16話
「ところで、今回は何の用があってわざわざ出てきたんだ?」
ジンさんが、未だに石畳を膝の上に積み上げながらローウェンさんに話を振る。
全員が一斉にローウェンさんを見る。そのローウェンさんは眼鏡を中指で押さえつつ、リクさんを見る。
「理由は二つあるが、片方は今はどうでもいい。それにお前達も気付いてるだろう。リクの魔力量が変わっていることに」
「……やっぱそれか。まぁ、お前らには話しておくつもりだったからむしろ都合がいい」
魔力量の変化。その原因を、おそらく私は知っている。
「再生の杖を使った」
その言葉は予想出来ていたのか皆それぞれ複雑な表情を浮かべていた。
「……ごめんなさい。私のせいで」
私は思わず謝罪する。でもリクさんが私の頭を軽く叩く。
「だから気にすんなって言ってるだろ。あれは俺の油断が原因だってな」
そう言ってくれるリクさんの優しさが、今は少しだけ辛かった。
「ミソラちゃんが謝ってる、ってことは、ミソラちゃんが死にかけてたってこと? ならリクはいいことをした。お姉さんは嬉しいぞ! こんな可愛い子を連れてきてくれて」
「いや? 死にかけたのは俺だ。再生の杖は俺自身に使ったんだ」
「えっ?」
空気を柔らかくしようと冗談(?)を言うナナリアさんにリクさんは大したことなんてないかのように自分が死にかけたことを告白した。
ナナリアさんだけでなく、他の三人も同様に驚愕していた。
「リ、リクが!? 死にかけた!? ただの盗賊狩りで!?」
「だから油断してたって言ったろ。自分でも猛省してんだからあんま言うなよ」
「でも、あんたほどの奴が何で!? ハンデがあったからってその程度の任務でしくじるあんたじゃないでしょ!」
リクさんの負傷が余程信じられないのか、ナナリアさんは鬼気迫る表情で問い詰める。
「……盗賊にしちゃ統率が執れてた。盗賊共の頭もそれなりに強かったし。それに用心棒とやらがやけに頭の切れる奴でな」
盗賊の頭、ゼブ。斧を使い直接リクさんに傷を負わせた男。
そして用心棒。名を確かアルマと名乗っていたが、恐らく偽名であると私は睨んでいる。
「その用心棒。アルマってのが厄介だ。こいつ、禁忌魔法を使ったんだ」
禁忌魔法。その言葉に全員が息を飲む。
「精神支配の魔法に、死体を操る魔法を使う。おそらく、まだ何か持ってやがるだろうな」
「あの魔法を……? まさかそいつ……」
「それはまだわからねえ。だが可能性はある」
私はリクさん達が何のことを言っているのかわからなかった。
たぶん、今私が知るべき話ではないだろうし、水を差すことも出来なかったので黙っておいた。
そこで、今まで黙っていたジンさんが口を開いた。
「リク。お前は、例えどんな理由があったとしても、勝手に死ぬことは許さねえ。それにお前の命はもうとっくにお前一人のもんじゃねえんだ。二度と舐めた仕事すんじゃねえぞ!」
そのジンさんの声は怒気を纏っており、表情も真剣そのものだった。
ただ──。
「確かにその通りだが、それを今のテメエにだけは言われたかねえよ!!」
「てゆーか、そんな台詞をそんな格好で言うなって~の。恥ずかしいから」
「ギャンブルで負けまくる貴方に、説得力はありませんね」
「ふっ。ジンよ。とても似合ってる」
「お前らがとっととこいつをどけねえからだろうがぁぁあああ!」
ジンさんの膝の上には未だに石畳が積まれているので、大真面目な台詞だったのにどこかふざけているようにしか見えなかった。
ひとまず、ここ最近の出来事を報告し終えたリクさんはカウンターのテーブルに突っ伏した。
ちょうどそのタイミングでまた扉が開く。
「ただいま帰りました~」
「おや? お帰りリラちゃん。クロも」
扉のところに立っていたのは、赤い長髪の可愛い美少女。年は私と同じくらいだと見てとれる。
そして、少女──リラちゃんの肩には片足のカラス、クロが乗っていた。そのクロが飛び立ち、突っ伏しているリクさんの頭に乗っかった。
「ふぐっ。……おい、クロだな。だから頭に乗るなといつも──」
「に、兄さんっ? 兄さぁぁぁあん!!!」
「──言ってへぶぅっ?!」
頭に乗っかったカラスのクロに文句を言ったのも束の間、リクさんに飛び付き涙を流すリラ。
そして被害を免れようとクロが再び飛び立ち、今度はムースさんの腕に留まった。
「あぁ、リラちゃんも気になりますがそっちのカラスもとても気になります!」
ムースさんは苦笑いを浮かべながら私と、リクさんに抱き着きながら号泣しているリラちゃんを交互に見て言った。
「リラちゃんは少し時間がかかりそうだから、クロから紹介しようか」
「はいっ」
「兄さん兄さん兄さん! 心配しました心配しました心配しましたぁぁ~!」
「リラ痛い! 痛いから! 抱き着くのはいいが、絞めるのはやめろぉ! 謝るっ! ちゃんと謝るからぁああ!」
リラちゃんの泣き声とリクさんの悲鳴が聞こえてきたが、今はムースさんの腕に留まっているクロの方が気になった。
「この子はクロ。正式名称はスケアクロウ。御察しの通り、このギルドのマークのモデルだよ」
そう紹介されたクロは羽を広げる。その姿はそのままギルドのマークと一致した。
