居酒屋のクリスマスイヴ
請け負っている外回り営業の報告資料。
それがひと段落したため、準一は休憩に入った。
場所は、自販機のあるオフィス横の休憩場。
時間にして、午後5時。
帰宅してもいい、退社時刻より一時間前。
だが、残業は目に見えていた為、ため息を吐き、手に持った煙草を灰皿に縁に付け、2回ほど叩き灰を落とす。
「またタバコですか?」
声が掛り、見ると四之宮。自販機の前に立ち、缶コーヒーを2本買い。1本を準一に渡す。「どうぞ」
「あんがと。どうだ? 仕事は」
「会計は計算ばかりでしたから」と準一の隣に腰掛け、缶のプルタブを開ける。「勝手が違いますね。やっぱり」
「慣れないか?」
「いえ、仕事自体は把握しましたし、年末に外回り営業に出る事になりました」
ああ、と準一はタバコを咥え、缶コーヒーを開ける。「何かの事務所、じゃなかったか?」
「ええ。先輩の耳にも?」
「当たり前だろ?」
タバコを手に戻し、缶コーヒーを一口。「俺はお前よりこの部署が長いんだ」
ですね、と四之宮は笑みを向けると、缶コーヒーを同じく一口。
「行くのは、御堂プロダクション、という小さな芸能事務所です」
「芸能?」
また珍しいな、と言い、準一はタバコを吸う。
この広告代理店、規模は大きくない。だが、結構色々な場所から依頼が来たりする。
しかし、今までに芸能プロダクションは無かった。
薬品、菓子、パチンコ。繁華街の飲食店等がメインだった。
「初めてだな」
「そうなんですか?」
「ああ、今までは近場の店が多かったからな」
へぇ、と声を出し、四之宮はコーヒーを飲み干す。
「そういや、今日はイヴですね」
彼女に追いだされた翌日のイヴ。
彼女がどんな人間であれ、あまり気分のいい日ではない。
「お前、今日付き合え」
「え?」
「ああ、先輩が付き合えって言ったのはこれですか」とビールジョッキを手に、四之宮が言うと、向かいに座る準一は、テーブルに置かれた焼き鳥盛り合わせから、豚バラの串を手に取り、口に運ぶ。
「そういう事だ」
2人は、今駅前の居酒屋に居る。焼き鳥メインの店で、大きくは無い。2人が座るのは、テーブル席。
店の中は焼き鳥の臭いが充満し、同じような男達。若い者も居るが、まぁ、そんな人間で溢れている。
カップルで来る店ではない。
「僕たち、花が無いですね。全く」
「なんだよ、嫌なのか?」
滅相もない、と四之宮はジョッキをゴクゴクと飲む。「良い飲みっぷりだな」と準一。
「僕、結構お酒に強いんです」
「何だ?」
飲み比べの誘いか? と準一が言うと「無理ですよ。冗談です。アルコールは弱いです」と四之宮は身振り手振りで否定。
悪い悪い、と準一もジョッキを手に取る。
「何か頼むか? 俺の奢りだ」
現在、テーブルには焼き鳥盛り合わせに、前菜に来た野菜スティック。小皿の煮物。
「じゃあ、刺身」
「よし」
準一は、注文をする為に、バイトであろう若い女性を呼び止める。「刺身2つと、塩茹でのそら豆」
はい、と女性はカウンター席から、身体をのめりだし、注文を言う。
「すいません、先輩。奢ってもらっちゃって」
「何言ってんだ。こちとらお前に世話になってるんだ。この位」
と同時、準一の携帯が鳴る。「いいか?」と四之宮に確認。当然「どうぞ」
着信かと思ったが、メール。開くと、結衣からだった。
「えっと……あぁ」
準一はメールを見て、顔を片手で覆った。
「ちょ、どうしたんですか先輩」
「ほれ」
携帯の画面を見せる。
『クリスマスは帰って来てね?』
と分は短いが、絵文字等でデコレーションされている。
どう考えても、兄に送るメールではない。
「妹さん。高校生でしたっけ?」
「ああ、今2年だ」
8歳離れている訳ですか、と四之宮は煮物を箸で掴み、口に運ぶ。
「お前は、家族は?」
「母親と父親です。残念ながら、兄妹は居ません」
「へぇ、出身は?」
「熊本です」
随分上って来たな。と準一は言ってみる。
住んでいる場所、職場は関東地方だ。
「先輩は?」
「俺は福岡」
「人の事言えないじゃないですか」
準一は取りあえず笑っておく。すると、注文していた刺身とそら豆が置かれる。
「明日は休暇ですからね。いいんじゃないですか? 妹さんにサービスしてきては」
ため息交じりに返事をし、準一はジョッキを飲み干した。