10話
目が覚めると、窓から入ってくる日の光が俺の目を眩ませる。
手で光を遮りながらわずかに体を起こし、ぼんやりと窓の外を見る。もう昼くらいの時間帯だからか、外からは町の人達の賑やかな声が聞こえてくる。
ここ数日はずっと寝たきりだったので、少し外に出ようかと思ったが、まだ意識がはっきりしていないようだったので、眠気覚ましがてら、今までのことを整理することにした。
ギゴーラ撃退後、俺は腰を抜かして立てなくなっていたミソラを背負いながらフレールの町を訪れた。
町は未だに少し混乱した人で溢れていたが、俺達がギゴーラを倒したと言うと、最初は信じて貰えなかったのだが、町長を名乗る老人が出てきて俺達を出迎えてくれた。
どうやら町長はわずかながら遠視魔法を使えるらしく、俺達の戦いを見ていたらしい。
その時、ミソラは「なんてご都合的展開なんでしょう……。これが主人公が持つ能力ですかね」等とまた訳のわからないことを言っていた。いちいちツッコむのもいい加減疲れてきたからスルーしたが。
と、言うよりも事実心身ともに疲れ果てていた。いくら魔力が元に戻ったとはいえ、超級魔法は俺でも一日に一、二発が限度であり、それ以前に俺はあの日死の淵をさ迷っていたのだ。疲れが出るのも当然だった。
だが、もちろんそれはミソラとて同じこと。ただの(と言うと語弊がありまくるが)少女が、素手でドラゴンと戦ったのだ。こちらも疲れて当然だ。むしろ生きていることが奇跡、いや不自然とさえ言える。
だからというわけでもないが、俺達二人は町の宿屋のベッドに入ると、まるで死んでいるのかと錯覚するくらいにまる一日眠り続けたそうだ。
次に目覚めた時、町長が俺の部屋を訪れ眠っていた間のことを教えてくれた。
まず、町を救ってくれたことの感謝から始まり、俺が町の外に放置してきた盗賊達を牢獄へ連行してもらえるよう国の方に連絡を入れてくれたりしたそうだ。盗賊も無事昨日の間に連行されたそうだ。
一人、アルマを逃がしたのが口惜しいが今は置いておくことにした。その他にもには色々と面倒をかけてしまったらしい。申し訳ない気持ちで一杯だ。
だが、人が出来た町長はそれくらい町を救ってくれたことに比べれば大したことはないと笑っていた。そのあとは少し雑談を挟み、しばらくこの町に滞在したいという旨を伝えると快く歓迎してくれた。
それは非常に助かった。魔力を使い切った反動で、今はまだ体がだるくなり思うように動かせない。だがしばらく安静に寝ていれば自然と回復するので、食事を軽く取った後はまた眠りについた。
と、そこまでを思い出した時、扉からノックの音が聞こえてきた。俺は軽くだるさが残る体を起こして扉を開いた。
そこにはミソラが心配そうな顔をしながら立っていた。服装が変わっていたが、何だか久しぶりに会ったような感じがした。
「もう動いても大丈夫なんですか?」
「あぁ、元々怪我は治ってたからな。魔力もほとんど戻った。後は体力が戻るのを待つだけだ」
それを聞いたミソラはほっと安堵の息をついた。俺は立ち話も何だったので部屋の中に招いた。
ミソラは俺がさっきまで寝てたベッドに躊躇なく飛び乗ったので、俺は仕方なく椅子に座る。
「あぁ~。安心しましたよ。なかなか目を覚まさないので何かあったのかと思いました」
「そりゃ心配かけて悪かったな」
聞くと、ミソラは既に完全回復しているらしく、昨日はこの町を端から端まで探索してきたらしい。服はその時知り合ったおばさんに貰ったとのこと。
広い町ではないとはいえ、その行動力には何か凄まじいものを感じる。
あと、今日の夜にちょっとした祭をするらしい。しかも俺達に感謝を表すためのものだと言うから驚きだ。
ただ、元を正せば俺が油断をしてドラゴンを喚ばれてしまったわけなのだが、いちいち言わなくてもいいかと思い黙っておくことにした。
「この世界のお祭りってどんな感じなんですかね? 今からとても楽しみです! リクさんも一緒に行きましょうね。何て言ったって私達が主役なんですから」
目を輝かせながら話すミソラを見て、俺は今までずっと疑問に感じていたことを聞いてみた。
「それはいいが。お前、これからどうするつもりなんだ?」
「はい?」
