野獣剣士
修正の関係で予選が5話に入った為【野獣剣士】の話は6話に繰り下がりました。m(_ _)m
澄み渡る空の下、角笛が響き、歓声が沸き起こる。
闘技会本戦2日目一回戦、本日第6試合の勝者は西門【大サソリ殺しのプミン】、賭け配当は1.4倍だった。
闘技会の試合出場者は東西の門から入場して闘技場の中央で戦う。武器は開催者が用意した木で出来た武器を使用している。試合の決着は出場者の負け宣言か、開催者の戦闘不能判定で決められていた。魔法の使用は禁じられていないが、試合開始の角笛の前から呪文詠唱を始めると失格となる。このため、真剣の使用ができない剣士が不利になる様な事はないのだ。
そしていよいよ一回戦第7試合が始まる。今日の観客は、この第7試合を見に来ていると言って過言ではなかった。
「東門 予選通過者、トカゲ殺しのカイルぅ~!」
魔力で拡張された大声が響き、観客から笑いが興った。両手を上げて観客にアピールするカイルが哀れだ。
「ねえお父ちゃん、トカゲってなあに?」
前の席で子供の声がする。
「トカゲって言うのはだな、ドラゴンみたいで・・・」
「じゃあ、凄いんだ」
「ははは、いやいやトカゲは手のひらに乗るくらい小さい生き物なんだよ」
そう、ノルト地方のような寒冷地にトカゲは居ないのだ。トカゲの生息域はもっと南の温暖な地域だ。
(ん、あれ?)
一瞬、記憶の何処かで引っかかるモノを感じたが、それは次に興った歓声にかき消された。
「西門 銀竜の騎士プラタン~!」
西門から入場したプレートメイルに身を包んだ騎士が左手の盾を高く掲げる。盾が光を反射してギラリと輝く。凄い。私が持っている銅の鏡なんて比べ物にならない輝きだ。観客は優勝候補者プラタンの試合に大きな感心を寄せていた。
「う~ん、彼はラズエル公爵のお抱え騎士ですかねぇ」
無駄に甘い声が聞こえて振り返えると、変態仮面が隣に座っていた。
「何故そう思うの?」
正解です。私は彼を旅の随伴に誘った際にその事を知ったのだ。
「だって、銀竜ですよ? 海にいる銀竜を狩るには、沢山の船で浅瀬に追い込むしかないですから。組織で動かなけりゃ無理ですよね」
成る程。ラズエル公爵領は南東の海に面した地域だ。
「でも、銀竜って言っても太刀魚のお化けでしょ。魔法を反射する特性は厄介ですがね」
「そうね、たいした事はないわよね」
彼は優勝候補の一人なんだけどね。それにしても太刀魚ってどんな魚なんだろう? 剣の形をした魚が泳いでるって・・・?
「掛け配当は1.1対 5.1倍~!」
ゆっくりと両名が闘技場中央に進む中、賭け率が宣言される。
「そんな! 誰がカイルに!?」
賭け率が宣言されると言うことは賭けが成立しているという事だ。賭けの元締めの取り分を差し引いても賭けが成立する程のお金が、カイルの勝利に賭けられた!?
客席でもざわめきが広がっている。優勝候補者と無名のトカゲ殺しだから、当然だ。
そんなざわめきの中、両者は中央に進み5mの距離をおいて対峙する。
騎士プラタンは左に銀竜の盾、右手に長剣型の木刀。対するカイルは右手に短剣型の木刀を持っていた。ざわめきは小さくなり、そして。
角笛が吹き鳴らされた。
合図と共にカイルは一気にプラタンへと突進する。
「バン!」
剣を掲げた一瞬でプラタンを中心に3mの呪文結界が拡がり、突進したカイルの目前で火球が弾けた!
目前の火球にダメージを受けたカイルは、ヨロヨロと距離を開ける。どうやら、咄嗟に右腕で顔をかばった様だ。
殆ど無詠唱に近い略式詠唱で火球を呼び出したプラタンは流石だ。そして、この距離は・・・。
カイルとの距離が空いたプラタンが呪文結界を展開して詠唱に入った。それを見て、カイルが再び突進する。
プラタンはすぐに詠唱を中断して、剣をを掲げる。このまま突き進めば、また火球の餌食だ。火球魔法の射程距離は呪文結界の内側に限られるが、プラタンなら詠唱は一瞬だ。
魔法の射程に飛び込むかと思われたカイルは急制動をかけた。その距離4m。
上手い作戦だ。カイルは呪文詠唱を中断したプラタンに何かを感じたのだろう。4mの距離を保って、プラタンの周りを回るカイル。さて、どうやって攻める?
