死に方
僕が放ったあの最悪の言葉は、瞬く間にクラスはおろか、学年全体へと広まることとなる。学年のアイドル的存在である雨野雫に、空気のような存在の男が「話しかけるなブス」と言い放った。そのニュースは歪んだ尾ひれをつけて拡散され、僕は一躍、学年中の生徒の注目を浴びると同時に、学年中の生徒の全てを敵に回した。
「おい白井、雨野さんに謝れよ!」
「お前みたいなゴミが何様のつもりだ?」
今まで僕に話しかけもしなかったクラスメートたちが、正義という大義名分を盾にして僕の席へ押し寄せる。けれど、そんな僕を救ったのは、他ならぬ彼女だった。
「待って、私が悪いの。私がしつこく話しかけちゃったから……だから、白井君を責めないで」
雨野さんは涙をぬぐい必死に周囲を制止した。その聖女のような慈愛に満ちた説得に、クラスメートたちは一旦は引き下がった。けれど、それは救済ではなかった。かつては透明だった僕の存在は、今や明確な悪意を向けられる標的へと変わった。クラスメート、そして学年中の生徒が敵意の眼差しで僕を見るようになった。それだけではない。雨野さんが見ていないところでは、さらに陰湿な暴力が始まった。トイレに連れ込まれての殴打、頭からの水、机に詰め込まれたゴミ。僕の本当の地獄は、あの日から始まったんだ。僕は定期的に鳳に呼び出された。クリーニング代という名のカツアゲは終わらない。「一度じゃ汚れが落ちなかった。もう一度クリーニングに出すから、また1万円出せ」との無茶苦茶な理屈だ。けれど断れば激しい暴行が待っている。もう、お父さんの財布から盗みたくない。僕はお父さんに欲しいものがあるからと嘘をついてバイトを始めた。鳳に渡す金を作るためだけの労働。けれど、数ヶ月もすれば鳳の要求はさらにエスカレートしていった。
「お前、学年中でいじめられてるらしいな。可哀想に。俺が用心棒になってやるから、用心棒代をよこせ。さもないと、もっと酷いことになるぞ」
マッチポンプ。鳳が指示して周囲に嫌がらせをさせ、それを止めるフリをして金を毟り取る。案の定、金を払えば嫌がらせは減り、払えなければ再発する。そのうちバイト代だけでは足りず、僕はまた、お父さんの財布に手を伸ばすようになっていた。
(……ごめんなさい。ごめんなさい)
ある日、お父さんがボソリと言った。
「雲……小遣い、足りないなら少し上げようか」
お父さんは気づいているのだ。自分の財布から金が消えていることに。けれど、お父さんは僕を責めない。お父さんも僕と同じで人付き合いが下手で、寡黙な人だろう。息子とどう向き合えばいいのか分からず、ただ見守ることしかできないのだろう。お父さんを苦しめているその事実が、今の僕には何よりも辛かった。
死にたい。けれど、自殺はしたくない。せめてお父さんを悲しませたくないという最後の一線だけが、僕をこの世に繋ぎ止めていた。いじめのことを先生に相談しても無駄なことは、中学の時に学んでいる。先生たちはいじめという言葉を嫌う。それは自分たちの評価が下がるからだ。だから彼らは最初からなかったことにする。これはあくまで生徒同士の悪ふざけで、少し度が過ぎただけという結論に至ることは目に見えてわかっていた。学校という場所は、警察すら介入をためらう治外法権だ。暴力だけが支配する、狂った世界。僕のような気弱で臆病な非力な人間には居場所はない。そんな生き地獄の中で、僕の思考は少しずつ変わっていった。
どうせ逃げられないのなら、いっそ終わらせてしまいたい。けれど、もし死ぬとしたら……死ぬ時くらいはかっこよく死にたい。そう、僕が毎日読んでいる漫画のサブキャラのように誰かを助けて死ねれば良いなと思うようなっていた。そんな、叶うはずもない妄想を抱えながら、地獄の日々が過ぎていく。




