1話
──昔からおとぎ話が好きだった。王子様がお姫様を救う話が好きだった。勇者がドラゴンをやっつける話が好きだった。そして、素敵な魔法が使える魔法使いの話が何より好きだった。
それが影響なのか、そういった異世界に憧れを抱くようになった。そんな世界あるわけがないのに、と心のどこかで諦めながら。
でも心のどこかではあるかもしれないと微か過ぎる希望を持っていたりもした。
そうして過ごす内に高校生になった。流石に口に出して魔法だ異世界だと言うようにはならなくなった。
でも未だにそういった類いの話は好きだし、小説や漫画も飽きることなく読み続けている。そして決して叶わぬ夢を今日も一人、誰にも聞こえぬ小さな声で秘かに願う。
「いつか、異世界に行けますように」──と。
☆☆☆
「すっっごおおおおおおおい!!!」
目を覚まして以来、少女は叫び続けながらそこら辺を駆け回っている。何がそんなにすごいのか、全くもって理解出来ない。
何やら先程から自分の頬をつねったりしながら「異世界だ。本当に異世界に来ちゃったんだ。夢じゃないんだぁ~」などと訳がわからないことを言っている。
だがまあ、頭がおかしいこと以外には目立った外傷もないようなので、俺は少女を放置し、このまま目的地を目指すことにした。
「うわぁ~。すごいなぁ~。……ってぇ! 待ってください魔法使いさん! 何で置いていくんですかっ!?」
出来ればこれ以上関わりたくなかったので、無言のままこの場を離れようとしていたのにあっさり気付かれてしまった。くそっ!
「……なんだよ? さっさと家に帰れよ。そして二度と部屋から出てくるな。こんなとこで何も持たずに眠りこけてるような能無しはよ。他の人にも迷惑かけるだろうが。今回は主に俺に迷惑を被ったしよ」
「そっちが勝手に喚んでおいて随分な言いぐさじゃないですかっ!? 私だってちゃんと準備してから来たかったですよ! カメラとか水筒とかおやつとか!」
「いや呼んでないし。それどころかお前の名前すら知らないし。どこの誰さんかもわかんないから。あと何で遠足気分なんだお前は。なめてんのか?」
「あっ、そういえばまだ名乗ってませんでしたね。私はミソラって言います。異世界人です」
「人の話を聞けよ! そしてそんなの聞いてねえよ! ていうか最後のは何だ!?」
あぁ疲れる。言葉が通じないというのはここまで疲れるものだったのか。これならまだベルドッグとの戦闘の方が十倍マシだ。俺は会話を諦めて、その場を去ろうとした。
「あぁ、もういい。それじゃ気を付けて帰れ」
「ループしてる! 話が前に進んでません! それに喚んでない、って。じゃあ誰が私を喚んだんですか?」
残念ながら去れなかった。何なんだこいつはさっきから? 呼んだとかなんだとか、知らないって言ってるだろ。
やはりこういうのに関わるとロクなことがない。俺は少女を無視したまま足を進める。
すると不意に俺の服が思いっきり引っ張られる。思いの外引っ張る力が強く、そのまま思いっきり尻餅をついてしまった。
その俺を少女は見下ろすように立っていた。
「だから! 何で! 置いていこうとしてるんですか! この薄情者っ!」
「この……誰が薄情者だよ。命の恩人に向かってこの仕打ちはねえんじゃねえのか? あぁ?」
「へ? 命の恩人……?」
そういやこいつ、さっきまで寝てたんだったし、知るわけもないか。何だかこのまま放置していくことも叶わなさそうだし日も暮れてしまったので、今日はここで野宿することに決めた。
ついでにさっきのことをこいつに教えておいてやろう。そして、そのまま明日には町にお帰り頂こうと決めた。
☆☆☆
「へええ~。それはそれはどうもありがとうごさいました」
「なんか反応が軽すぎないか? 命の恩人だぞ俺は。下手すりゃ死んでたんだぞお前は」
テントを張り終えてから、携帯食料で腹を満たしつつ、少女、ミソラにさっきまでの経緯を教えた。
ミソラはふんふんと話を聞いているふりをしながら、俺の杖の方ばかり見ていた。ムカついたので、その杖で一発頭を小突いた。いたい、と小声で呟きながら、何かを考えているようだった。
「ええと、つまりこういうことですよね。貴方は私の召喚主じゃない。本当の召喚主は別にいる、と」
意味はほとんど理解出来なかったがめんどくさかったので適当に頷いておいた。そうしたら目を輝かせながらまたぶつぶつと一人言を呟きだした。
付き合っていられない。そう思い、俺はテントに入ろうとした。
「あっ、待ってください魔法使いさん。もっと色々お話聞かせてくださいよ」
「断る。寝る」
「そんなぁ~。私にとって貴方は記念すべき第一異世界人なんですよ。もっとおしゃべりしましょう」
「なにこいつ。超めんどくせえ……」
終いにはテントにも潜り込んでこようとしてくるので仕方なく、おしゃべりとやらに付き合うことにした。
「こほんっ。では改めまして私の名前はミソラです。美しいに空って書いてミソラです。よろしくお願いします」
「……よろしく」
今日一日の付き合いだろうけどな。と心の中で付け加える。
それにしても、最後の補足説明みたいなのは何だったんだ?説明しているみたいだったが、何一つ伝わってこない。その時点でもはや説明ではないか。
「私は異世界の『日本』って国からやって来ました。今年から高校一年生で、文芸部に入ってました」
今度は最初から最後まで何を言っているのか全くわからなかった。ニホン? コウコウ? ブンゲイ、とは文芸で合っているのだろうか。でも最後に付く『ブ』とはなんだ?
