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転生したら椅子だった!?  作者: にんじん


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8/11

卑怯な勇気

 その日の夜、家へ帰ると、いつもは不在がちな父親が珍しく仕事を終えて帰宅していた。長距離の運転で疲れ果てたのだろう。父はすでに自分の部屋で泥のように眠っていた。ふとリビングのテーブルに目をやると、僕の好きな食べ物と、冷蔵庫にはケーキ。そして、仕事先で買ったのであろう地方のお土産が並べられていた。その傍らには、走り書きのメモ。


 『雲へ。いつも仕事ばかりで、お前に何もしてやれなくてごめんな。料理も作れないから、お前の好きなものを買ってきた。ケーキも冷蔵庫にあるぞ』


 父の不器用な、けれど真っ直ぐな愛情。僕は父がどれほど過酷な仕事をしているのか知っているので、何も不満など感じていなかった。それなのに……。


 (……ごめんなさい。お父さん、本当にごめんなさい……)


 僕は震える手で、父の財布から6千円を抜き取った。心臓が潰れそうなほどの罪悪感。けれど、それ以上にこれでノルマが1つクリアできるという卑怯な安堵感が僕を支配していた。僕は最低な人間だ。


 翌朝、朝礼前に僕の席に鹿島はやって来た。


 「……クリーニング代、持ってきたんだろうな?」


 鹿島は仲良さげに僕の首へ腕を回して顔を耳元に近づけた。そして、周りには聞こえないほどの小さい声で呟いた。僕はその言葉に小さく頷いた。すると、鹿島はニヤリと笑うと、机の下にそっと手を差し出してきた。僕は周囲の目を盗み、父から盗んだ6千円を彼の掌に押し込んだ。金を受け取った鹿島は、満足げに教室を出ていった。


 その日の昼休み、僕は心臓が止まるような思いで雨野さんが来ないことを祈り続けた。鹿島は屋上へは行かず、僕を監視するように教室に残っている。……幸いなことに、その日は雨野さんが僕の元へ来ることはなく、10分程経過すると鹿島も諦めたように教室を去った。一方鹿島の監視が消えた僕は漫画の世界へ逃げ込み、現実の恐怖から目を逸らした。しかし、運命のカウントダウンは止まってはいない。


 週が明けた月曜日。ついに僕が恐れていた事態が訪れた。


「白井君! この漫画、知ってる? お兄ちゃんに勧められて読んだら、すごく面白かったの。よかったら白井君も読んでみてよ!」


 雨野さんが、一点の曇りもない天使のような微笑みを浮かべて僕の机に一冊の漫画を置いた。その瞬間、背筋に氷を突っ込まれたような寒気が走った。視線の先には、こちらを凝視する鹿島の姿があった。僕は恐怖で思考が止まり、またしても拒絶できずに、生返事で雫の話を聞いてしまった。

 

 『ドンッ!!』


 突然、教室中に激しい衝撃音が響き渡った。鹿島が近くの机を思い切り叩いたのだ。驚いた生徒たちが一斉に音のした方を見る。


「あはは! 悪い悪い。虫がいたから、ぶっ叩いちゃったわ」


 一瞬教室は静まり返ったが、鹿島はクラスのムードメーカー的な存在だ。「鹿島君、驚かさないでよ~」とクラスメートたちも笑い、教室はすぐに元の平穏を取り戻す。けれど、鹿島だけは笑っていなかった。その目は真っ直ぐに僕を射抜き、次はないぞと無言の圧力をかけていた。


 雨野さんは無邪気に「びっくりしたね」と笑い、また話を続けようとする。壊したくない。この温かな時間を、彼女の笑顔を。けれど、僕の背中には鳳たちの影が、死神の鎌のように食い込んでいた。


(ごめん、雨野さん。……ごめんなさい……!)


 僕は逃げるために、彼女を突き放すための毒を喉の奥から絞り出した。


「……っ、ぼ、僕に、話しかけないでくれ……」

「えっ……? 何、白井君?」


 聞き取れなかったのか、雨野さんが不思議そうに顔を近づけてくる。僕は目を逸らし、精いっぱいの声を張り上げた。


「僕に話しかけないでくれ、このブスがぁっ!!」


 その瞬間、教室が凍りついた。目の前の雨野さんの顔から、さあっと血の気が引いていく。そして、大きく綺麗な瞳から、大粒の涙が溢れ出した。


「……ごめんなさい……っ」


 雨野さんはそれだけを絞り出すと、僕の机から走り去っていった。遠ざかっていく彼女の背中は、見たこともないほど小刻みに震えていた。

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