたはずだけど?』
「え? ……あっ、そう言えば」
思い出してみれば確かにあの時、私が初めてギルドに訪れた日にムースさんがクロを使って腹話術のようなものをしていた。けど、今ムースさんはここにはいない。
『種明かしをするとこれは腹話術ではなく、《シンクロ》という魔法で、感覚全てを使い魔と同調させることが出来るんです。これでそちらの状況を大体把握出来るんです。そして座標をローさんに伝え、その一帯に結界を発動してもらった、というわけです』
「あと、ローさんは超遠距離結界魔法の使い手なんです。さらにこの町にはムースさんが開発した魔法遠隔発動装置をいくつも設置しているので、ほぼ完璧な力で町のどの場所にも結界を張れるんです」
本人は一切部屋から出ないですけど、とリラは更に呆れ顔で補足して説明する。
でも、それって凄すぎない?
「はぁ~。ローさんも凄い人なんですね。引きこもりなのに」
「ムースさんもクロも凄いですよ。ほら」
リラが上空を指す。そこにはクロと全く同じ姿をしたカラスが何羽も飛び交っていた。
「クロは分身出来るんですよ。ね?」
「カ~カ~」
リラは優しくクロの頭を撫でる。
「そしてムースさんは分身体とも感覚同調をしています。今飛んでいるのは八羽。それら全ての視覚と聴覚を同調してます」
そんな膨大な情報量を一つの頭で処理していて尚、喋る余裕すらあるムース。
『まあ、僕は戦闘はからっきしだからね。これくらいは出来ないと。一応ギルドの参謀をやらせてもらってるよ。おっ? どうやら我らが副リーダー様が到着したようだよ』
その呑気なムースさんの声とは違って、突如公園内に荒々しい雷鳴が鳴り響く。
「おらぁぁあ!! 可愛い子はいねがぁぁ! おっ! ミソラちゃんはっけ~ん!!」
「うげ……」
思わず引いてしまったが、雷を帯びたナナリアさんがチンピラを何人が吹き飛ばしながらこっちに向かって走ってくる。
「ミソラちゃんリラちゃん! 伏せて!」
「ふぇ?」
「【原典 雷の章 中級編】《ボルト・ウィップ》!!」
咄嗟に頭を抱えてうずくまった私とリラの上をナナリアさんの持っていた雷を纏った鞭が空を斬るように一閃した。
気付くと後ろに迫っていた二人のチンピラが短い悲鳴を上げて吹き飛んだ
「おいごらあああ!! 何私の可愛いミソラちゃんとリラちゃんに触れようとしてやがんだあ!! 次やったら地獄の拷問フルコースだぞテメエらああ!!!」
「別に私はナナリアさんの物になった覚えはありませんよ?」
「えぇ~! リラちゃんのいけずぅ……」
まるで二重人格かのような変わりようのナナリアさんに私はドン引きしていた。
「ナナリアさん。引かれてますよ」
「そんなっ!? 待ってミソラちゃん! 私、怖くないっ!」
「そ、そうですね……」
「目を逸らさないでぇ~!」
がばっ、と抱きついてくるナナリアさん。ビクッと震えて身の危険を感じる私。
「可哀想なので離れてあげてくださいナナリアさん」
「えぇ~。じゃ代わりにリラちゃんが──」
「ナナリアさん……」
「や、や~ん。怒っちゃ駄目ぇ~。……ごめんなさいっ」
ゴゴゴゴゴッ! という効果音が聞こえてきそうなリラの表情に気圧されたのか、ナナリアさんは素直に私達の側を離れて、チンピラ達を倒しに戻る。
しかしナナリアさんが去った後もゴゴゴゴゴッ! という音は聞こえてくる。
私は違和感に気付き、音の聞こえる方、つまりリラの更に向こうを見る。
そこには砂煙を上げながら何かが突っ込んできている姿があった。
「まずは一人ぃぃ!!!」
「ぎゃああああっ!?」
ローさんの結界をぶち破り、騒ぎの中心に突っ込んだのはガンランスを構えたピンク色のツインテールをした美少女だった。
とても見覚えのあるその髪型を見て私は誰だかすぐに理解した。
だけど、理解しがたかった。
「で、ジン。これは何の騒ぎなのよ?」
「おお~。シャル。帰ったか。こいつらギルドに喧嘩ふっかけてきたからぶっ飛ばしてたところよ!」
「なるほど。やっぱり容赦する必要ないわけね。よし暴れてやるわ!!」
確認取る前に一人吹き飛ばしましたけど? と、突っ込む余裕もない私は、突然乱入したシャルさんのその見覚えのない服装に驚いていた。
いや。正確に言うと似たような服を私は見たことがあった。どこでかと言うと、元の世界の漫画やアニメの中でだ。
つまり、今、シャルさんは所謂──魔法少女のような服を着こなしていたのだった。しかもかなり似合っている。
「まさかこの世界で魔法少女のコスプレを見ることになるとは……」
「コスプレ? ……あぁ。シャルさんですね。あの服は彼女曰く、『礼装』であり『戦闘服』であるそうです。あまり変なこと言わない方がいいですよ。あの服にケチ付ける人にはシャルさんは一切の情け容赦なくボコボコにしますよ」
なんて恐ろしい魔法少女なんだ……。