「そのカラスは魔物、なんですよね? と言うことはムースさんは召喚師なんですか?」
「いえ。僕は調教師の方です。と、言っても調教師らしいことなんて何もやってないんですけどね」
ムースさんは頭を掻きながら笑う。
私はそんなムースさんとクロを見てはっと気付く。
「つまりクロはムースさんの使い魔ってことですねっ! この世界では魔法使いなら誰でも使い魔を持ってるんですか?」
「この世界……? いや、使い魔を使役出来るのは調教師だけです。それに特殊な才能を必要とするので、このギルドで使い魔がいるのは僕だけです」
それはあの、色々な属性魔法を使えるリクさんですら使い魔を使役出来ないということを示していた。
とするならば、私には到底無理だと言うことがわかってしまった。
「うぅ、残念です……」
そう言い残し私は項垂れる。使い魔とかにも憧れがあったのにな。
そう落ち込んでいる私の目の前にクロがやって来て口を開いた。
『まあ、落ち込むなよ。ミソラちゃん』
「わぁっ?! び、びっくりした……。クロって喋れたんです、か……?」
急に喋り出だしたのかと思って驚いたけれど、その声は少し声色を変えただけでムースさんの声だった。
私は軽く睨むとムースさんは両手を上げて降参した。
「ごめんごめん。まさかこんなに早く腹話術がバレるなんて。でも今のはクロの言葉を代わりに伝えただけだから、ね?」
「クロの? 調教師って魔物の心がわかるんですか?」
「違うよ。何故か僕だけなんだよね。とは言え、なんとなくわかるってだけだけど。だから僕は調教っていうよりはただ単純に魔物と仲良くなれるだけなんだ。クロともね」
そう言いながらムースさんはクロをなでる。
「その中でもこの子は特別でね。能力も色々持っているんだ」
「へぇ。例えば?」
「それは秘密です」
私はえぇ~。と不満を口にしたが、このギルドに入っていない私は部外者も同然なのでやたら無闇に話すことでもないのだろう。
と、二人で話し込んでいると周りではリクさんがリラちゃんをなだめ、ジンさんはナナリアさんに踏まれ、ローウェンさんは既に姿が無かった。
「悪かった。今度から遅くなるときはちゃんと連絡入れるから。な? だから落ち着け。そして絞めるのをやめろ」
「はい。約束ですよ兄さん」
どうやらリクさんの方は片付いたようである。
「あの、リクさん。そろそろ紹介してもらってもいいですか?」
「あ、そうだな。おいリラ。こいつはミソラ。世間知らずの馬鹿だからお前が色々と面倒見てやってくれ」
「兄さん。女の子にそんな悪口を言ってはいけませんよ」
「はいはい。で、こいつは俺の妹のリラだ」
「よろしくお願いしますね。ミソラさん。私のことはリラと呼んでください」
「はい。それじゃあリラちゃんで。私のこともミソラでいいですよ。ところでリラちゃんは実妹ですか? それとも義妹?」
「実の妹だっての。何でそんなどうでもいいこと気にしてんだよ」
「どうでもよくはないです! 重要なことですっ!」
私はやや食い気味にリクさんに迫る。そんな私にたじろいだリクさんの頭に、またクロが乗る。
「ア~ホ~」
「……おいクロ。だから俺の頭に乗るな。それと俺の頭の上でアホアホ鳴くのもやめろって言ってるだろ。次言ったら焼き鳥にすんぞ」
「ア~ホ~ア~ホ~」
「よっし! 灰も残らねえくらいに焼き尽くしてやる!」
どうやらリクさんとクロは仲良しらしい。店の中でバタバタと追いかけっこが始まった。
「兄さんのことはひとまず置いておくとして、ミソラさんはどういった経緯で兄さんと?」
「ええと。そうですね、まず私がこの異世界に召喚されて──」
「あっ、はい。わかりました。もう大丈夫です」
何故かすぐに会話が終わってしまった。まさか、リラちゃんは人の心が読める魔法でも使えるのだろうか。
「なるほど……。確かにこのギルドじゃないと面倒見きれない感じがしますね」
「う~ん。それは君も大概なんだけど、どっちもどっち。かな?」
「ムースさんにも言われたくないですね」
リラちゃんとムースさんは二人で私を見ながら残念な者を見る目をしていた。
何だかこの目にも慣れてきた自分がいた。
「そうだリラちゃん。君、学校はいつからだった?」
「来週からまた新学期が始まりますね」
「えっ? リラちゃんは学生だったんですか」
異世界の学校に興味が移った私はリラちゃんの手を取る。
「は、はい。そういうミソラさんは学校行ってないんですか?」
「元の世界では高校に行ってましたが、こちらの世界の学校は存在すら知りませんでした」
リラちゃんの目は更に可哀想な者を見る目に変わり、一呼吸してから話を続けた。
その仕草はリクさんによく似ていた。流石は兄妹。
「私が通っているのはアルカディア国立学園です。今年で上級クラスになります」
「アルカディア……」
意味は理想郷。確かに私にとって、その学校は理想郷といってよかった。
「私も入学したいですっ! 私、魔力持ってないんですけど入学出来るんですか?」
「はい。一応は入学出来ますよ。でも──」
「なら大丈夫ですね。よかった~」
リラちゃんは何か言おうとしていたが、私は異世界の学校へ入学できることが嬉しくてそれを気にも止めなかった。