21話
「これも魔道具なんですか? なんだかよくゲームで出てくるクリスタルみたいですね」
「なあリラ。ミソラは一体何を言っているんだ?」
「私たちにはわからない、ミソラの頭の中にだけ存在する異世界で使われている言葉だと思いますよ」
私が魔道具に夢中なのをいいことにリラは割と失礼なことを言っていた。
ここはアルカの中でも一番の品揃えだと言われている魔道具店である。とは、リラとカインから聞いた話。
どうやら二人もよくこの店に来ては魔道具を買うらしく、この町に住むなら必ず常連になるとまで言われた。
私達はそんな店内を色々と歩き回って様々な形の魔道具を見てみたが、そんな中でも手に乗るほどの大きさの青く光る綺麗なクリスタル型の魔道具に目が釘付けになった。
「でもこれ、どうやって使うんですか?」
「それは商品だから今は使えないぞ。ちゃんと金払って買わねえと」
「あぁ、それもそうですね」
私は当然のことを言われて、ふと気付く。私は未だに無一文であるということに。そもそも稼ぎ口すらない状況である。
ここ三日はリラの家で引きこもり状態で、ご飯やら何やら世話になりっぱなしだった。だから──。
「リラぁぁ~」
「……はぁ~。今度ちゃんと返してくださいよ?」
「優しいリラが私は大好きですっ!」
思わずリラに抱きこうとする私をリラはひらりと躱し私から魔道具をひったくった後そのままレジへと持っていった。
「くっ! 見事に避けられてしまいました……」
「何でそこまで落ち込んでんだ?」
カインは膝から崩れ落ちた私を心配してか、不安げな声を出す。
「何やってるんですか。ほら、立ってください。買ってきましたから」
「ありがとうございますリラ。大好きですよ!」
「あぁ、はい。私もですよ~」
「わぁ~、適当な反応ですね~」
これも親しくなった証、といえば聞こえはいいが、初対面の頃のリラはもうどこにもいないんだなと少し悲しくもなった。
そのあと、私達は店を出て町の公園にやって来た。
「それで、これはどうやって使うんです?」
「……本気で言ってるのか、これは?」
「おそらく本気でしょうね」
「え? 何です?」
「ミソラ。それは単品じゃ使えないんですよ」
「…………へ?」
笑顔でそう告げるリラ。私は持っているクリスタルを見下ろす。
「ミソラ。目が死んでますよ?」
「な、何で買う前に教えてくれなかったんですか?」
「いや、知ってるものかと。昨日までたくさん本読んでたじゃないですか」
「あっ……。ということは、これが魔法燃料なんですね」
魔法燃料とは字の通り魔道具を使うための燃料である。簡単に言うと電池みたいなものだ。
そして今私が持っているのは魔道武器用の魔法燃料なのだそうだ。
そもそもこの世界の武器は三つの種類がある。
一つは魔力を持たない普通の武器。
一つは魔法使いにのみ使用できる魔法武器。
一つは魔法使い以外にも使用できる魔道武器である。
魔法武器と魔道武器の違いとして、魔法武器は魔法使いの魔力を吸収して放出するのに対し、魔道武器は使い捨ての燃料を必要とする武器なのだ。
だから魔道武器がないと私の持ってる魔法燃料はただの石ころと大して変わらないのであった。
「ぬ、抜かりました……。まさかそんな落とし穴があったなんて」
「落とし穴っていうか、見えてる穴に自ら飛び込んだみたいな感じだったよな」
「ですね。すぐ近くに説明書きがあったのに。たぶん興奮してて気付かなかったんでしょうね」
冷静に私のことを分析しているリラをよそに私は公園の真ん中で項垂れていた。
するといきなり公園の周囲が騒がしくなり始めた。
「何ですか? お祭りでもあるんですか?」
「そんな予定はないと思いますが……」
「ん? なんだあの集団?」
カインが指す方向を見て私も首をかしげる。
そこには厳つい顔をした人達の集団がこちらに向かって歩いてきていた。見えるだけでも二、三十人はいる。
「全員カインのお友達ですか?」
「そう思うか?」
「…………う~ん?」
「思わないって言ってくれないかな?! あんなのと友達って思われるの嫌なんだけど!」
そう言うカインだったが、その厳つい顔をした人達は皆、カインのことを睨んでいたのでてっきりカインの知り合いだと思ったのだが、どうやら私の勘違いだったらしい。
向かってくる人達の顔を順に確認していると、何やら見覚えのある顔があった。
「あっ、あの人。さっきのお約束の人じゃないですか?」
「お約束? って、あぁ! 確かさっきのチンピラ!」
「チンピラじゃねえっ!!」
いやいや、どこからどう見てもチンピラですよ? と言いたかったが、口を挟むのは躊躇われたのでやめておいた。
「アニキ! こいつッスよ。オレらを舐めてる野郎ってのは!」
「ほう? てめえか色男。うちのモンを可愛がってくれたってのは?」
「いえ。その人全く可愛くないので、可愛がるとかあり得ないです」
「ミソラ。今は少し静かにしてましょう、ね」
「はっは。黒髪の嬢ちゃん。いい度胸してやがんな」
「いやぁ、それほどでも」
「別に褒めてないと思いますよ。あれはたぶん怒ってるんじゃないかと」
リラは適切なツッコミを入れながらチンピラ達を見る。
「それで、何かご用ですか?」
「いやなに。うちの可愛くねえモンがそちらの色男に世話になったらしくてな。そのお礼に参ったのよ」
少し言い方が変わっているのが可笑しかったが、笑っていられる場面ではないので流石に自重した。
