つっこみどころ満載のエッセイで「感想欄」が閉じられていた時のやるせなさ。
掲載日:2026/06/27
エッセイの基本構造は、世間や出来事に対する作者自身の「ツッコミ」にある。違和感や不信感、時には不安感などを言語化し、読者にそれを投げる作業。であるはずだが、時折、感想欄を閉じているエッセイと出くわす。―― これはいったいどういうことか?
「お前がやってることは、ただの日記じゃねーか。だったら、その他ジャンルで投稿しろよ」と筆者はなる。なにせ、投稿サイトにおけるエッセイジャンルの暗黙のルールにも反しているからだ。
投げっぱなしの自論に、読者のリアクションがあり、ようやくその「問い」の輪郭が立体化される。しかし、彼らはそれを拒否する。自分が書いた駄文だけで、この考察は完結しているんだ、と。
当人は賢いつもりらしく、上から目線で書かれた、穴だらけのロジックの投稿で、こういうことをされると(手ぐすね引いて待っていた分)思わずゲロが出る。今しがた、そういう投稿と出くわした。これはエッセイでも何でもない、ただの愚痴だが、エッセイジャンルでの投稿作品への批判なので、とりあえず、ここで(えっ)。




