興味ないから
行きつけの居酒屋は、駅前で、準一達が居るのは奥の個室だ。
準一の向かいに茉那が座り、準一の隣には四之宮。
店に入って20分。注文の品が届く中、準一、四之宮は唖然としていた。
「ぷっはぁ! やっぱ美味いわ」
かれこれジョッキ3杯を軽く超えている。しかし、茉那はまだ余裕そうに注文をする。
「ジョッキお代わり」
四之宮が準一の顔に口を近づける。「先輩、あの子、とんでもないですよ」
ああ、分かってる。と準一は無言で返すと、刺身を一口。
「おい、神代」
「ん? ああ、茉那でいいよ」
はぁ、と準一がため息を吐くと、ジョッキが届き、茉那は受け取ろうとするが、準一がかすめ取る。
「ちょ、ちょっと! 何よ!」
「何よじゃねぇだろ。バカ娘」
店員さんが去ると、茉那はテーブルに手を着き、準一に向けて乗り出す。「今更でしょ? ここまで飲んだんだから」
ったく、と準一はジョッキを渡す。
「サンキュ」と茉那。
「お前、いつもこんななのか?」
「え?」
ジョッキに口を付け、茉那は目を向ける。
「だから、こうやって居酒屋入って酒飲んで」
親の顔が見てみたいな。と言いそうになったが、言い留まる。
「いや、飲まないよ? 居酒屋も初めてだし。普段は部屋で1人で飲んでるから」
それに、とジョッキから口を離し、茉那は準一に乗り出し、顔を近づける。「あんたなら信用できるから来たんだよ?」
「だから?」
「だからじゃないって、あたしがここまで言うのってあんた位だよ?」
興味ねえよ。と淡と告げ、準一は焼き鳥を食べ、ジョッキを煽り空にし、おかわりを頼む。
「あんたさぁ、おかしいよ? 可愛い子にこんな言われたらさ、もっと別の反応無い?」
返事をしない準一を見て、四之宮はため息を吐く。「先輩、答えたらどうです? 引き下がりませんよ?」と小さく耳打ち。
めんどくさい、と箸を置き、タバコを取り出し火を点ける。
「お前、全然タイプじゃない、興味も無いファンから好きって言われたらどうする?」
どうするって、と考える素振りを見せる。「別に何も思わないけど」
「それと同じ」
「はぁ!?」
茉那が声を荒げると、四之宮は左手で顔を覆う。「この人は何でオブラートに包まないんだろう」
「俺は正直なんだ」
「そうですか」と四之宮。ため息を吐く。
「あんた、マジで何様?」
茉那が言うが、準一は表情を変えない。
「お前こそ何様だ」
「は?」
タバコの灰を灰皿に落とし、煙を吐く。「俺はお前に興味が無いんだ」
「最初からな」と準一は続ける。「お前が勝手に来て、未成年でありながらこんな所に入って、それでいて、お前は俺にお前の望む反応をしろと言う」
「だから? 何が悪いの? あたし、アイドルなんだけど」
「お前、アイドルを神様か何かと勘違いしてるんじゃないのか? 確かに凄いが、偉くは無いんだ。好きな奴は好きだろうが、興味の無い奴はとことん興味が無い」
茉那は準一を睨む。「アイドルって、誰でもなれる訳じゃ無いでしょ? だったら、あたし凄いんでしょ?」
「私は、神代茉那。アイドルなの。興味持ちなさいよ」
はぁ、と準一はタバコを灰皿に押し付けると、茉那を見る。
その感情の無い瞳は興味も感心も、何も無い。
「もう一度言ってやる。俺は、神代茉那に微塵の興味も関心も無い。後、もう仕事以外で俺達に関わるな。お前、面倒臭いんだよ」
「先輩、ちょっと言い過ぎじゃ?」
「いいんだよ。バカはこの位ストレートじゃなきゃ分かんねえんだから」
と四之宮が茉那を見る。
茉那は、目から光彩を失い、無言だ。
「流石に効いたみたいですね?」と四之宮。「いいって。ほら、飲んだら帰るぞ」準一は届いたジョッキを飲み干す。
店の外に出ると、雪が降っており、かなり寒い。