「バン!」
カイルが右手を掲げて叫ぶ。プラタンは素早く銀竜の盾を突き出した。
そして、硬直する二人。
「ねえ、何も起きないけど、呪文結界は展開した?」
「いや、何も」
後ろの観客の囁きが聞こえた。
「バン!」
再びカイルが叫び、プラタンが盾を突き出す。当然、何もおこらない。カイルは魔法が使えない様だ。
「これって、挑発してる?」
困惑した観客の声が聞こえる。いえ、カイルに限って、そんな高度な戦法はとらないでしょう。私は心の中で突っ込む。
首を傾げながらカイルが距離を開けると、呪文詠唱を始めるプラタン。慌てて、カイルが突進する。
そこにプラタンの火球が炸裂した。プラタンは初めから火球の魔法を省略せずに詠唱していたのだ。だが、カイルはギリギリで直撃を回避して横転していた。
そこにプラタンが距離を詰める。カイルも即座に起き上がり、突進する。
「バン!」
再び火球が弾けた。今度こそカイルは火球へと頭から突っ込んだ。そして次に待ち構えていたのはプラタンの長剣だった。
だが、木と木が打ち合う激しい音と共に、プラタンの長剣が高く跳ね上がる。カイルの短剣が掬い上げる様にして、迎撃したのだ。
この距離なら短剣が有利だ。しかし、火球に突っ込んだカイルの目は見えているのだろうか?
クロスレンジでの攻防はそれだけで終わらなかった。お互いに剣を振り上げた状態のまま、プラタンが鋭く回転してカイルの剣よりも早く盾を叩きつけたかに見えた。
しかし、鈍い音と共に2m程跳び下がったプラタンは・・・尻もちをついて転んだ。彼の手からは長剣が零れて、転がる。
「まずいですね」
焦ったような声で、変態仮面が席を立って走り去る。
試合は続いており、カイルは転んだプラタンにそのまま駆け寄って、更に蹴っ飛ばした。プラタンは糸の切れた人形のように3m程転がる。
そこで角笛が吹き鳴らされた。
「勝者、東門 カイル~!」
しかし、カイルは更に駆け寄りプラタンを蹴っ飛ばす。
「おい、殺す気かよ!」
観客が騒然となる中、矢が射掛けられて初めてカイルは周りを見回した。矢が射掛けられなければ、カイルは更にプラタンに攻撃していただろう。
闘技会の運営員が闘技場に駆け込んで、カイルを取り押さえる。対してピクリとも動かないプラタンは、木の板に乗せられて運ばれていた。銀竜の盾が中央で大きく陥没しているのが見えた。
カイルはまだ何かを叫びながらプラタンに近付こうとしている。トドメを刺そうとでも言うのか。闘技会は殺し合いの場ではないのだ。
「やれ! 殺せぇ~!」
血に飢えた一部の観客から野次が飛ぶ。
この闘いで、カイルは【野獣剣士カイル】の2つ名を冠する事になった。
* * * *
宿に帰った私は、酒場の賑に驚いた。
「よお、お嬢ちゃん。一杯奢ってやるよ」
既に酒の入った客が話しかける。随分景気が良さそうだ。
「なあ、あんたも【トカゲ殺し】に賭けたんだろ?」
「はぁ? なんでカイルに・・・」
男は不思議そうな顔をして私を見詰める。
「あんた、マイドの息子って知っててカイルと飲んでたんだろ?」
「へ?」
「ノルドの闘技会が賑わってる理由は知ってるよな? そう、20年前に王都の本大会で優勝した男が、ここの出場者だったんだよな」
ああ、その男の名は・・・マイド! じゃあ、マイド・アリガットって。
そうと知っていれば、彼に賭けたのに。何で、誰も教えてくれないかなぁ。
「その様子じゃ、知らなかったんだな。スマンかった。でも、次に賭けりゃ良いさ。あと、この事はココだけの秘密な。配当が下がっちゃツマランからな」
私は奢ってもらったエール酒を飲みながら考える。
あんなにニコニコ笑うカイルが、試合になれば一変して残虐になるなんて。人の二面性と言うか、心の闇を見た気がした。予選で負傷者を庇った彼の行動は、やはり他の出場者を欺くた為の狡猾な演技だったのだ。彼を護衛にしようとか思っていたのだが、人格に問題が有るかも知れない。
「ああ、そうそう。プラタンの事だが・・・」
聞こえてきた話し声に耳を澄ます。
「もう騎士として戦えないらしい。内蔵が破裂して死にかけてた所を、司祭がガラテア様の神威で治したんだと」
小さな怪我なら薬草と本人の魔力で治す事が出来るが、酷い怪我や、本人に意識が無い場合は治せない。神の奇跡に頼るという事は、相当な重症だったのだろう。
今回は運良くプラタンが転んだ事に乗じてカイルが勝利したが、彼の実力を見るには2回戦を見るしかなさそうだ。




