予選
闘技会初日は、有象無象の冒険者を選別するための予選会だ。
有力者の推薦を受けた者、以前の闘技会で2回戦以上に勝ち上がった者、有名な2つ名で知らている者は、明日からの本戦にエントリーされている。予選勝ち抜き者の本戦出場枠は4名。予選出場者は4つに分けられて、闘技場で戦い、最後まで残った者が本戦への出場資格を得るのだ。
今年の闘技会も盛況な様で、一度に40人近い腕自慢の猛者が闘技場に導かれる。主催者側が用意した木剣を手に、思い思いの装備に身を包んだ冒険者達が剣を振り回す様は、歓声と野次で大いな盛り上がりをみせる。
澄み渡る空の下、角笛が響き、歓声が沸き起こる。
予選3回目開始の合図だ。これまでと同じように、40人の出場者達はお互い距離を取り牽制しあいながらも、左回りにりに闘技場を周回し始めた。
人は群れる生き物だ。例え多少強くとも、数人が掛かりで攻撃されれば劣勢に回る。孤立する事は、死に繋がる。そんな中一人、周囲の動きに取り残されて、棒立ちの男がいた。
「あの、バカ!」
観客席で観戦していた私は思わず呻いた。
カイルは走りだした冒険者達の動きに驚いた様に、落ち着きなく周囲を見回している。そこに周回してきた冒険者の一人が背後から襲い掛かり、手にした木剣で頭を殴打する。一撃を加えた冒険者は、そのまま足を止めずに周回軌道を走り去るが、後続の冒険者達がトドメとばかりに背中を丸めたカイルを殴打する。予選3回目、最初の脱落者は彼だろう。木剣とはいえ、走りながら繰り出された一撃をその身に受けて無事な筈がない。カイルの倒れ込む姿を見て、私は失望した。このまま木剣を手放し勝者が決まるまで倒れていれば、主催者の治療を受けることが出来るだろう。彼への興味は急激に薄れ、全体の流れへと目を移したその時、異常は起きた。
後続を周回していた冒険者の一人が突然横移動して、隣を走っていた者を巻き込んで転倒したのだ。次いで、周回者の群れの中、一人の男が起き上がる。次々に襲いかかる木剣の豪雨を躱し、受け止め、流す。
驚いた事に周回する冒険者の群れが通過した後も、彼はのそまま立ち続けていた。
「「おおおうっ!!」」
周囲の観客から興奮したどよめきが漏れた。
試合開始早々に脱落したと思われた男は、泥にまみれた姿で周回する冒険者の先頭を眺めていた。
その一方で先頭を走る冒険者は、泥に塗れて立っている男に狙いを定めていた。闘技会の参加者の中でかなり小柄な男は、倒し易い相手と映ったのだろう。だが、それに対して小柄な男は接近する集団に背を向けて・・・逃げ出した。
周囲からは失笑とブーイングの野次が飛ぶ。でも彼はそれ程のバカではなかった様だ。泥だらけの男カイルは1対多数の不利な戦いを避けて逃げたのだ。
周回する冒険者の群れの中では散発的な戦闘が続いている。それに対して、先頭よりも更に前を独走するカイルには余裕があるようだった。彼の逃げ脚の速さは私もよく知っている。しかし、数を減らしながらも続く周回走は転機を迎えつつあった。
遂に、周回走の先頭が最後尾に追いついたのだ。最後尾には単純に脚の遅い者と、重装備の者が居た。ここで初めて本格的な乱戦がおこる。
最後尾の者は振り向かなければ脚の速い先頭集団からの襲撃を背中に受ける。先頭集団にしても脚を止めれば後続との戦いは必至なのだ。
激化した戦いの中、私はカイルの姿を見失っていた。おかしい、カイルは先頭集団よりも前を走っていたのだから、とっくに最後尾には突入していた筈なのに。
闘技場隅々に目を走らせてカイルの姿を探す。そこで初めておかしなものに気付いた。闘技場の入門ゲート前に、倒れた負傷者が集められているのだ。
これまでの予選ではそんな光景は無かった。そこに向かって負傷者を背負って走る男の姿があった。カイルだ。
「何してるのよ・・・」
激しい乱戦のさなか、一人、また一人と倒れてゆく冒険者。そして倒れた敗者を背負って運び去る男。
冒険者がその数を4人にまで減らした時、彼の行動は他の出場者の目に留まった。ちょうど今、カイルが背負っている負傷者を打ち負かした重装備の冒険者が木剣を突きつけて誰何の声を発したのだ。
(おまえ、もしかして出場者じゃね?)
