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バカは西からやってくる。

「赤鱒の香草焼きぃ!」

 テーブルに置かれた料理にカイルが歓声をあげる。この街一番の特産品は河で取れる赤鱒だ。年に一度、産卵のために河を埋め尽くす程の赤鱒が登ってくる。その季節には街中の軒に赤鱒が吊るされるという。干物にした赤鱒は、保存性も良く筋張った魔獣の肉よりも商品価値が高かった。

「えっと、ところでカイルはお金持ってる? ってか、お金って知ってる?」

「おかね?」

「コレコレ」

 私は懐から銀貨を取り出して、カイルに見せた。

「おお、キラキラ」

 銀貨を手に取ったカイルは、裏返したりして珍し気に眺めている。そして、自分の懐に入れた。

「ちょ、ちょっと! それ、あげるんじゃないから!」

 慌てて銀貨を取り返す。

「そこの変態。笑ってないで、通訳!」

 ちゃっかり同じテーブルについて、ワインをちびちび飲んでいるガラテア教の司祭に声をかけた。

「私の名はガーシムです、レスティナさん」

 甘い声で耳元で囁かれた。コイツ、変態司祭のくせに声だけは無駄に良いんだから。

「良い? 街では、お金が無いと何も買えないのよ。この一皿は特別に私が奢るから、感謝しなさいよ」

 私が話し終わると、仮面の変態司祭がカイルに話し始める。なんだ、ちゃんと通訳をしてくれている様だ。しかし、耳慣れない単語ばかりで彼らの会話は全く判らない。そして・・・長い。

「ねえ、いつまで話してるの」

 じれた私が間に入ると、カイルがこちらを向いた。

「ティナ、アリガっと」

 私の両手を握りしめて、嬉しそうに感謝の言葉を口にした。まあ、路銀も残り少ないが、一皿の食事でこんな風に感謝されるなら、まんざら悪い気もしないか。

「でも、カイルの村ってお金も無しにどうやって暮らしてるんだろね」

「ああ、それでしたら物々交換ですよ。年に一度行商人が来るそうですが、その時も物々交換だそうです」

 ちょっと待て、いつの間にそんな会話を? アレか、通訳にしては長くかかったと思ったら、違う話迄してたのか。

「ねえ、カイル。貴方がこの先街に滞在するなら、お金が必要な訳よね?」

「そうでしょうね。何処に行くにしても、買い物にはお金が要りますね」

 何故か変態仮面が答える。私はカイルと話してるんだが。ああ、イラっとする。

「ねえ、カイル。貴方、闘技会に出てみない? お金が貰えるわよ? お金が無いと、食料も買えないし」

 チラっと変態仮面の方を見ると、くつろいだ姿勢で小指で耳をホジホジと・・・コイツ通訳する気あるのか?

「私は別に、お金で雇われた訳ではありませんしね。善意でここに居るだけですよ?」

 私が睨んだのに気がついたのか、悪びれずに答える。

「ガーシム。ティナむぅいか?」

 カイルに服の袖を引かれ、変態仮面は仕方なさそうに話しだした。


「カイルさんは、闘技会に出るそうです」

 何やら不服そうに変態仮面が答えた。カイルが即答したのを、この変態が何度も差し止めていた様に見えたのは気のせいだろうか?

 カイルに目を向けるといつの間に食べたのか、2皿目の赤鱒を食べていた。私は一皿奢るとは言ったが、2皿とは言っていない。ちゃんと通訳されてるのか不安だ。

「カイル様は、オグニの街まで行かれる旅だそうです」

 オグニの街は、ここからずっと南に有り、ガラテア教の聖地でもある。その街に何の用があるのか、それよりも・・・。

「ねえ、カイル。貴方は何処から来たの?」

 赤鱒を頬張っていたカイルは、頭を上げて北を指さした。

ノルト

「ちゃんと伝わってないかな? へん・・ガーシムさん、通訳して貰えます?」

 変態仮面と言いかけたとき、ガーシムの目が仮面の奥でスッと細くなった。怖い怖い。


ノルト。山」

 通訳があっても、答えは変わらなかった。デノンの北側には雲を突く険しい山々しかない。私はそこに人里があるといった話を聞いたことがない。だからココが最果ての街と言われているのだ。それに、カイルは西の原野から歩いてきたのだ。

「だから、カイルが住んでた村は・・・」

 私が話していると、カイルは床に置いていた鞄を漁って、羊皮紙を取り出して、テーブルに広げた。

「え・・・、ミズウィル王国食べ歩きマップ?」

 曲がり癖が付いているのか、すぐに丸まってしまう羊皮紙を苦労して伸ばしているカイル。地図は地形もいい加減なモノで、そこに街の大まかな位置と名物料理の名前が焼き印で記されていた。もしかしてコイツはこの観光マップを頼りに歩いてきたのか?