どうやら彼らはカインに復讐をしに来たらしい。覚えてろ、と言った人がすぐさま報復に来るとは珍しいな、と緊張感のないことを考えながらカインを見る。
「悪いな。変なことに巻き込んで。あいつらは俺が片付けるから、安全なところまで──」
「おっと、そうはいかねえぜ色男。両手に花とは羨ましい限りだからな。オレらにもその花を愛でさせてくれよ」
気付くと私達は下品なチンピラ包囲網の中にいた。人数は軽く五十を越えている。
「随分と規模のでかい組織ですね」
「お前ら……一体……?」
「たぶん彼らは最近ここら一帯を住み処にしだした『薮蛇』の皆さんだと思います」
「これまた面倒な人を突っついちゃいましたね。薮蛇だけに」
うまいこと言った、と私は思ったがどうやらそれどころではないらしい。
それに何だか私やリラの身も危うくなっているみたいだ。
「げへへ。確かにいい女じゃねえか。黒髪に赤髪。どっちもオレの好みだぜ」
「隅々まで可愛がってやっからおとなしくしてな」
……なんとも激しい小者臭がするチンピラ達だが、いかんせん数が多い。
この前の盗賊団も全体で言えばこれくらいの人数だったが、あの時はリクさんがいたし、それぞれ数人ずつかかって来たので何とかなったが、一斉に来られると苦戦しそうだ。
何より私はドラゴンと戦った時のような力が今はなくなっている。
体力だけは格段に上がっているようだが、腕力や脚力はほとんど日本にいた時と同等な力まで戻っていた。
だが、その力があったとしても今使うべきではない。ドラゴンの頑丈な体をも砕ける拳をただの人間に向けてしまえば最悪死んでしまうかもしれない。
制御出来ない力ほど危険な物もない。
私はどうすることも出来ずにただ立ち尽くしていると、カインが私の頭に手を置いた。
「心配するなって。俺が絶対なんとかするから」
「そ、そうですか。でも、これカインのせいなのでむしろ当然ですよね」
「うっ、返す言葉もねえ……」
だけど、その言葉を聞いて少し安心した。私は意識を切り替えてチンピラ達を睨む。
「お~お~。格好いいな色男。なら、しっかり守って見せろやぁぁぁ!!」
その雄叫びを合図にチンピラ達が一斉に掛かってきた。私も構えて迎え撃とうと拳を握る。
「ミソラ。カイン君。耳を塞いでください」
するとリラが小声でそう呟き、私は咄嗟に耳を塞ぐ。
「【原典 音の章 下級編】戦慄する旋律よ。彼方まで響き渡れ。《パニック・ショック》!!」
キィン、という金属音が公園内に響き、チンピラ達は堪らず耳を塞ぐ。
最初から耳を塞いでいた私ですら頭が痛くなる。
それどころか何の対策もしていない状態だったチンピラ達は混乱したかのように仲間同士で争い始めた。
「まるで某モンスターの混乱状態ですね。今の魔法はさしずめ超音波ですか」
そんな誰にも伝わない台詞を呟きながらリラの方を振り返る。
リラはその手にいつの間にか竪琴を持っていた。
「それは何ですか?!」
「これは私の『杖』です。それよりカイン君。今のうちに」
「おうっ!」
カインはリラの声に従い、チンピラ達を順に殴り飛ばしていく。途中までは順調にチンピラ達を倒していくカイン。
でも次第にチンピラ達の混乱が解けていき、やがてカインがチンピラに囲まれてしまう。
「オラオラさっきまでの勢いはどうした色男!」
「くそっ!」
倒しても倒しても起き上がり向かってくるチンピラ達に体力を奪われ続け、カインは肩で息をする。
「リラっ! さっきのをもう一回──」
「それは無理です。あの魔法、続けざまに使うと効果が薄れるんです。それに攻撃しようにもカインに当たってしまうかも」
「そ、そんなっ! このままだとカインが!」
「それなら大丈夫です。私はただ無意味に魔法を使ったわけではありませんから」
「えっ? それって──」
「もらったぁぁ!」
リラの言葉に疑問を覚え、気を取られてしまった私に、一人のチンピラが襲い掛かってきた。
「しまっ──」
「ふんっ!!」
思わず腕を顔の前で交差し、防御を固めた私だったが、突然目の前の地面が柱のように真上に伸びてきて、チンピラはその柱に直撃し、ゆっくりと地面に落ちてきた。
「あらよっ!」
「ぐぼおっ!?」
その落ちてきたチンピラを蹴り飛ばしたのは、片手に酒瓶を持った『鴉達の酒場』のギルドマスター、ジンさんだった。
「ジンさんっ!」
「おお。久し振りだなミソラちゃん。って、それよりもだ。何だかリラの琴の音がしたなと思って飛んできたんだが、こりゃ随分と面白いことになってんな」
そう言いながらジンさんは公園に集っていたチンピラ達を見渡した後、持っていたお酒を飲み干し、空になった酒瓶を私に手渡す。
「で、何の騒ぎだ? リラが杖を使ったところを見ると穏やかな話じゃなさそうだが?」
リラと私はジンさんに短く事情を話す。
その間、カインとチンピラ達は動きを止め、突然地面から生えてきた柱と現れたジンさんに気を取られていた。
「ふむふむ。なるほど。あいわかった」
パンッ、と手を叩いて注目を集めたジンさんがチンピラ達の方を向いて鋭い目付きで言い放つ。
「さぁ~て。最近この町で調子に乗り始めた『薮蛇』の皆さ~ん。少しのいざこざを起こす程度のことなら大目に見てやろうと今まで放置してきましたが、オメエらは俺たちの逆鱗に触れました~。だから、もれなく全員絞め上げる。誰一人として逃がさねえから今のうちに覚悟を決めろ」
ジンさんのドスの効いた声を聞いた瞬間、私は思わず恐怖に体が震えた。