大通りに乗り出し、タクシーを止め茉那を呼ぶ。
「おい、神代」
だが、茉那は返事をしない。仕方なく四之宮が背中を押し、タクシーに乗せ、準一が財布から万札を取り出す。
「神代、ほら。金やるから家まで帰れ」と言った直後、茉那は準一の右頬を思いっきりはたく。
何だよ、と準一は押さえ、茉那を見ると涙の溜まった目を細め、怒っている。
「あんた……マジでムカつく。ただじゃおかないから」
好きにしろ、と準一は万札を渡し、ドアを閉めるとタクシーは走り出す。
「年頃の娘ってあんなに面倒臭いのな?」
「先輩がキツく言うからですよ? あの年頃の子は繊細なんですよ?」
そんなモンかね。と準一は言うと「さ、帰ろう」と四之宮に言うと2人で駅に向かった。
翌日、雑務の様な仕事をこなし、昼を迎えた準一、四之宮はデスクで弁当を開いた。
2人の弁当は準一の手作りだ。
「わぁ、お二人ともお弁当可愛いですね」
弁当を覗き込み、女性社員が言うと準一は顔を隠す。
「ですよね? この弁当」と答え、四之宮は準一を見る。「ウソ? 朝倉さんが?」
再び弁当を見る。
2人の弁当は、キャラ弁に近い。
クマだったりネコだったり、イヌだったりが可愛らしい弁当だ。
器用に海苔やおかずでそれを作っている。
「意外です。朝倉さん、凝ってますね」
準一は恥ずかしさから何も言えず、弁当をがっつく。
何故、準一の弁当がこんなに凝っているのか、それは、学生時代の準一にあった。
結衣が小学校に上がる頃、中学生だった準一は忙しい親に代わり弁当を作ったり、家事全般を担当していた。
弁当製作を開始した当初は、結衣から不評だったため、近所の奥様方にキャラ弁の作り方を学び、今に至る。
正直、準一は弁当と言えばキャラ弁しか作れない。
それを知らなかった四之宮は驚いたが、準一の料理の腕は確かだ。
「先輩の弁当、超美味いですよ?」
「……いいなぁ」
ボソと女性社員が言うと、四之宮は食べます? と差し出す。「いいんですか?」
「あんまり取らなければ」
「は、はい!」
女性社員は自分のデスクから、お弁当に付いていたであろう未使用割り箸を取り出すと、綺麗に割り弁当からおかずを1つ。
から揚げだ。
口に含み、噛んだ瞬間。女性社員は驚きの表情を浮かべる。
「お、美味しい! これ! メチャクチャ美味しいです!」と女性社員は準一を見ると、褒められたせいだろう、準一は顔を赤らめ照れている。
「先輩は弁当だけじゃないですよ? 晩御飯も朝ごはんも最高ですから、これは同居している僕だけの特権ですね」
胸を張った四之宮の足を準一は一度蹴る。「何気持ち悪い事言ってんだよ」
「だって本当の事じゃないですか」
そうなのだが、と準一は頬を赤らめる女性社員に気付く。
彼女は端整な顔を赤にさせ、準一と四之宮を見比べている。
「あ、あの……お二人の関係! 私、モロ好みです!」
ああ、そう。と心中で呟き準一は再び弁当と向き合ったと同時、部長が「朝倉、お客さんだ」と準一を呼ぶ。
お客さん? と聞き返さず、弁当を置き待合室へ向かうと案の定。
神代茉那が居た。昨日と違う格好で、メガネを掛けている。
「関わるなって言わなかったか?」
「そんなの無視するに決まってんじゃん。あたし、ムカついたの。だから」
準一をビシ、と指さす。
「あんたには本気であたしを好きになってもらうから」
多分この人は負けず嫌いなんだろうな、と思い「取りあえず弁当食うから、待ってろ」とオフィスに戻り弁当を食べ終えると、コートを羽織り「部長。仕事終わったんで上がります」
悪い、四之宮。と手を合わせると「先輩、仲良くですよ。繊細なんですから」と言い、手を振る。
準一は手を振り返し、茉那の元へ向かうと、2人は雪の積もった街へ繰り出した。