「あぁ……。シャルさんはまだツンデレなだけだと思ってたんですけど、実はピンクツインテールツンデレ魔法少女コスプレイヤー系ガンランスハンターだったとは……」
「な、長くないですか?」
私がそんなくだらないことを言っている間にシャルさんの周囲の空気がキラキラと輝き出す。
「食らいなさいっ!! 【原典 氷の章 中級編】《ダイヤモンド・ランス》!!」
ガンランスに更に氷の槍を覆わせてリーチが長くなった槍をシャルさんの細い腕で軽々と振り回す。
「全員ぶっ潰してやるから前に出なさいっ! 【原典 氷の章 中級編】《アイシクル・ニードル》!!」
次に発動した魔法はシャルさんの周囲から何本もの氷柱を生やしチンピラ達を貫く。とは、言っても氷柱の先端は丸くなっていたので、あんなことを言ってはいたが、どうやら手加減はしているようである。
でもその姿は、私の知っている魔法少女とはまるで違っていた。むしろ悪の魔女、と言われた方がしっくりくるくらいである。
「ん……? というか、シャルさんがここにいるということは」
「そうですね。帰ってきてますよ。ほら」
私はリラが嬉しそうな顔をしながら指をさした方を見る。
その指の先には、かなり遠くからゆっくりと歩いてくる赤い髪の少年の姿があった。
てか、よく見付けられたな……。
「いつつ……。お前ら大丈夫か?」
「あ、カイン。生きてたんですね」
「ミソラ……? やめろよ勝手に人を殺すの。確かに影が薄かったのは認めるけどよ」
ギルドの皆が凄すぎてついうっかりカインのことを忘れていた。よく見るとカインは体中ボロボロだった。
「そんなにボコボコにやられたんですか? チンピラとはいえ、なかなかやるんですか?」
「いや……。これは、あの人らの魔法に巻き込まれたんだ……」
カインはそう言って、ジンさん達を順に見る。確かに服に砂と氷が付着し、鞭で叩かれた痕もあった。
「……よく無事でしたね」
「俺も自分を褒めてやりたい。……で、リラは一体何を見てるん……だ?」
「あ」
カインの動きが止まった。気のせいか、灰のように真っ白になっているように見える。
そして私はそのまま視線をリラへと移す。リラはキラッキラの笑顔で自分の兄であるリクさんに抱きついていた。
「兄さん兄さん兄さん兄さんっ」
「やめ、離せ……っ。くるし、い……」
……気のせいか。メキメキという骨の軋むような音がする。主にリクさんのいる辺りから……。
……うん。気のせいだな。私はそのまま後ろを向いた。
「兄さん。また私に黙って仕事に行きましたね?」
「あ、いや。あれは……」
「私がもう少しで学校へ戻るというのに、私を置いていきましたね?」
「そ、それは危険だからで……ッ!?」
「兄さん──」
「ごめんなさい!! 残り数日はリラに付き合うから許してくださいっ!!」
「はいっ。それなら許します」
リラは満面の笑みを浮かべていた。リクさんは涙目だった。
ま、まさかリラにはヤンデレ属性があったりするんでしょうか。私のラスボスはリラだったりしませんよね? ねっ!?
リクさんがほっと安堵の息を漏らした後、その妹に向ける優しげな目から荒々しくも鋭い刃のような目付きへと変わった。
「で、この騒ぎは何だ? リラが関係してるのか?」
「あ、はい。私の友達が悪漢に襲われまして、私はその巻き添え、と言えばいいんでしょうか」
「なるほど。わかった。こいつらがリラに手を出そうとした。なら、俺の戦う理由はそれだけで十分だ」
かなりのシスコン発言を恥ずかしげもなく言い放ったリクさんは魔法の詠唱を始めた。
「【原典 炎の章 上級編】《ヴォルカノ・インパクト》!!」
「「「うわあああああああああっ!!?」」」
その魔法は公園のあちこちにマグマのような炎の爆発を起こし、チンピラ達をほとんど撃滅した。
……何だかジンさんまでその爆発に巻き込まれているように見えた。気のせいだと信じたい。
そしてリクさんは空を飛んでいるクロ、その向こうにいるムースさんに話しかける。
「ムース。残党は何人だ?」
『町の北口に十三人、東口に五人だね』
「わかった」
そういうとリクさんは目を閉じ魔力を練る。そのリクさんの頭の上にクロが乗るとリクさんとクロの魔力が同調を始めた。
「よし、見えた。俺達から逃げられると思うなよ。【原典 雷の章 中級編】《ライトニング・フォール》!」
リクさんの杖から放たれた雷が上空に向かって迸り、雲に突き刺さる。すると雷は雲の中を北と東に向かって走り、遠くで雷鳴が聞こえた。
『お見事。流石だねリク。今ので『藪蛇』の連中は全滅したよ』
「あぁ……。そりゃいいんだが、クロ。何度も言うが頭に乗るなっての。肩に乗れ、肩に」
リクさんは自分の頭の上にいるクロを叱るがクロは悪びれた様子もなく「アホ~」と鳴くだけだった。
圧倒的。その言葉を体現するかのように、『鴉達の酒場』のメンバーはチンピラを一人残さず全滅させた。