予想外な質問を受けたのか、ミソラは固まってしまった。質問の意味がわからなかったのかもしれないと思い、言い直す。
「いや。俺は体力さえ回復すりゃすぐにでも帰るつもりなんだが、お前はどこに帰るんだ?なんなら家まで送ってやるが」
「……あぁ~。そう、ですね。確かに我が家はあるにはありますが、帰り方がわからないのでどうしようもないですね。はは……ほんと、どうしましょう……」
珍しく、困ったような表情を浮かべるミソラ。帰り方がわからないって、じゃあお前はどうやってここまで来たんだ。と聞くのが普通だが、どうも本当にわからないみたいなので口を挟むのはやめておいた。
ふと、ミソラが散々口にしていた異世界という言葉を思い出す。決して本気で信じたというわけではないが、俺が色々と読んできた小説の中で異世界へと放り込まれる話などもたくさんある。
ミソラの常識の無さや、未知で謎だらけの言葉。何よりあのデタラメな力。これらはそんな小説でもよく見られることだ。
もし、本当にそんなお伽噺のようなことがあったとしたら──。
はぁ、と溜め息を一つ吐く。いくら考えても真実なんてわからない。それに真実がどうであれ、こうして関わってしまったのだ。
ならちゃんと最後まで面倒見てやらないとな。なんて、誰に対してかわからない言い訳をしてからミソラに告げる。
「──なら、俺がなんとかしてやる。お前が家に帰れるまで面倒見てやるよ」
「……え? い、いいんですか?」
「あぁ。拾った生き物は最後まで面倒見ろって、よく言うだろ」
「私は犬や猫じゃないんですけど……」
じとっとした目で睨むミソラだが、無視。それにそれだけが理由じゃない。
「……一応、成り行きとはいえ、助けてもらったわけだしな」
「えっ? いま何か言いましたか?」
「なんもねえよ。で、どうする?お前が決め──」
「よろしくお願いします!」
即決かよ。と心の中でツッコむ。
何はともあれ、偶然出会った自称異世界人のミソラとの関係はこれからもまだ続くようである。俺は軽く笑いミソラの目を見る。
「……ま、よろしくしてやるよ。ありがたく思え。ミソラ」
「…………は、はい……」
……あれ? 何だ? 何故かミソラの顔がみるみる赤くなっていく。俺の言い方に腹でもたてたのか? でもこれくらいのことで怒ったりする奴ではないはずなのだが。
俺の不安をよそにミソラはベッドから飛び降り、勢いよく頭を下げてから脱兎の如く部屋を飛び出ていった。
「な、何だったんだ……?」
俺は呆然と扉を見つめながら小さく呟くように問うたが、閉ざされた扉から答えが帰ってくることはなかった。
★★★
「うわぁ、うわぁぁぁぁぁ……」
リクさんの部屋を出て隣にある私の使わせてもらっている部屋に駆け込むと、すぐにベッドに飛び乗り顔を枕にうずめて足をバタつかせた。
まさか、まさか自分がここまで取り乱すとは思ってもみなかった。らしくない。全くもってらしくない。
鏡で確認したわけではないが、今私は顔を真っ赤にしているだろう。なんだか顔が熱くて身体中がムズムズする。こうなった原因は明らかだ。
初めて名前を呼ばれた。
たったそれだけのことのはずなのに。でもその時の彼の笑った顔を見たとき、心臓が爆発するのかと思うくらいに鼓動が跳ね上がった。それで思わず部屋を逃げ出してきてしまった。
変な奴だと思われたに違いない。思い出しただけでまた恥ずかしくなっていく。
ようやくわずかに冷静になってきた頭で今あったことを思い返す。これはもう、疑いようがなかった。私、完全に──。
「参ったなぁ。こういうのって、先に落ちた方の負けなんですよね……」
根っからの負けず嫌いである私からすれば由々しき問題であるはずなのに、不思議と嫌な感じはしない。けど素直に認めるのも悔しい。と複雑怪奇な心情に悩まされた。
長々と思考した結果、私はあることを決心した。それは長々と考えたわりには至って単純なことだ。
こちらからは言わない。逆に向こうから言わせてみせる、ということ。
そうすれば私の勝ちだ。と自分に言い聞かせて納得させる。
「……よし。そうと決まれば!」
私は早速昨日知り合った洋服店を営むおばさんのところへと向かうのだった。