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カミングアウトで秋葉原

「お前の料理は認める。美味い」


 が準一の手料理を食べた揖宿の言葉だ。苦笑いの四之宮を見つつ、チラ、と揖宿に目を向けてみれば完全に敵を見る目だ。何をライバル視しているか知らない、と思いたい準一だが揖宿の腹の内は分かっている。

 揖宿は四之宮洋介に対し少なくない好意を抱いている。しかもそれはlikeでなくloveだ。


「じゃあ、揖宿。お前は四之宮とゆっくりしててくれ。俺は今から買い物に行ってくる」

「そうか。ならゆっくり買い物して来い」


 おう、と準一が立ち上がると、隣の四之宮が準一の腕を掴む。

 苦笑い。準一がそれを向けると四之宮は助けを求める目だ。


「いや、朝倉準一!」と揖宿は呼び、立ち上がる。「折り入って相談がある」


 こんだけ敵視して折り入ってもクソも無いだろうに。と思う準一はため息を吐くと「外に」と言った揖宿について行き玄関へ向かった。




 外、と言ってもマンションを出、目の前のモスに入るかと思えば自販機でコーヒーを買った。外は寒い。吐く息は白く細かな雪が降っているからだ、コートの下にセーターを着ておいてよかった、と思う準一は暖かいコーヒーを持った手に空いた手を重ねバス停のベンチに座る。

 すると隣に揖宿が座る。


「で、こんな寒空の下で相談って何だよ」


 と厚着していても寒い準一は催促し缶を開け、一口。同じようにした揖宿は顔をコーヒー缶に向けたまま、口を開く。


「……いや、悪い。先に言うがお前は、恋愛に偏見はあるか?」

「は?」

「だから、恋愛に性別的な何かしらの偏見があるかと聞いてんだよ。あるのか?」

「ねぇよ」


 なら、と揖宿はコーヒーをグビグビと飲み咳払い。


「俺は、洋介が好きだ」


 もう何かな、分かってたけどこうやって口に出されると驚く。というより衝撃だ。偏見こそないがやはりくるな。


「それが?」

「いや、俺は自分がおかしいのは分かっているが、洋介が好きなのを曲げたくない。おかしくない、と思いたい。だから……あんたに無茶を頼みたいんだ」

「言ってみろ」


 手伝ってあげられる事とない事がある。話半分程度にしておこう。


「洋介はノーマルだ……多分、だが何かあれば、洋介に……告白したい」


 口に着けたコーヒー缶を離し、準一は揖宿に目を向ける。


「本気か?」

「本気だ……あんたが出て来て、よく分かった。想いは伝えなきゃ伝わらないから」

「……成程な、つまりはお前の思いのたけを伝える為のサポートをしろと?」

「ああ、理解が早くて助かる」


 流れ的にこうだろう、と思った事を言っただけだが。しかしここまで本気だとは。まぁ、確かに四之宮洋介はカッコいい。今まで見た男の中で一番のルックス、スタイル。家事もこなし人当たりもいい。稼ぎもある。これだけの高物件、寄って来る女もいるにはいる。

 が、自分が手助けするのは寄って来た男だ。それも、揖宿はそんなのではない、彼は趣味を共有した四之宮洋介に惚れたのだろう。


「……わーったよ。手伝う」

「ま、マジか!」


 途端に笑顔になった揖宿、缶をダンと置き立ち上がる。


「ただしだ。手伝ってやる代わり、お前突っかかってくんなよ?」

「ああ! 分かった」


 現金な奴め、と思い、前に近所のガキンチョがこんなだったな、と思いだし笑みがこぼれる。


「じゃ交渉成立だ。まずは行動あるのみ、この後の買い物からサポートを開始する。いいか、揖宿」

「ああ。じゃあ」


 と揖宿は手を差し出す。それを握り返し、2人は握手を交わした。






 買い物は3人で行く事になった。3人が向かったのは何故か秋葉原。正月の秋葉原、何かしら物が安くなっていたりしている所為かどうかは知らないが人が多い。駅を降り、ガンダムカフェに入ろうかと思えば行列。無理だ、と判断。四之宮の本能の赴くままに2人はついて行った。

