荷馬車
一夜明けて、本戦2回戦の初日。私は朝から道具屋まで走って手持ちの宝石1個を換金した。カイル2回戦の賭札を買うためだ。
路銀が底をついている今、少しでも手持ち金を増やさねばならない。カイルに賭ければ1回戦の様な高額配当は無いにしても、2倍にはなるだろう。
急げばまだ、賭け札の締切時間に間に合う。息切れに喘ぐ胸を抑えて私は闘技場へと走った。
辿り着いた時には、闘技場脇に建てられた小屋まで続く賭け札を買う人の列は、かなり短くなっていた。第1試合の開始直前で賭け札の販売は終了してしまうが、なんとか間に合いそうだ。
「・・・でさ、・・・カイルだっけ」
列の最後尾に並んだ私の耳に、【カイル】と聴こえた。何の話だろう?
「だろ、・・・棄権・・・・ってんだからさ。・・・しみにしてたんだけどな」
並んだ列の前の方で誰かがカイルの事を話している。棄権とか聴こえた気がした。どうしよう、凄く気になる。私の後ろには誰も並んでいない。今なら列を抜け出しても問題無いだろう。
「すみません。今、カイルの事を話てませんでしたか?」
突然横から話しかけられて、冒険者風の男二人が驚いたように振り向いた。
「え? 俺かい?」
「はい、カイルがどうとか」
「あ、ああ。2回戦は棄権だって・・・」
「はああぁ!? あ、すみません大きな声出しちゃって。あの、もう一度、誰が棄権?対戦相手?」
「いやいや、いや。プラタンを破ったカイルが棄権して、対戦相手のウッチチャイが不戦勝」
カイルが試合を棄権した!?私が賭け札を買うために、宝石まで手放したのに?いや、そうじゃなくって・・・カイルは今。何処?
黙り込んだ私に冒険者風の男が戸惑った様に声をかける。
「何?お嬢さんカイルに賭けてるの?俺もさ、予選であいつと戦ってさ、蹴っとば・・・え?ちょっと」
私は男の話が終わる前に駆け出していた。でも、何処に向かえば良い?うん、とりあえず・・・宿に戻ろう。そういえば、カイルは試合までの間何処に泊まっていたのだろう。彼は無一文だった筈。
* * * *
今、私は狭い馬車の荷台で揺られながら激しく後悔していた。
あれから、宿屋でガラテア教の教会の場所を尋ねると、なんと宿屋の裏手にある事が判った。しかし、教会の扉は閉ざされており、入り口に掛けられた木札には、こう書かれていた。
『後任の司祭が赴任するまで、当教会は閉鎖いたします。皆様にガラテア様のご加護が有りますように。 ガーシム・グラン』
あの変態仮面は、私を出し抜いてカイルと旅に出たのだ。急ぎ宿を引き払い、街の出入口で待つ事、半日。ようやく街を出る荷馬車2台プラス護衛4人の小商隊を捕まえて、荷馬車に乗り込んだ。闘技会に賑わうこの時期、デノンの街では物価が高騰する。それを当て込んで来た商人が、荷を降ろした帰りだという。だが、運び賃は足元を見られた。おかげで宝石を売ったお金の殆どが無くなってしまった。私が乗り込む為に降ろす積み荷の【赤鱒の干物】を買い取らされたのだ。しかし、私は見ていた。護衛の冒険者が分散して赤鱒を馬の鞍に括りつけるのを。この酷く揺れるくせに脚の遅い荷馬車の乗り心地は最悪だ。このまま荷馬車を降りて自分の足で走った方が速いんじゃないだろうか?今から考えてみれば、武者修行の護衛はカイルでなくても良かったのだ。闘技会を最後まで観戦して、まだ勧誘していなかった出場者から慎重に探せば・・・。頭に血が登って、なんと軽率な事をしたのだろう。しかも、この商隊の護衛に就いている冒険者たちのガラの悪さは・・・。日も傾きかけている。そろそろ野営地を探さねばならないだろう。このガラの悪い冒険者達と野宿するのは、正直なところ憂鬱だ。
「なあ、怒った声でずっと呟いてっけどさぁ。ヘルムのバイザー上げて、笑った顔見せてくれよ。」
またしても荷馬車を護衛する冒険者が馬を寄せてきた。街を出てから何度目だろうか。馬車に乗せて貰う為、最後のダメ押しにヘルムを脱いで金髪(王族の証)を見せたのが不味かった。
「なあ、姫様は女王選定の儀で旅の途中なんだろ?俺が君を護ってあげるよ」
下心満載の笑顔だ。このナントカいう名前のチャラい冒険者は信用出来ない。私の見立てでは0.1ベルステイン程度の強さだ。ああ、騎士ベルステイン。どうして去ってしまったの。
「おい、ナホト!一人前に色気づく前にちゃんと仕事しろよ」
更に殿にいた冒険者も馬を寄せてきた。ああ、ナントカじゃなくってナホトか。コイツの名前なんてどうでも良いですけど。
「ムザラクさん、狡いっすよ。いつも俺を出汁にして、美味しいところ持ってくんだもん。今回はぁ、譲りませんよ。俺が一番に味見します!」
「半人前が何言ってる。俺が一番だ」
「おいおい、お前達を雇ってるのが誰か忘れたか? ワシが一番だ」
御者台で手綱を握る商人が話に乗ってきた。
「あ?おお。じゃ、俺が2番だ」
何の順番を決めているのか知らないが随分熱が入っている様だ。
「ええ?そんなのクジ、いやジャンケンで決めようぜ!」
声が大きかったのか、前の馬車を護衛していた冒険者2人までこちらに寄ってきた。
「「せ~の、ジャンケン、ホイ!・ホイ!・ホイ!!」」
「ぃやった~!おれ、2番!!」
良い歳の大人が4人でジャンケンする様は、何処か微笑ましい。
「「ジャンケン、ホイ!・ホイ!・ホイ!」」
私は少し肩の力を抜いて、ヘルムのバイザーを上げた。頬に当たる風が気持ち良い。
「うっひょ~!やっぱり金髪なんだ」
これから数日は一緒に旅をする仲間だ。ギスギスしていても仕方がない。私は愛想笑いで応えた。どこか、和やかな空気が流れる。
だが、コレがいけなかった。