そんなところだろうか。二人の間でどの様な会話が為されているのか、ここからでは聞き取ることも出来ない。そもそも、カイルは公用語が話せない筈なので会話が成立しているかもあやしい。
どう思ったのか、その冒険者はカイルに木剣で襲いかかった。正解。カイルは出場者ですから。一方、負カイルは傷者を背負いながらも、俊敏に斬撃を幾度も躱す。
「おいおい、何やってるんだよ!」
観客席から、ブーイングが飛ぶ。
幾度目かの攻撃が当たったのか、カイルは負傷者を落としてしまった。
重装備の冒険者の更なる攻撃をカイルは負傷者に覆い被さりその身に受けた。観客席からのブーイングは更に高まる。そこに至って、カイルは腰に挿した木剣を抜いた。
「えええっ!?」
隣に座るオジサンも驚きの声。この人もカイルが主催者側が雇った救護士だとでも思っていたのだろう。続いて今度はカイルへのブーイングの嵐。いやあ、観客席は盛り上がってます。
重装備の冒険者がカイルに木剣を向けて何事か叫ぶと、残りの冒険者達も戦闘を中断して耳を傾け、カイルに向き直る。
(まずはこの卑怯者を始末しよう)
そんな提案でもしたのだろう。カイルは倒れた負傷者の前に立ち塞がり、3人の冒険者と対峙する。
彼らの目的はカイルであって、けっして負傷者ではないだろう。しかし、勘違いしているカイルを他所に戦闘は仕掛けられた。初めに長身の冒険者が上段からの鋭い斬撃を繰り出す。それを横に躱すカイルへ、重装備の冒険者が横薙ぎに斬りかかるが、木剣を投げて牽制する。最後に太った巨漢の冒険者が腰溜めに木剣を構えて突進する。カイルはこれを避けきれずに縺れ合ったまま転倒する。しかし、素早く身を起こしたのはカイルだけだった。巨漢の冒険者は何があったのか、そのまま地面で横たわっている。
重装備の冒険者は牽制に投げられた木剣を打ち払い、起き上がるカイルに振り下ろしの斬撃を加える。その背後には長身の冒険者が同じく木剣を振りかぶっていた。
カイルは起き上がりながらも重装備の冒険者に向かって一歩踏み出し、その腕を掴むと、クルリと担ぎ上げる様にその内側に潜り込む。そこに長身の冒険者の斬撃が振り下ろされて、重装備の冒険者の肩当てをに打った。長身の冒険者は一瞬動揺を見せたが、重装備の冒険者の下から抜け出したカイルに素早く刺突の剣撃を放つ。この攻撃は避けられなかったのか、弾かれた様に二人の距離が開いた。
少しの距離を開けて対峙するカイルと長身の冒険者。先程から、重装備の冒険者は体をくの字に曲げて、苦しげに木剣を杖に立っているのがやっとの様子だ。肩に受けた剣撃は丈夫そうな肩当てに守られていた筈なのだが?
長身の冒険者は身を縮める様に背中を丸めて腰溜めに刺突の構えをとる。対するカイルも身を縮めてジリジリと間合いを詰める。木剣を持った者と無手の者。明らかに長身の冒険者が有利だ。しかし、長身の冒険者はカイルを警戒して、受け身の構えだ。二人は既に木剣の届く間合いに入っている様だった。そこでカイルが体を更に沈み込む様に低く構えた時、長身の冒険者が刺突を放った。いや、これはフェイントで、僅かに突き出された剣は素早く引き戻される。
しかし、長身の冒険者が次の剣撃を繰り出す事は無かった。引き戻される剣を一瞬左手で掴んだカイルがそのまま突進して長身の冒険者の顎を膝で蹴りあげたのだ。そのまま崩れ落ちる様に地に伏す冒険者から、カイルは重装備の冒険者に向き直る。
重装備の冒険者は杖のように体を支えていた木剣から手を放し、そのまま座り込んだ。
結果、闘技場に最後まで立っていた者はカイルだけとなった。
これはどういうことだろう。観客のざわめきが徐々に大きくなり始めた時に、やっと試合終了の角笛が吹き鳴らされた。