やばい。頭痛くなってきた。
「それにしても、魔法使いさんは日本語お上手なんですね。それともあれですか。ご都合主義、みたいな感じで言葉がわかるようになってるんですか?」
「……知らん」
俺は頭を抱えつつ、どうにか一言だけ絞り出した。
「では、今度は魔法使いさんのお名前を聞かせてください」
「あ? あぁ、そういや俺も名乗ってなかったな。リク・アースランドだ」
「ふむふむ。陸に、アースは地面で、ランドも島とか陸みたいな意味がありますよね英語だと。なんだかすごく単純なお名前なんですね。それにとても土属性っぽい」
「何だかよくわからんが馬鹿にされてるんだということはわかる」
なのでもう一発杖で、今度は強めに叩いた。
「あいたた……ご、ごめんなさい。えと、それで魔法使いさん改め、リクさんは魔法使いなんですよね」
「さっきまで魔法使いさんって呼んでただろ。っていうかそんなこともわからんのか」
「初心者ですから」
ま~たよくわからないことを。
「そういえば、この世界って何て名前なんですか?」
絶句した。本気で言っているのか?
まさか記憶喪失、というわけでも無さそうだな。意識も記憶も名前もはっきりしているようだし。どこから来たのかはさっぱりわからないが。
「……ガキでも知ってる常識だぞ。何で知らない? 非常識過ぎだろ」
「私にとってはここにある全てが非常識ですからね」
「俺にはお前の存在全てが非常識に思えるけどな。はぁ……。この世界の名前はエルセイダーだ」
「エルセイダー……。すごく中二っぽいです。ちなみにエルセイダーに魔王っています?」
尚も意味不明の発言と質問を繰り返すミソラ。そろそろ本気で眠くなってきたのだが、目を爛々とさせているミソラが寝かせてくれるとは到底思えなかったので、ちゃっちゃと答えて満足させる方がいいと判断した。
「あぁ、いるな。──だが、それは正確じゃない。今現在、魔王はこのエルセイダーの歩いていけない反対の世界、ラースに存在していて、そこに封印されている」
「おおおおっ!! そう! そういうのが聞きたかったんですよ!」
何だか知らんがお気に召したようで、ミソラは嬉しそうに飛び跳ねている。しかし、魔王の存在を喜ぶだなんて、本当に頭がイカれている。
「それで、その反対世界のラースというのは?」
「まあ、知るわけないわな……。ラースってのはわかりやすく言うと魔物の棲む世界だ。そのラースから、どうやってかは知らないが、こっちの世界に魔物がやってくるんだ。だがこっちの世界からラースに行く手段はなく、謎の多い未知の世界だ」
「なんかそういう未知の世界ってすごいロマンがありますね」
ねえよ。
「まあ、私にとってはエルセイダーも未知の世界ですけどね」
知らねえよ。
「……あれ? なんか怒ってます?」
さっきから反応が薄い俺に気付き、ミソラは心配そうに俺の顔を見る。
「俺、眠くなると機嫌が悪くなるんだよ。もうこれ以上は無理だ。本気で寝る。起こすなよ。絶対に起こすなよ」
「それって、『押すなよ、絶対に押すなよ。……って押さんか~い!』ってやつですよね。私知ってます」
「なんだその情緒不安定な奴は。俺の絶対は絶対だ。お前には寝袋貸してんだからお願いだから寝かせろ」
「あっ、すごいマジなトーン……。わかりました。ではお休みなさいリクさん」
そういうとミソラは俺の貸した寝袋に入り、夜空を見上げた。それを見て、俺もテントに入った。
一応、俺の名誉のために言っておくが、最初俺はミソラにテントを使うように言った。でもミソラは「この世界の星空をゆっくり見てみたいので寝袋とかあったらそっちを貸してください」と言ったのだ。
だから決して俺が女子に気を使えないダメ男だということではないので間違えないでもらいたい。などと、誰に対しての弁明なのかわからないことを考えながら目を閉じる。
頭のおかしい奴の相手をしたせいか、俺まで頭がおかしくなっているようだった。今日は非常に疲れた。主にミソラのせいで。俺はそのまますぐに深く眠りについた。
★★★
「うわあ~。この世界にも星や月があるんだ。あっ、でも星の位置は違ってる。あれ何座って言うんだろうな~。そもそも星座自体あるのかな?」
私は寝袋に入ったはいいが、まだまだ全然眠くならず、輝く星空を堪能していた。
地球とは違い、星の位置も大きさも光の色も違っていて、いつまで見ていても全く飽きない。本当に異世界なんだ。そう感じずにはいられなかった。
ふと、リクさんが眠るテントを見る。リクさんはもう寝ただろうか。もう少しお話がしたかったが、本当に疲れているようだったのですぐに諦めた。それに明日また聞けばいい、と思った。
最初の印象は正直あまり良くなかったが、眠いところを私の我が儘に付き合ってくれたりしたので、心根は優しい人なんだなということが伺えた。
でも彼は私を召喚した魔法使いではないらしい。なら私をこの世界に召喚したのは一体誰なのか? そして、その目的は?
まさか神様が私の願いを叶えてくれたわけでもないだろう。少なくとも地球の神様にそんな力はない。
「ま、いっか。それは追々考えよう」
わからない話はまた今度考えるとして、私は再び星空に目を移す。しばらくそうしていて、ようやく眠気がやってきたので、明日のために眠ることにした。
これが決して夢落ちでありませんように、と祈りながら。