続・元旦看病
まだ気分のすぐれない四之宮が目を覚ました時、準一はガーゼを絞っていた。そのままガーゼを優しく四之宮の顔に当て、これまた優しく拭く。温めのお湯に浸けられていたのだろう、気持ちがよく四之宮は目を閉じる。
「ありがとうございます……先輩」
「いいって。腹は減ったか?」
「はい」
よし、と拭き終わり準一は立ち上がる。「俺の特製お粥だ。持ってくるな」
頷いた四之宮はゆっくりと上半身を起こし、デコに手を当てる。熱い、まだ熱はある。
盆に小皿とれんげ。小さな土鍋を置き、その盆を運んで来た準一はベットに腰掛け、自分の膝の上に盆を置くと土鍋の蓋を開け、小皿にお粥を盛る。
「大丈夫か?」
「ええ。一人で食べられます」
と頑張って笑顔を向ける四之宮はれんげを取るが、指に力が入らずすぐに落ちる。それが何度か続いたため、準一は「ま、風邪ひいてるしな」とれんげを取り、右手で小皿を持つ。左手のれんげで粥をすくい、フーフーを冷まし
「ほれ」
と四之宮の口にれんげを押しやる。「口開けろ」
四之宮は無言で口を開けお粥をモグモグする。
「やっぱ先輩、料理上手ですね」
「あんがとよ。ほら」
同じくフーフーしてやり押しやる。同じように四之宮は食べ進め、割とすぐに土鍋は空になった。
「お粥、美味しかったです」
「お粗末様。ま、食ったなら寝てろ。何かあれば俺は隣にいるから」
はい、と小さく声を出した四之宮は再び横になると眠りに就こう、とするが食べた所為か眠れない。ふと準一の方を見ると雑誌を捲っている。
「先輩」
「ん?」
「いえ……妹さんが羨ましいですよ」
おいおい、と準一は困った様な顔を向け、雑誌を閉じる。
「どうした急に」
「はは、でも本当に妹さんが羨ましいですよ。こんなに良いお兄さんがいるなんて」
「お前が弟だったら、手は掛らなかっただろうな」
「ですかね。すいません、気持ち悪い事言っちゃって」
「良いって言ってんだろ? ……眠れないのか?」
声に出さず四之宮は頷く。準一は椅子から立ち上がると雑誌を棚に戻しベットに腰掛ける。
「話し相手くらいにはなれるが、どうする?」
「是非お願いします」
「お願いされました」
準一に笑みを向けられ、四之宮は微笑み返す。
「先輩」と四之宮は上半身を上げ、準一に目を向ける。「昔はどんな子だったんですか?」
「俺のガキんちょの頃? そりゃ……あんまり悪さしてないんだよな」
「そうなんですか? 以外です」
失礼だな。と準一は四之宮のデコピンしようとし「お前、冷えピタ剥がれたか」と気付き、椅子の下に置いてあった救急箱を取り、冷えピタを取り出すと「ほれ」と言いながら四之宮の前髪を上げ、冷えピタを貼る。
「本当にすいません。何か、色々させちゃって」
「いいんだって。病人なら遠慮するなっての」
と今度こそデコピンする。「お前の良い所でもあるが、悪い所だな」と準一は手を下ろし、目を合わせる。「そうやって謝ったりとか、こっちから言わないと頼らないだろ? 他の奴にはそうでもいいが、少なくとも俺は一緒に暮らしてんだし、居候の身だ。遠慮しなくて良いんだって」
「ですが……申し訳ないのは」
「だーから。いいんだって、ったく真面目だね。お前は」
「取り柄ですから」
「ま、そこが良い所なんだろうがな」
困ったように笑った準一に苦笑いを向け、四之宮は左手で右手を撫でる。
「そういや、お前はどんな子供だったんだ?」
「はは、僕は今とあまり変わりませんよ。友達がいなかったんで、アニメばっかり見てましたけど」
「意外だな、お前は友達が多いとばかり思ってた」
「よく言われます。顔は良いのに趣味が最悪、とか」
と四之宮も困った様な笑いを浮かべ、準一は「はぁ」と息を吐くと自分の後頭部を撫でる。
「ま、でも良かったじゃねぇか」
「え?」
