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朝(仮)

 さっきから話し声がする。暖かな温もりの中で私は目覚めた。小鳥の囀りが聞こえる。日は既に高く昇っているらしく、辺りは随分と明るい。肉の焼ける匂いが鼻をくすぐった。

昨夜(ゆうべ)は、お愉しみでしたね」

 もぞもぞと動く私に声が降ってきた。顔をあげると、変態仮面のニヤケ顔が目に入った。

 慌てて身を起こし確認すると、私はカイルの脚の間に挟まるようにして後ろから抱きしめられていた。

「オ、おはよう、ティナ」

 耳元で声がした。振り向けば、顔が触れそうな距離に顔があった。恥ずかしさのあまり、毛皮に潜り込む様に顔を隠すと、()えた異臭が鼻を突いた。一晩経ってだいぶ鼻が麻痺してきたが、臭いものは臭い。

「もうすぐ食事の用意が出来るので、顔でも洗って来ては? 近くに小川がありますから」

 顔と言わず、全身を洗いたい気分だ。

「ねえ、ガーシム。カイルが最後に風呂に入ったのは何時なの?」

「はあ・・・。風呂に入った事は無いかと?」

「なにそれ!? 信じられない!」

 なんという不潔な男だ。こんな不潔な男と昨夜は・・・。

「カイルも来なさい!」

 私は彼の手を掴んで立ち上がると、小川がある方へと駈け出した。


 程なくせせらぎの音で小川は見つかった。一番深い場所でも腰まで浸かる程度の小さな川だ。 

「良い? カイルはそっちで体を洗いなさい」

「ううっ?」

 私が服を脱いで小川に入るのを見て、カイルも離れた場所から川に入った。小川の水は身を切るほどに冷たい。妙に体が暖かかったので忘れていたが、雪解け水の流れる小川が冷たくない筈がない。みるみる体温を奪われるのも構わず、髪まで手早く濯ぐと川岸に寄り服を手にした。匂いをかぐと服にも異臭が染み付いていた。このままこの服に袖を通す気にはなれない。発作的に服も川の水で洗う。洗濯などしたことはないが、こうして水の中で揉んでから絞れば良いだろう。だが、私はここで着替えの服を持ってきていなかった事に気付いた。

「カイル、カイル~!」

 すぐに水を蹴立てて、カイルがやってきた。

「私の着替えを持ってきてくれる?」

 首を傾げるカイルに、私は身振りで伝えようと努力する。しかし言葉は伝わらず、彼は無遠慮に私の裸を見詰めるばかりだ。

「おほん、あのねえカイル。貴人の裸を直視してはいけないものなのよ? もし王都なら不敬罪で打首よ! う・ち・く・び!」

「う~、ティクビ?」

「そう、う・ち・く・び!」

「おおっ!」

 彼の顔に理解の色が浮かぶと、何故か私の胸に手を伸ばす。そして、水の冷たさで尖った胸の頂きを両手の指で摘んだ。

 ぷにっ、ぷにっ、ぷにっ。

「ティナ、オッパイ、ティクビ!」

 声にならない悲鳴を上げて、胸をかばう。彼には変化があった。腰の辺りで大きな赤い蛇が、むっく、むっく、と鎌首をもたげているではないか! 信じられない光景に硬直してしまった。