 何かしらのアニメショップに入ると四之宮はコミックのコーナーで新刊を漁り始め、準一、揖宿は外。

 タバコを吸う大きなお友達に紛れている。


「で」と揖宿はタバコを吸う準一を見る。準一は前髪をカチューシャで後ろにやった揖宿を見、煙を吐く。


「まず何をすればいいんだ」

「何ってな……」


 正直準一は考えていなかった。風が吹き、少し伸び気味の横髪を耳に掛けタバコを吸う。

 この秋葉原では何かしら厳しい、と思ったが2人きりにすればいいのだ。


「まずここではお前たちが2人になるのが前提だな。そっから先は出たとこ勝負」

「いきなり告白を?」

「バカ、急に言ったんじゃ四之宮も困惑する。まずは一緒に行動、何かしら話して理解を得るのがベストなんだが……まだ今日は抑えろ」

「ああ……あんたはどうするんだ?」

「え? 何がだ」

「何って、あんた俺の我儘で1人になるんだ。どこで過ごすんだ?」

「知り合いでも捕まえるさ」

 

 そんなものはいやしない、のだが言っておく。揖宿は良い奴だ、何か金でも渡されては申し訳ない。そうか、と納得はしていない四之宮だったが「じゃあ」とショップの中へ。四之宮に駆け寄ると、いなくなる準一の事を適当に言っておく。




 如何せん、アニメになど特段の思い入れの無い準一にとって秋葉原はつまらない。東京全体に言えるが人が多すぎて嫌になりそうになる。その点、地元福岡県北九州市はよかった。満員電車でおしくらまんじゅうする事が無いからだ。

 しかし、もう割とその電車に慣れてしまっている。まだ地下鉄は謎だが。


「あ」


 そんな事を考えながらアニメショップを横目に入れながら、大きな通りを避けようとしていた時だ、知った声に振り向くと変装した神代茉那が立っていた。目が合うなり頬を染め、それを払う様にブンブンと首を振る。


「な、何してんの?」

「何してんのって……ショッピング?」


 と嘘を言うと茉那はため息を吐く。


「あんたアニメとか興味ないじゃん」

「付添だよ。今は別行動だけど」

「付添って……まさか彼女?」


 彼女、と発する時茉那は準一に詰め寄る。一歩下がった準一は「違うって」と否定。彼女などいない。


「ほら、イケメン居たろ?」

「ああ。……まさか、あんたら付き合ってんの?」

「ちげーよ。お前も、何してんだよ。明日はライブだろ? こんな正月に秋葉原……ああ、彼氏でも出来たか?」


 不機嫌な表情に一転した茉那は準一のつま先を踏みつける。


「おまッ! 痛いっての!」

「うっさい! ……バカ」

「で、お前はホントに何してんの?」


 今は変装こそしているが、この神代茉那だとばれてみろ、ファンはそこらに居るだろうし、殺到して来るぞ。

 

「あたしは暇つぶし。芸能事務所はアキバにあるから……レッスンも完璧だし。今日は怪我でもしたらあれだからって休み」

「誰か誘えばいいだろうに」


 準一が言うと茉那は口を尖らせる。茉那は、今日準一を誘おうとしたが、会社に連絡すれば休みに入っていると。良く考えてみれば、自分の我儘で実家帰省をキャンセルまでしてくれた手前、無理強いは出来なかった。


「……じゃあ、今誘う。あんたあたしの暇つぶしに付き合ってよ」

「ぁ……ああ、いいけどよ」


 ばれたりして血祭りに上げられるのは勘弁だ。


「じゃあ決まり。あんたはあたしと一緒に行動するんだかんね……って言っても、あたし行きたい場所が無いんだけど」


 茉那は準一と同じ、別にアニメに興味があるわけでは無い。そうなってしまえば場所は限られるが


「なら、付き合ってもらうぞ」

「ぇ……えぇっ! つ、付き合うって……あたし」


 盛大な勘違いをした神代茉那、準一は苦笑いを浮かべ彼女の手を引くと、揖宿達の元へ向かった。





 

