18話
「美味しいかい、ルウ?」
「るー!」
「そうかそうか。それはよかった」
「……何であれだけで会話が成立してるんですかね? 不思議です」
「さあ? それは私にもわかんないなぁ~。あいつが変態だからかもね」
私はとても幸せそうな表情で高級肉を頬張っているルウちゃんと、これまた幸せそうな顔でルウちゃんを眺めているムースさんを見て、通報するべきなのかどうかを真剣に悩んでいた。
ちなみにリラちゃんはさっきリクさんにサンドイッチを届けるために階段を上がっていった。
私も着いていこうかと思ったけれど、ギルドの人以外は基本、他の階には立ち入れないのだそうだ。
なら今ギルドメンバーになればいいと思ったのだが、どうやらそうはいかないらしい。
何でも、学園では上級クラスにならなければギルドに入ることが出来ないのだそうだ。そしてギルドに入ってる者は入学出来ない。
学園か、ギルドかで散々悩んだ挙げ句、私はまずは学園生活を楽しむことを選んだ。
それに上級クラスになればギルドには入れるので問題もそこまで大きくはないという結論に至り、今はこの世界の知識を得ることに集中することにした。
あと、リラさんだけは特例で上の階に登れるらしい。
まあ、実の兄であるリクさんがいるので当然と言えば当然かもしれない。
「ところでナナリアさん。さっきリクさんが言ってたセリアンとかシルフって何ですか?」
「う、う~ん……。何、って言われてもなぁ。セリアンは私みたいな獣の力を宿した人間で、シルフは、羽を持ってる人間、かな?」
「それじゃあ、リクさんはどっちなんですか?」
「いんや。どっちでもないよ。リクやリラ、ジンとムースもヒューマっていう種族なんだ」
「へぇ。種族はその三種類だけですか?」
「だね。一応は」
なるほど。つまりこの世界には三種類の人種がいる。
わかりやすくするとこうだ。
獣人=セリアン。
妖精=シルフ。
普通の人=ヒューマ。
それら全てを人間と呼ぶみたいだ。もう今更ヒューマンとヒューマって似すぎではないか、と言った類いのツッコミはやめることにした。
さらに詳しく聞くと、セリアンは力が強いが魔力は低く、シルフは魔力を多く持つが力は弱い。ヒューマはどちらも平均的。
もちろん例外は存在するが、だいたいこんな感じなのだそうだ。
「ふむふむ。なるほどです。ありがとうございます」
「いやぁ、まさかこんな常識を教える日が来るとはお姉さん思ってなかったよ」
苦笑いを浮かべながらお酒を飲むナナリアさんにお礼を述べた私は、ちょうど一階に降りてきた
「あっ、おかえりなさい。リラちゃん」
「ただいまですミソラさん」
リラちゃんは空になった皿とコップを持ったままカウンターに入り、皿洗いを始めた。
リラちゃんは現在、学校の長期休暇中にこのギルドの大衆酒場でバイトしているそうだ。
「そうだミソラさん。今日兄さんはギルドに泊まるそうなので、家に泊まっていってください」
「いいんですかっ? ありがとうございます」
「えぇ~。ミソラちゃん、うちに来なよ~。ねっ?」
「ナナさんの家に行ったら何されるかわかったものじゃないじゃないですか。自重してください」
「ぶ~ぶ~!」
良かった。リラちゃんの家にお泊まり出来て本当に良かった。
私はリラちゃんとリクさんに心から感謝した。
~~~
ギルドから少し歩いた所に、リラちゃんとリクさんの家はあった。想像とは違って小さな一軒家だったのはちょっと驚いたが、リラちゃん曰く、「私は学生寮に住んでますし、兄さんはこの家を本棚代わりにしか使ってませんから」とのこと。
家をまるまる本棚代わりにするとは、リクさんも結構な変人なのだなと再確認した。
「部屋は私の部屋を一緒に使いましょう。兄さんの部屋に勝手に入ったらすごい怒られちゃいますから」
一瞬、思考を読まれたのかと思った。残念ながらリクさんのお部屋訪問は叶わなかった。でもだいたい予想出来る。本の山なのだろう。
私はリラちゃんの作ってくれた夕食を食べながら他愛ない話をした。主にリラちゃんの兄さん自慢だった。
気付けばもう窓の外は真っ暗だった。
「ミソラさん。お湯が沸いたのでお風呂入っちゃってください」
「お風呂っ! ここ最近は全然入ってなかったんです。助かります」
