1話:図書館での諍い
この世界に存在する三つの大陸。その中で一番大きな大陸の北東に存在する小国のラティアナ王国。その国の第二王子であるレオヴァルトは黒髪に金の右目と銀の左目というこの大陸では、あまり見ない容姿をしていた。
その理由はレオヴァルトとその妹であるミネアの母である側妃のソラが極東にある島国の人間であり、その島国の人々は黒髪にオッドアイという見た目をしていた。反対に第一王子のガヴェルの母である正妃のエルナはこの大陸で一番力を持っているアイリヤ帝国の侯爵家から嫁いで来た人間であり、とても傲慢で異民族あるサラとその子供であるレオヴァルトとミネアの事を毛嫌いし、その影響を受けてきたガヴェルもレオヴァルトとミネアの事を毛嫌いしていた。
そんなある日、レオヴァルトがいつもの様に中央の城の地下にある巨大な図書館で魔術に関係する魔導書を読んでいた。そこは静寂に包まれており、聞こえるのは紙を捲る音と何かを書いている音だけだった。
しかし、そんな静寂を破り、第一王子であるガヴェルが図書館の扉を勢い良く開けて入ってきた。図書館に入ってきたガヴェルは中央に設置されている机で読書をしていたレオヴァルトの元にやってきた。
「おい!レオヴァルト!こんな所で何をしている!お前のような側室の第二王子は勉強しても王には成れないというのに」
ガヴェルはレオの事をクスクスと嘲笑した。だが、レオはそんなガヴェルを相手にする事なく、読書を続けた。しかし、その行動がガヴェルの自尊心に満ちていた神経を逆撫でした。
「お、お前も俺を無視するのか!どいつもこいつもこの俺を無視してお前の方が王に相応しいと言う!王位継承権が一番高いのは俺だというのに!」
そこまで言っても何も反応せず、本から顔も上げないレオにガヴェルの苛立ちは更に増していったが、ガヴェルはある事を思い付いた。
「なあ、レオヴァルト。もし、俺が王に成ったらお前の妹を妻に迎えてやるよ。嬉しいだろ?帝国の高貴な血とこの国の歴史ある血をひく俺の妻になれるなんて光栄だよなぁ?
俺の高貴な血を入れれば、少しはその穢れた異民族の血も薄くなるんじゃないか?なぁ、レオヴァルトどう思う?妙案だと思わないか?」
ガヴェルの言葉を聞いたレオをようやく本から顔を上げ、ガヴェルの方を向いた。
ガヴェルの方を向いたレオの金と銀の瞳には、怒りと嫌悪が宿っており、左の銀の瞳の方に身に着けているモノクルのチェーンからぶら下がっている小さな水色の魔石は強い光を放っていた。
「兄上、世の中には口にして良い言葉と口にしてはいけない言葉があるのですよ。そして貴方は今、私の口にしてはいけない言葉を口にした。その報いを受けて頂こう」
レオは椅子から立ち上がりガヴェルの方を向いて右の掌を前に出した。するとレオの掌に一瞬だけ魔法陣が浮かび、そして無数の火球が現れてガヴェルに向かって飛んで行き、直撃したように見えたが、それは寸前の所に張られた薄い虹色に輝く膜によって阻まれていた。そしてそれと同時に少し離れた所にいたレオの副官であり、護衛であるレイの右手に魔法陣が浮かんでいた。
「レオヴァルト殿下、それは流石に駄目です。落ち着いてください」
「レイ、何故止めたんだ!そのクソ王子を攻撃して何が悪いんだ!」
「此処でガヴェル殿下を攻撃してしまっては貴方の立場が悪くなるだけでなく、ミネア殿下やサラ様にまで迷惑がかかります。どうかこの場は怒りを鎮めてください」
レイの言葉にレオは納得がいかない顔をしながら渋々魔力を抑え、右手を降ろした。一方、レオに攻撃をされたガヴェルはあまりの恐怖に腰が抜けたのかその場に座り込み、ガチガチと歯の根が合わぬ音をさせていた。そしてそんな怯え切っているガヴェルを放置してレイはレオの元に向かった。
「殿下、こんな所に居ても気分は晴れません。執務室に戻りましょう」
「はぁ、分かった」
そう言うとレオは先程まで読んでいた魔導書と机の上に置いていた数冊の本を魔力で浮かせて元の場所まで運び、ガヴェルに対する怒りを感じながらもレイと共に図書館を出た。
図書館を出た二人は黙ったまま地上へと繋がっている階段を上り、中央の城からレオやミネア、サラの三人が暮らしている東の別館に繋がっている渡り廊下を歩いていた。そんな中、レオが口を開いた。