「赤鱒の香草焼きぃ!」

「は~い」

 オーダーと勘違いした給仕の娘が元気よく答える。カイルの指はデノンの街を押さえており、そこに大きく『赤鱒の香草焼き』と焼き印が記されていた。因みに、カイルの前にあった皿はまたしても空っぽだ。

「あってる」

「あってますね」

 二人が頷いたのに気を良くしたカイルは、次々に指を動かす。

「オグル鳥のプディング! ジャンパイ蟹! 水牛のカリー! 海魚のピッツァ! 地竜の腸詰め!」

「・・・完璧だ」

 カイルの見事な発音に、変態仮面が思わず唸る。これだけを聞いていると、カイルが公用語を話せないとは信じがたい。

「それで、カイルは何処から来たの?」

 2度目の質問だった為か、カイルは通訳無しに反応した。

 カイルの指は一旦デノンに戻り、そこから北へと上り、山脈を越え・・・地図の外(テーブルの上)で止まった。

「ミュレ」

【ミュレ】とは村の名前だろうか? そもそも、カイルは西の原野から来たのだ。東西南北の方角や、地図の見方が判っているのかすら妖しい。

「ねえ、カイル。デノンのノルトには山があるでしょ? 貴方が来た方角はこっちの西ウストよ」

「む~、 ノルト ・ エスト ・ ザウス ・ 西ウスト 」

 苛立たしげにカイルの指が地図の4箇所を叩く。

「あってる」

「あってますね」

 そこで、何かに気付いたのか再びカイルの指が動いた。一旦、地図の外【ミュレ】に指が戻り、そこから南下して地図の上端に、そこで指は西に動き出し僅かに南下しながらも再び地図の外へ、さらに指はテーブルの端を外れて空中に・・・。 私の目はただ、彼の指を目で追っていた。そこで、カイルの指は再び少しだけ南下して今度は東へ向かって動き、地図の西から山脈伝いに・・・【デノン】の街へとたどり着いた。

「にっ!」

 カイルは自慢気にVサインを出している。変態仮面は何かに気付いた様で、カイルに質問を初めていた。何に興奮しているのか、変態仮面の声が大きくなっている。

「聞いてくださいレスティナさん! カイル様は山脈伝いに西へ行って、凍った海を南下して上陸したんですよ!」

 ちょっと待て、何だろう、そのヨタ話は。

「あのねえ、カイルの村には行商人が来てたんでしょ? その人達もそのルートで来てたの? 有りえないでしょ」

「それなんですが、4年前から行商人は来てなくって、デノンとを結ぶ洞窟が落盤で塞がってたそうなんですよ」

「でもね、カイルは何ヶ月かけてこの村に辿り着いたの?魔獣が徘徊する荒野を一人で歩くのは無茶でしょ」

「二年です。カイルさんは、一番暑くなる季節の前にミュレを出て、2度目の夏を迎える頃にココに着いたと」

変態仮面はこのヨタ話を信じているのか、熱く語っている。ああ、さっきのVサインは2年の意味ね。その一方で、カイルはと言えば・・・落ち着きなく辺りを見回していた。

「カイル、どうしたの?」

「ううん・・ベンジョー」

 ベンジョーって何だろう? 変態仮面も知らない単語らしく、困った様子だ。

「ベンジョー、ベンジョー?」

 困り顔で、キョロキョロするカイル。あ、でもこの仕草には見覚えが有った。王都で飼っていたパピーちゃんが、これと似た仕草をした時は・・・。

「ねえ、カイル。もしかしてトイレを探してるの?」

「ううん? トイレー?」

 よく判っていないようだが、給仕の娘を呼んで、カイルをトイレに連れて行ってもらった。


 カイルが席を立ったすきに、ちょっとカイルの鞄を見てみよう。随分と重そうに見えたのだが。片手で彼の鞄の端を持ち、そっと持ち上げようとして・・・持ち上がらなかった。鞄の大きさから見て、水が詰まっていたとしてもこれ程の重さにはならない。

「レスティナさん」

 私の行動を見咎めるように変態仮面から声がかかった。

「ちょっと鞄に触っただけよ。物を盗もうなんて考えてないわよ」

「そうでしょうね。王族の姫君が盗賊の真似事をする筈はないですよね」

 何故だか、私の素性はバレている? 油断ならない男だ。

「それなら、尚の事判らないんだけど、何故カイルだけを“様”付けで呼ばれるのですかねぇ」

「姫君というところは否定しないのですね」

 しまった、カマを掛けられていたんだ。失態を後悔しても、もう遅いが。


 ゆったりと寛いだ姿勢で、変態仮面は話しだした。

「何故デノンの街にガラテアの教会があるのかご存知ですか?」

「あなた達の教会は何処にでもあるでしょ? 無節操に信者集めに必死で」

「違いますよ。この街の教会は随分前に、そうデノンがまだ村だった頃からあるんですよ」

 ガラテア教が信者獲得のために熱心な布教活動を始めたのは、近年になってからだ。デノンがまだ村だった頃と言えば、まだ土着神の誰かが信仰されていた頃ではないか。

 私の戸惑いに、満足したのか変態仮面はさらに語り始める。

「それは古き約定の為です。気高き山の民と我らが交わした約束です。いつの日か、カイルと名乗る男がこの地を訪れると」

「気高き山の民?」

「おや、ご存知有りませんでしたか? 彼らの神がお告げになったのですよ。『南の地に疫病に侵されし村あり。彼の者達に救いの手を差し伸べん』と。そして、気高き山の民は、薬草を手に携えて我らの村へと来た」

「何? 何日かかって村まで来たの? その山の民が来る頃に村は疫病で全滅だったんじゃないの」

 変態仮面は、何処か見下したようにため息を一つ。

「ご存知無い筈はないのですがね。 その伝承を聞いて、戦乙女が彼の村を制圧してこの国の一部にしたんじゃありませんか。 その神は未来を見渡す力をお持ちです」


 私は戦慄を覚えた。まさか、こんな所で・・・。

「神のお告げ通り、彼はこの地にやって来ました。 そう、彼は使徒です」


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