このアルカに着くまでの間はリクさんの魔法で汚れを落として貰ってはいたが、やはり私も女の子なので久し振りのお風呂は嬉しかった。
「そうだ。リラちゃんも一緒に入りましょう」
「え? いや、私はあとででも……」
「まあまあまあまあ」
「あの、ちょっ、強引すぎじゃないですか?! まさかナナさんみたいに──」
「ダイジョウブです。ただのスキンシップです」
「口調が怪しかったんですけどっ?!」
結局、私は半ば強引にリラちゃんと一緒にお風呂に入った。リラちゃんは着痩せするタイプなことがわかり、軽く絶望したりしたけれど、それはまた別のお話。
☆☆☆
「誰だ? ……なんだリクか。お前はいつも勝手に入ってくるな。一応魔法は掛けてあったはずだが?」
「今更それ言うか? 解除したに決まってるだろ。つーか、いい加減扉に魔法掛けるのやめろよ。解除すんの面倒なんだよ」
「面倒、ね。私の魔法をこうも軽々しく解除されると、それはそれでムカつくな」
「落ち着けよロー。別に今日はアレを取りに来ただけだから」
俺はそう言って壁に架けてあった黒い杖を手に取る。
その杖を強く握り、様々な過去を思い出す。
「……そうか。それを使うのか」
「まあな。何だかんだで、こいつが一番手に馴染んでるからな。再生の杖とこいつは何故か相性悪かったからこんな所に放置することになっちまったけど」
「こんな所とはご挨拶だな。私の研究室にケチをつけるとはな」
「はいはい。すみませんね、っと。それじゃな」
俺は杖を肩に担ぎローウェンの実験部屋を出ようとしたが、急にローウェンに声をかけられたので足を止めた。
「あの黒髪の女、ミソラと言ったか? あいつは、何者だ?」
「なんだいきなり? さあな。自称異世界人の能無し女、ってことくらいしか知らねえ。あ、あと人間とは思えないくらいの怪力を持ってる」
俺は今知る限りのミソラの情報をローウェンに伝えた。
「人間とは思えない、ね。確かにゴーレムやドラゴンを生身の体で砕ける人間をただの人間と呼ぶには無理がある」
「だな。どうした? 研究意欲でも沸いたのか?」
やや茶化した感じに尋ねる俺に、ローウェンは神妙な面持ちで口を開く。
「私の防衛装置が、妙な力を感知した。反応がかなり微弱だったがな。それがちょうどお前が帰ってきた時だ」
その妙な力とやらが、ミソラのあの謎の力と関係しているのではないか。ローウェンはそう言いたいのだろう。
確かに俺達の知らない力があるのだとしたら、それを使いゴーレムやドラゴンを倒せるのかもしれない。
しかし、当の本人もその力の正体を知らないようだった。
「お前を騙しているという可能性もある」
「そうだな。俺も最初の頃はそう思ったが、疑い出したらキリがないしな。それに嘘を吐いてるとは到底思えないんだ。大丈夫だ、何かあったら俺が始末をつけるから」
「……お前がそう言うなら私はもう何も言うまい。だが、一応用心しておけ」
「わかったよ。んじゃ、今度こそ行くわ。あぁ、あと今度からもっと頻繁に顔を出すようにしろよ 」
「善処はしよう」
改善するつもりはあまりないと暗に言ってくるローウェンに呆れつつ、俺は地下室を後にした。
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リクが去った後、ローウェンは一人研究室にて先程話題に上げた防衛装置を眺めていた。
その防衛装置は登録されていない者の魔力に反応するように作られている。
そしてその魔力を持つ者がギルド内で魔力を放つと、自動で結界が発動するようになっている。
これはローウェンの自信作の一つであり、事実、これほどの技術を持つ者はこの国に五人といないと言われている。
だが、欠陥があり、この防衛装置の魔力源は人間であり、消費魔力量も桁違いに多い。
故にこのギルドのローウェンにしか扱うことは出来ず、市場に出ることは無かった代物である。
その防衛装置が今回に限り、エラーを出したのだ。原因はミソラ以外に考えられなかった。その原因を確認すべく、ローウェンは久方振りに研究室を出たのである。
「異世界人、か。まさか本当に有り得るのか。それともただのこいつの故障なのか……」
ローウェンは独り言を呟きながら、壊れている箇所がないかを念入りに調べ始めた。