20話
あれから三日間、リクさんの家に籠り、様々な本を一通り読み漁り、この世界のだいたいの知識を得た私は、久し振りに外に出て全身に日の光を浴びていた。
「ん、んんん~! いい天気ですねぇ~。ようやくリクさんの宿題も終わりましたし、今日こそこの町を歩き回りますよ~!」
「誰に言ってるんですか、誰に。朝早いんですからあまり大きな声を出さないでくださいよミソラ」
隣では小さくあくびをするリラの姿があった。そのリラの口調は初めて会った時よりフレンドリーになっていた。
というのも、私は本を読みながら、リラとも沢山お話しをした。と、言っても私の話をしてもそれは全て妄想と言われてしまうので、もっぱらリラのことを聞いてばかりだったけれど。
そしてわかったことだが、どうやら私とリラは同い年みたいだった。なので、名前も呼び捨てにしようということになった。
お互いまだ敬語が出るが、それはどちらも昔からなので治りそうになかった。
ちなみにリクさんは私達より二つ年上の十八歳らしい。学年で言うなら高校三年生だ。あと、そのリクさんだが、まだ町に戻ってきていない。
そろそろ学校入学について色々話を聞いておきたい気もしたが、最悪リラかムースさんにでも頼むつもりでいた。
そんなわけで私は軽い探検気分で町をあちこち練り歩く。お金はないのでウィンドウショッピングだが。
異世界ならではの武具屋に、教会、リラおすすめの美味しい料理屋。他にも色々と見て回った。
そして、リラの通う学校。アルカディア国立学院の前まで来ていた。
かなりの大きさを誇るアルカディアの校舎の周りにはこれまた大きな門がそびえ立っていて、見学は出来そうになかった。
しかし焦ることはない。なんせ今度から私もこの学校に通うのだから。今から楽しみで仕方ない。
何故か隣にいるリラは複雑そうな顔で私を見ていたが、全く気にならなかった。
★★★
学校の場所を確認した私達は、町の中央広場で小休止しようとベンチを探していた。
すると、何だか人だかりが出来ていた。リラと顔を見合わせ、その人だかりに近付いてみる。
「てめえ! 何しやがるッ!」
「おいおい。オレはその娘が嫌がってたみたいだから助けただけで……」
「うるせえ! おいお前らやっちまえ!」
「えっ? ちょ、理不尽だろっ?!」
どうやら喧嘩のようだった。流石火事と喧嘩はアルカの華と言うだけあります。
……いえ、言いませんけど。
騒ぎの中心は三人のチンピラみたいな男と半泣きの女の子。そして蒼い髪の少年である。
「あれ? カイン君」
「あの人のこと知ってるんですか? リラ」
「はい。私のクラスメイトです」
「へえ~。……で、あの……助けないんですか?」
「あぁ、大丈夫ですよ。彼──」
リラの台詞の途中だったが、その間にカイン君、に飛び掛かったチンピラ二人が宙を舞った。
「強いですから」
「……みたいですね」
瞬殺だった。どの世界のチンピラも弱いということが証明された瞬間だった。
「お、覚えてやがれ~!」
と、お約束の台詞を吐き捨てて逃げていくチンピラ。もはや様式美と言っていいかもしれない。
そしてチンピラを追い払ったカイン君は絡まれていた女の子に手を差し出す。
「あぁ、えっと。だいじょう──」
「あぁ~! おっそ~い! 何してたのよぉ~!」
手を差し出された女の子は、その手を取ることなく立ち上がり、カイン君の後ろから走ってやって来た別の男の子の腕にしがみついた。
「ごめんごめん。寝坊しちゃって」
「もう! そのせいで変な奴等に絡まれちゃったじゃない! お詫びに今日はずっとこうしてること!」
「わ、わかったよ……」
そんな二人の鬱陶しいやりとりと、手を差し出したままの状態のカイン君を交互に見て、私は静かに合掌した。
彼は、立ったまま灰のように真っ白になっていたのであった。
彼があまりに可哀想過ぎて、見ているこっちが軽く泣きそうだった。
★★★
そんなうざいリア充が去り、カイン君はそのまま膝から崩れ落ちた。せめてお礼くらい言っていくべきだろうとは思ったが、あまり関わりたくないタイプだったので無視することにした。
「何なんだよ、このやろう……」
カイン君は色んな感情がごちゃ混ぜになったような言葉を呟く。その気持ちは私にも少しわかった。
さっきまで集まっていた人達もそれぞれ散っていき、私とリラはカイン君に近付いた。
「大丈夫ですか、カイン君」
「へっ? ……って、リ、リリ、リラッ!? 何でここに!?」
「何でって。私の家はこの町にあるから。カイン君こそ、もう町に戻ってきてたんですね」
「ま、まあ、な。あんまり実家にいても仕事手伝えって言われて休めねえし。と、ところで、もしかしてさっきの見てたのか?」
「えぇ。見てましたよ」
「やっぱり……。なんか格好悪いとこ見られちまったな」
「……? どこかです? カイン君は女の子を助けて、格好良かったですよ」
「えっ?! そ、そうか?! て、照れるな。ははは……」
あぁ、この人わかりやすいなぁ……。
リラに褒められて顔を赤くするカイン君。この人、恐らくリラのことが気になっているんだろう。
でも、当のリラ本人は一切気付いていないんだろうことは、なんとなくわかった。それに、リラは超が付くほどのブラコンだし。
私は思わず二度目の合掌をしていた。
「で、リラ。こいつ誰? 今オレ何されてるんだ?」
「この子はミソラ。私の友達です。何をしているのかは本人に直接聞いてください。私にもわからないので」
「どうも、私はミソラと言います。ちなみにこれに深い意味はないです。あと私、異世界人です。よろしくお願いしますね」
「い、異世界……? まあ、よろしく頼む。オレはカイン・リヴァイアだ。カインでいい」
そう言ってカインが私に手を差し伸ばす。極最近似たような光景を見たなと感じながら私はちゃんと手を握る。
その大きな手からは、格闘家のような力強さを感じた。
「ところで、カインは魔法は使えるんですか?」
「まあ一応な。あんまし得意じゃねえから、もっぱら格闘戦だけど」
「そうなんですか。でもやっぱり羨ましいです」
私はこの世界に置ける魔法を発動させるための魔力を持ち合わせていない。
それはリクさんと初めて会った時に私に魔力は無いと知らされていたのだが、一応悪あがきとして簡単な魔法書を読んで実戦してみた。
でも結果はやはり失敗。発動の兆しすら見られなかった。
「そうか。お前は魔力持ってないんだな。でも気にすることないって。魔力無しでも十分強い人はいるし、魔道具なら扱えるだろうしな」
「魔道具っ!? 盲点でしたっ!! そうか、魔道具使いになれば私も魔法の疑似体験が出来るわけですね! リラ、この近くに魔道具屋さんってありますか?」
「まあ、ありますけど……」
「では、連れていってください!」
リラは私の突発的な行動にもう慣れたのか、はいはいと言っていたが、カインは今出会ったばかりなので私の変貌ぶりに驚いていた。
「リラの知り合いは、なんつーか、みんな個性的だよな……」
「……はい。そうなんですよね……」
リラの言う通り、リラの周りには確かに個性的な、というより変な人達ばかりしかいない。
だが、そのリラも相当だということをカインは知っているのだろうか。
淡い恋心を打ち砕くほどのブラコン魂を持つリラのことを話すべきかどうか真剣に悩んだが、結局黙っておくことにした。