「なーんで秋葉原でこんなことしてんのよ」と口を開いた茉那は、寒空を見上げた。準一と並んで何をしているかと言えば、道路と歩道を分けるガードレールに腰を降ろし、後ろ、反対側の歩道にいる揖宿、四之宮の尾行だ。 

 

「何、あんた妬いてんの?」

「何にだよ。ほら、あのカチューシャ付けたやつ」


 と準一は四之宮と並ぶ揖宿を指さす。「それが?」と茉那。


「いや……お前、恋に偏見ある?」

「は、はぁッ!? こ、恋!? い、いや偏見とか、別にあたしは好きな人となら……って! 何よこの質問」

「あのカチューシャがイケメン後輩に惚れてるんだよ」


 え、と茉那は驚きながら2人を見る。


「それ、ネタかあたしをからかってるんでしょ?」

「んな性質の悪いからかいはしません。本当だ。その為の尾行だ」

「妬いてんじゃん。やっぱ」

「事の進展が気になるだけだ……ちょっと好奇心もあるけど」


 ふーん、と声を出した茉那は揖宿、四之宮を見、準一が気付いていない事に気付く。四之宮はずっと、笑顔で会話しながらも誰かを探している。茉那には探している人物が何となくわかった。今日、一緒に来たこの朝倉準一だと。


「まぁ……報われないな」と茉那は小さく言う。準一は気付かずポケットに手を突っ込み、マフラーに顔を埋める。


「ねぇ、あんたさ……明日のライブ見に来てくれるんだよね」

「当たり前だろ」


 飛行機をキャンセルまでしたんだ。


「だよね……あんた地元に帰るんでしょ? どこなの?」

「北九州、馴染みないだろ」

「うん。あれでしょ? 北九州は福岡で、福岡ってよく銃撃戦があるんでしょ? 危なくないの?」


 東京に来て「どこ出身?」と訊かれて「北九州」って言うと「福岡って言えよ」と言われ、「福岡」って言い直すと「うっそ、マジ? 銃弾が飛んでるんでしょ?」と間違ってはいない事を言われる。あまりいい気分じゃない。

  

「危なくないって。マジで。東京に来てからほとんどの奴が聞いてくるよ。ってか、お前一回福岡来てみろよ。物価は安いし住めば都だぜ?」

「へぇ、じゃああんた案内してよ? 免許とか持ってんでしょ」

「仕事柄必要だからな。分かった、じゃあ福岡に行くとき、俺の用事が重なってなかったら案内してやるよ。あ、そうだ、あと来たら妹紹介するよ」

「妹? あんた妹とか居たの?」

「ああ……ほら」


 と茉那に結衣の画像を見せる。茉那は目を見開き、見るからに驚く。


「うっそ! 超可愛いじゃん! アイドルとか目指してるなら書類で一発合格もらえるって」


 流石、自分に似てない成績優秀容姿端麗な妹だ。現役アイドルにここまで言わせたぞ。


「確かお前と同い年だし、丁度良いだろ?」

「いいけど……妹と仲良いの?」

「どうかな……」


 流石に自分の口から妹はブラコン、と言いだせず「それなりに」と言っておく。


「まぁ、行ったら紹介してよ。で……その、あの」


 と茉那は途端に歯切れが悪くなる。どうしたモノか、と思っていると、茉那は深呼吸をし、続ける。


「その、ウチのお父さんとお母さんがね、あんたに一回会いたいって」

「……は?」


 何で現役アイドルの両親に会わなきゃいけないんだ。まさかこいつ、ある事無い事デタラメ言って、それで怒り狂った親が俺を。


「あんたの事、話したの。勉強教えてくれて、面倒見が良くて、実家に帰るのをキャンセルしてまで我儘を聞いてくれる」


 茉那は一度準一に目を合わせると赤くなる。


「お、お兄ちゃん……みたいな人だって」

「にしても、何でわざわざ」

「何か、お礼がしたいって。あたしを留年から救ってくれたわけだし」

 