「ティナ、嫁、子作り?」

 その声で我に返り、カイルを蹴飛ばして川に沈める。その足で貞操帯を穿くと、しっかりと鍵を掛けて一目散に逃げ出した。



 焚き火の側に置いていた鞄に駆け寄ると、裸の私に驚いた変態仮面が慌てて目を伏せた。そうだ、これが普通の反応なのだ。

「ガ、ガ、ガーシム! あいつ、絶対頭がおかしいわ!」

「黒パンツ(貞操帯)一つで走って来た人に言われましても」

「し、仕方が無かったのよ! 私は襲われたのよ!」


 濡れた体と泥だらけの足に構わず、下着と服を着てやっと少し落ち着いた。

 服を着終わると、カップに入った湯気の立つお茶が差し出された。

「カイル様が貴女を襲ったのですか?」

 何処か不思議そうに尋ねる。私だって、カイルがそんな事をするとは思っていなかったのだ。お茶に口をつけるが、熱くてまだ飲めそうにない。

「そうよ、アイツは私の裸に欲情したのよ! 考えられる!? 庶民が王族に欲情したのよ」

 感情が昂って、最後は涙声になってしまった。【下賎な庶民】が【高貴なる存在の王族】に劣情を催すなど、神をも恐れぬ行為だ。

「ああ・・・」

 変態司祭も、やっとこの異常性を理解したのか深い溜息をつく。湿った体を焚き火で乾かしている頃、ようやく次の言葉が紡がれた。

「カイル様も、かわいそうに」

「な・ん・で! カイルに同情するかなぁ?」

 私は貞操の危機だったのだ。この男はどこまでもカイル寄りの意見しか言わないのか?

「ティナさん、貴女は無防備過ぎますよ。その美しい裸で誘惑されれば、カイル様がその気になってもおかしくは無いでしょう?」

「私が、何時カイルを誘惑したのよ」

「高貴なる王族様にはご理解出来ないでしょうね。【下賎なる庶民】の女性は、夫になる男の前以外では裸にならない程慎み深いものなのです。まあ、毛が生える前の幼女なら別ですけど」

「わ、私はこれまでもこうして来たわ! でも、私に不埒な行為をする奴なんて居なかった!」

「だから無防備だと申し上げております。何故貴女が一人旅をされているのかは問いません。きっと大変な思いをされてきたのでしょう。騎士様や王都に居た使用人と我らを一緒に考えてはいけませんよ。彼らは家族が王都に居ます。もし、処罰される事があれば地位を失い、罪は家族にも及びます。何より、ここは辺境です」

 変態仮面は自然な動作で隣に座り、私の首にナイフの刃を当てた。ゆったりとした動きで敵意も感じられなかったので、私にはなんの対処も出来なかった。

「何のつもり?」

 ごくりと喉が鳴った。


「さあ、服を全部脱いで、股を開け。魔法でなんとか出来ると思うなよ? 詠唱結界が展開した段階でこのナイフがオマエの首を掻き切るぞ」

「そ、そんな・・・」

 カイルに続いて変態仮面の豹変に思考は空転する。剣は・・・手元から離れている。冷たい汗が頬を伝った。私にはどうする事も出来ない。カイルは? 助けの手を求めて視線が彷徨う。


「な~んて風にされて、どうにかできますか?」

 そう言って彼は素早く私から距離を置いた。意地の悪い笑顔を浮かべている。今のは冗談では済まされないわよ。脚も腕もガクガクと震えて、全く力が入らない。

「こ、こんなことをして、ただで済むと思うの?」

震え声の恫喝に悪びれた風もなく、変態仮面は飄々として答える。

「そうですねぇ。まずは貞操を犯してから殺すでしょ? 次に死体を火で焼いてから埋めます。金髪が焼けてしまえば、もう誰の死体か判りません。金目の物は頂きますが、その鎧は足がつきそうなので売らずに捨てますかねぇ。王都から役人が貴女を探しに来るのは何時でしょうね? その頃、私はもう別の場所ですがね」

 なんという、なんという、なんと恐ろしいことをこの司祭は口にするのか。

「あ、貴方には神罰が下るわ!」

「そうですか? 一度ザウエル神の神罰で焼かれる人を見てみたかったんですよね。あ、戦巫女の神魔法意外でね」

 激しい怒りが渦巻く。納得出来ない。なんという侮辱!

「そもそも、喧嘩というのは両者の証言を訊かなければ真相判らないものですからね」


 変態仮面はそういって、視線を林に向けた。そこにはずぶ濡れのカイルが私の服を手にションボリと立っていた。

 古いアメリカ映画で、ヒロインの女性が男性の黒人奴隷に着替えを手伝わせているシーンがあります。

当時の女性は使用人とはいえ、異性の目が気にならなかったのでしょうか?

違いますよね。


 貴方は金魚の水槽の前で着替える時、金魚に見られていることを恥ずかしがりますか?

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