12話
「んん~。いい天気ですねぇ~」
ミソラは大きく伸びをしながら俺の数歩先を歩いていた。
つい先程フレールの町から出た俺達は、俺の住む町、アルカへと向かっていた。
町を出る時、これまた盛大に見送られ、本当に賑やかなことが好きな人達だなと苦笑した。
それに沢山のお土産まで貰ってしまい、荷物が行きより帰りの方が重くなってしまった。
故に俺の足取りは重く、軽く汗が滲んできた。
「……おいミソラ。少しくらい荷物持ってくれてもいいんじゃねえのか? この土産の山はほとんどお前が貰ったもんだろ」
「何を情けないこと言ってるんですかリクさん。か弱い女の子にそんな重たそうな荷物を持たせるなんてナンセンスですよっ」
「ドラゴンと素手でやりあう奴をか弱いとは言わない。絶対にだ!」
それでも尚、か弱いと言うならこの世は貧弱な人間しかいないだろう。
しかし、どう言っても手伝おうとはしないミソラはさっさと前を歩いていく。
俺はミソラと出会ってから急激に数が増えた溜め息をまた吐きながら後を追い掛ける。
「そういえばお前、また服が変わってるな」
俺は気を紛らわすために少し気になっていたことを聞いた。すると、こちらをぐるっと振り返り、やや頬を膨らませながら言った。
「リクさん。女の子の服装が変わっていたら、すぐに褒める。これ常識ですよ?」
「どの世界の常識だよ……」
「無論、私の世界でのことです。そして恐らくこの世界でもです」
「あぁ、はいはい。可愛い可愛い。似合ってる似合ってる」
「うわ、超てきと~だ!」
と、ふざけながら言ったが、別に似合っていないわけでもなかった。
皮のレザーと白いシャツ。ホットパンツに茶色のブーツを見事に着こなしており、髪はポニーテールに結んでおり、星の形の髪飾りも鎮座している。
ミソラのその格好は普段より活発な雰囲気を醸し出していた。
「その服も貰ったのか? なんかすげえ気に入られたのな」
「まあ、これも私の人徳が為せる技ですよね」
「抜かせ。ってか、あのお前が最初に着てた服はどうした?」
「あぁ、制服はドラゴンと戦った時にボロボロになっちゃったので、今おばさんが修繕してくれてるんです。出来上がったらアルカまで届けてくれるそうです」
本当に何でそこまで親切なのか不思議で仕方ない。俺はあのおばさんが何を考えているのか少しばかり気になったが、ミソラが何故かニヤニヤしながらこちらを見ていたので、考えるのを止めてミソラをにらむ。
「……なんだ? その顔は」
「い~え~。別にぃ~。ただリクさんって制服フェチだったんだなぁ~、と思っただけです。大丈夫ですよ。また今度着て見せてあげますからっ」
「なんかすげえ失礼な誤解してんぞお前」
何だか激しく名誉を毀損された感じがしたが、面倒になったので文句を言うのを止めた。
「ところで、アルカまではどれくらいかかるんですか?」
「だいたい三日だな。足があればもっと早いんだが」
「なら走ったらどれくらいですか?」
「このくそ重い荷物背負ったまま走れってか。鬼か?」
「ミソラです」
即答だった。いや知ってるよ。そういう意味で言ったわけじゃねえから。
俺が呆れていると、何かを思い付いたのかミソラが手を鳴らす。どうせロクなことじゃないだろうなと身構える。
「なら競争しましょう。負けた方は……何でも一つ言うことを聞く! 決定ですっ」
「ほんとにロクでもねえな。てか決定じゃね──」
「では、まずあの山の麓までですよ。よーいドン!」
「話聞けよ!!」
ミソラは俺の話を聞かずに全力で駆け出した。
本当に唐突で、突発的で、無邪気で、心の底から楽しそうに笑うミソラを見て、何故だか苦笑しつつ、俺は荷物を背負い直す。
一度大きく深呼吸をしてから、俺もミソラの後を走って追いかけることにした。
「待ちやがれこの野郎! 俺が勝ったらてめえがこの荷物を持ちやがれよ!《エア・ブースト》!!」
「うっわ! 魔法使うとか卑怯過ぎる! 鬼畜! 外道!」
「うるせえっ!」
「ふふふ。でも負けませんよ! 絶対に私が買ってリクさんには私の制服を着て女装してもらうんですからっ!」
「死んでも負けられなくなっちまった!! くっそ!! はえぇ~っ!?」
──これが、自称異世界人の未知数の力を持った変人美少女、ミソラとの出会いであり。
──全ての始まりだった。
★★★
──もし。もしもだ。ほんのわずかな、それこそ虚数ほどの可能性もなく、ただの妄想で終わるだけだと思う話ではあるけれど。
もし、私が異世界に行けたなら、最初に会った人と友達になろうと思う。お約束的に言うと最初に会う人というのは私を召喚した魔法使いのはずだ。
私はまずその人に感謝しまくるだろうな。それで友達になる。
男の子かな。女の子かな。出来れば歳は近い方がいいな。おじさんとかだと、流石にちょっと……。
まあ、異世界から主人公を召喚するような人は大抵、若者だし大丈夫だろう。
女の子なら親友になろう。
男の子だったら……どうしよ。
展開的に言うとその人がメインヒロイン、じゃなかった。ヒーロー?になるんじゃ……。
で、でも、あくまで可能性だけどね!私、ハーレム作るかもだし!うん……。
あっ、でも悪人だったらどうしよう……?
ダークヒーローというのも悪くはないが、やはり私は平和と正義を愛している。
あっ、あと役職。勇者として喚ばれるのか、それとも魔王?
昨今は魔王として召喚されるモノもよく見かける。どちらにしても私は私を貫くだけだろうけど。
……まあ、そんなことありえないんだけどね。
でも、もし本当に異世界に行けたなら。こんなつまらない自分なんか捨てて、生まれ変わったように本当の自分をさらけ出して、楽しく賑やかに生きていきたい。
出来ることなら、最初の友達となる人と一緒に──
──目覚めるとそこは見覚えのない場所だった。いや。まだ夢を見ているのだと思った。確か私は文芸部の部室で今日も小説を読んでいたはずだ。
ふと視界の中にこれまた見覚えのない男の子の顔が私の顔を覗き込んでいた。
あぁ、私は今仰向けに寝転んでいるのか。私はそのまま周りを見渡し、もう一度男の子の顔を見る。
赤い髪。赤い瞳。容姿もかなり格好良いと思う。まるで異世界ファンタジー小説の主人公みたいだな、と思った。
……異世界?
私は飛び起きてその男の子に大声で尋ねた。
「貴方が私をこの異世界に召喚した魔法使いさんですかっ!?」
──これが、天才魔導師であるリクさんとの最初の出会いであり。
──私が夢にまで見た夢のような世界での生活の始まりであり。そして、この物語の序章でもあった。
──さて。とりあえず、ありきたりだが仮のタイトルとしてこう記しておこう。
「異世界召喚されました」と。