 そんな大げさな事じゃない。ぶっちゃけ、教えてあげたり我儘を聞いてあげたのは、久しぶりに妹が居る、みたいな感覚を覚えたのと、頼られて素直に嬉しかったからだ。


「別に今日でもいいよ? お父さんもお母さんも家にいるし」

「いや、正月から流石に」


 と言って思った、2人の姿が無い。何処へ、と思うが人が多く見つけられない。探そうにもあの中を進むのは流石に。


「もしかして……暇になった?」

「……いや」

「なったんでしょ、お願い。お父さんもお母さんも会ってみたいってしょっちゅう言ってて」

「はぁ、分かったよ。お礼なんかはいらないから、挨拶だけな」


 笑顔になった茉那は頷くと準一を引っ張って駅まで向かった。





 茉那の自宅、神代家がどこにあるかと言えば都内の某所だった。秋葉原からはそう遠く無かった為と、昼であった為、満員電車のストレスを味わう事無くスムーズに辿りついた。どんな家かと思ってみれば、いたって普通の一般住宅。それも木造建築らしいしっかりした家だ。

 茉那は玄関のインターホンに「あたしの恩人が来てる」と吹き込み、親に何かしらの準備の時間を与えた。

 準一は気まずいのでため息を吐いた。

 高校の後輩でも、結衣の友人でもない。都内でたまたま知り合った女子高生の家へ。どんな状況だ。


「ねぇ、早く」


 と茉那はそんな準一の手を引いて家へ招き入れた。








 あまりの驚きは、茉那の父親に会ってからだ。白髪手前の優しそうな中年、茉那の父親、神代雄吾。なんと、準一の勤める広告代理店、その大元の会社の役員だった。名前は知らなかったが、顔に見覚えがあった準一が聞くと、雄吾は名刺を渡して来た。生憎オフの準一に名刺は無く頭を下げ、父親、母親と向かい合う様に腰を降ろした。



「ごめんなさいね、私たちの我儘で呼びつけちゃって」と人の良さそうな茉那の母親。準一は「いえ」と言い、笑顔を向ける。


「いやしかし驚いたな。朝倉君がウチの系列会社の社員だとは。凄く奇遇だ、これも何かの縁だろうな」


 言った茉那の父親、雄吾は準一の隣の茉那に目を向ける。


「はは、しかしこうやって並んだ2人を見て見れば、まるで結婚前の挨拶だね」と冗談なのか本気なのか分からない事を言った雄吾、茉那は顔を赤くし準一は焦る。何か癪に触るような事を言ってしまったのだろうかと。ここで機嫌を損ねれば、彼は役員だ、役員会議で系列店に具申、俺を解雇する事が出来る。そうなっては困る。


「いや、朝倉君。そんなに固くならないでくれ。僕は別に機嫌を損ねたりしたわけじゃないよ。君には、本当に感謝しているよ」

「いえ……本当に、大したことはしていません」

「いいや。しいているよ。なぁ母さん」


 雄吾に訊かれ、茉那の母親は「ええ」と笑顔を向ける。


「茉那ったら、ふてくされてばっかりだったのに、あなたに勉強を教えてもらって、仲良くなって以来、あなたの事ばかり話すのよ」

「ちょッ! お母さん!」


 顔を真っ赤にした茉那が入るが母親は「うふふふ」と笑うばかり、雄吾も笑みを浮かべている。


「朝倉君、こんな娘だが君に懐いている。正直、変な男を連れてきたら殴り飛ばしてやろうかと思っていたんだがな、君なら」


 言った雄吾は手をつき、深々と頭を下げる。


「どうか、これからも茉那と仲良くしてあげてくれないだろうか」

「あ、頭を上げて下さい」


 準一はそう焦りながらいい、息を吐く。「分かりました」と承諾すると、雄吾は頭を上げ笑顔を向ける。


「そうか、ありがとう。良かったな茉那」

「ぅ……うん」


 茉那は顔を真っ赤にし頷く。それに微笑んだ母親は、「どうせなら、茉那を嫁にもらってくれないかしら。ねぇ、お父さん」と言い出し、茉那は顔をもっと赤くさせ、準一は驚く。


「それには僕も賛成だ。どうだい準一君?」

「はは、茉那さんの意見を尊重してあげてください」


 と準一は柔らかく断り、窓から空を見上げた。

 さて、あの2りはどうなったのやら。

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