「前は友達がいなくて、アニメばっか見てたんだろ? でも今は俺が居て一緒にアニメ見てんだ。良かっただろ?」
準一が言うと、四之宮は「クス」と笑い始め準一は「何笑ってんだよ」と口を尖らせる。
「いえ、意外で。先輩がそんな事言ってくれるなんて……先輩」
「んだよ」
「ありがとうございます」
何とも輝いた笑顔を向けられ、準一はため息を吐くと一発チョップをする。
「何するんですか」
「うるせー、俺の事笑った罰だよ」
と準一はお盆を持ち上げる。
「じゃ、俺はこれを台所に持って行くな。すぐに戻って来るけど」
「はい。お願いします」
おう、と応じた準一の背中を見、四之宮は優しげな笑みを零す。
「……ほんと、妹さんが羨ましいな」
小さく呟くと天井を見、ゆっくりと枕に頭を付けた。
夜になる頃、四之宮は動き回れるくらいに回復した。アニメを見ましょう、とやたら言って来たが準一は全て突っぱね「寝てなさい」と母親の様に言い寝かせた。
東京に来て数年、同居人は百合が初めてだったが、彼女は元気な為風邪など引かなかった。福岡の自宅では、年に一度、結衣が風邪を引いたので看病をしていたが、それ以外では無かった為、少し疲れた。
四之宮が寝たのが分かり、台所へ行くと食器洗い。洗濯。ガーゼなんかを洗ったりし、熟せなかった家事を全てこなした。
しかし、四之宮が元旦から風邪を引くとは。こんなに人を不憫、と思う元旦は初めてだ。
洗濯機を回し始めた時、準一のポケットの携帯が鳴る。着信音的に結衣。
「もしもし?」
『あ、出た。兄貴』
「まだ終わってないが」
『ううん。そうじゃないの……たださ、その兄貴さ仕事、一応今はお休みなんでしょ?』
「そうだな」
『帰って来い、とか催促しないから……お喋りとか駄目かな』
随分と結衣にしおらしくされ、改めて自分がどれだけ好かれているかを思わされるとともに、申し訳なくなった。
「あ……すまん。寂しかったか?」
『うん』
「ごめんな、よし。いいぞ、お喋り」
『ほ、ほんと? やったぁ』
本当に嬉しそうにされ、準一も少し嬉しくなる。
『兄貴、今は何してるの?』
「洗濯。聞こえないか? 洗濯機の音」
『相変わらず家庭的だね』
「お前も、母さんと父さんの手伝いはしなきゃだぞ? してるのか?」
『してるよ』
と答える結衣の顔が膨れっ面になるのが目に見えるようで、自然と笑みがこぼれる。
「何かあったか? そっちは」
『ううん。一回あたしの友達が来ただけかな……あ、男じゃないから!』
「分かってる。あれだろ? 前に帰った時、家に来た子だろ?」
『よく覚えてるね……狙ってんでしょ?』
苦笑いし「ロリコンにはなりたくないよ」と言うと呆れ気味にため息に似た息を吐く。
「ま、3日の夜、バス取ったから。それで帰る。夜行バスだから多分、昼位に小倉駅だ」
『絶対迎えに行く』
「言うと思った。風邪なんかひかないでくれよ?」
『うん。ありがとう、兄貴。おやすみ』
「おう、おやすみ」
と携帯を切りポケットに仕舞うと、四之宮が不思議そうな顔で脱衣所を覗き込んでいた。そんなにうるさかったか? いや、あまりうるさくは無い筈だ。
だったら何だ、腹が減ったのだろうか
「先輩……リアル妹に萌えるんですか」
「……殴るぞ?」
「だって! やっぱり先輩はシスコンなんですね!」
「バカ言うな、確かに結衣は可愛いが、俺はシスコンじゃない」
「嘘だ!!」
「アホかお前は! 寝てろ!」
「やっぱ先輩、アブノーマルラヴなんですね」
親指を立てグッジョブのサインを作る四之宮の笑顔、その中に彼の歯は一際輝いていた。
「お前、今から作ろうと思ってたんだが、晩飯抜きな」
「じょ、冗談ですよ先輩!」
食事の力は偉大だ。抜きにするぞ、と言っただけでこの変豹。やっぱり四之宮はアホなんだな。と思った準一は大きなため息を吐き、洗濯機の中からまだ湿った洗濯物を取り出し、丁寧に洗濯籠に入れた。