「さっきは何故あいつを守るように動いたんだ?」
「だって、あのまま放って置いたらガヴェル殿下を消し炭にしていたでしょう?それにとても魔力を制御出来ていたとは言い難かったので」
レイの答えにレオは渋い顔をし、その後は何も答えずに歩いていき、レオの執務室の前に辿り着いた。
レイが扉を開け、先に中に入った後、レオも中に入った。
レオはそのまま扉の正面の壁際に置かれている机へと向かい、椅子を引いて座った。そしてレイは扉の近くに置いてある自身の机から山積みになっている書類を持ってレオの机の傍に来てドスッという音と共に書類の束を置いた。
「レイ、なんだこの量は……。朝、これと同じ量を片付けたばかりだろう」
「どうやら陛下が此処に持ってくるように指示されたようです。でもレオ様ならこのくらいの量、四時間程で終わりますよね?」
レイはさも当然というような顔でどんどんと書類を運び、レオの机の上に書類の山を築き上げた。出来上がった光景を見たレオは死んだ目をして静かに書類に手を付け始めた。
しばらくの間黙々と作業をしていたレオは書類の山を三分の一にまで減らした。
「はぁー、少し休憩するか」
「そうですね。紅茶いれますか?」
「ああ、頼む」
「では、侍女に頼んできます」
そう言うとレイは出来上がった書類を持って執務室を出て行った。
一人になったレオは背もたれに体重を掛け、左目に掛けているモノクルを静かに外し、モノクルを手に持ったまま、ゆっくりと目を閉じた。
(目を閉じると少しだけ楽だな。此処最近偶に起きる眩暈、何が原因なのかは分らんが……)
そうして少しの間、目を閉じているとガチャッという扉が開く音がしてレオは目を開け、手に持っていたモノクルを掛けた。
レオが扉の方に目をやるとレイとティーセットを持っている侍女が立っていた。
「疲れましたか?」
「いや、大丈夫だ」
レオの答えにレイは頷き、侍女と共に部屋に入り、自身の机の上に置いてある確認済みの書類を整理し、侍女にレオと自身の紅茶を用意させて退出させた。
レオとレイは部屋の中央に置かれているソファに向かい合わせで座った。
レオは紅茶を一口飲み、ソーサーの上にカップを置いた。それに合わせてレイもカップをソーサーの上に置き、レオの方を見た。
「レイ、俺はどうすれば良いんだろうな?確かに兄上は王位継承権一位だ。だが、兄上に国を任せれば、この国は終わるだろう。それだけは絶対に避けたい。だが、俺は王の器じゃない」
「俺はあの傲慢王子より民に寄り添う貴方に王になって欲しいと思いますよ?確かに王位継承権はガヴェル殿下の方が上ですが、あの方に任せればレオ様が言った通り、この国は破滅を迎えるでしょう。ですが、俺は貴方が王の器ではないとは、一度も思った事はないですよ」
「そうか……」
レイの答えを聞き、暗かったレオの顔が少しだけ明るくなった。それから二人は三十分程ゆっくりと紅茶を飲みながら休憩をし、作業を再開させる事にした。
レオとレイが執務室で書類の山を片付けていた頃、中央の城にある国王の執務室では、この国の国王であり、レオやガヴェル、ミネアの父であるライヴェルとレイの父であり、宰相でもあるジンが話し合いを行っていた。
「陛下、レイからの報告によると三時間程前にガヴェル殿下とレオヴァルト殿下が図書館で揉めていたようです」
「原因は何だ?」
「どうやらガヴェル殿下がレオヴァルト殿下の逆鱗に触れたようです。その結果レオヴァルト殿下が怒り、火球でガヴェル殿下を攻撃しようとした所を寸前でレイが止めたようです」
ジンの報告を聞いたライヴェルは頭を抱えた。
「まったく、どうしてガヴェルは問題を起こすんだ。本来なら第一王子であるあやつが王位を継ぐはずが、あまりの無能っぷりにレオが王位を継ぐ事になりそうだぞ」
「その方が良いかもしれませんね。レオヴァルト殿下は貴族達だけでなく、国民からも支持を得ていますから。陛下もそれを見越して殿下に仕事を回すように指示されたのでしょう?」
「確かにその意図はあったが……。頭痛い話ばかりだな」
そう言うとライヴェルはため息を吐き、レオにある程度回した事で少し減った書類を片付ける作業に戻った。




