僕に出来ること
「マッサージ機能……っすか?」
ミコッチの深紅の瞳が怪しく光る。その光は僕への強い疑念だ。
『本当だよ。一度試してみてよ。僕はただの学校用椅子じゃないんだ』
普通の椅子にそんなハイテク機能があるわけがない。信じろという方が無理な話だが、僕は必死に訴えた。その必死さが伝わったのか、ミコッチの心がわずかに揺れ動く。
「本当にそんな機能があるなら、僕も嬉しいっす。……でも、ちょっと、しょーちゃんに聞いてみるっす」
心霊研究同好会の部長はミコッチだが、実質的な決定権は府領にあるようだ。ミコッチがゆっくりとまぶたを閉じ、再び開けると、その瞳はいつもの底なしの黒に戻っていた。
「しょーちゃん。椅子さんは元いた2年生の教室に戻りたいみたいっすけど、それはリスクが高いから断ったっす。……そしたら、ここにおいてほしいって。自分にはマッサージ機能があるから、役に立つって言ってるっす」
話を聞いた府領は、あからさまに嫌そうな顔をして僕を睨みつけた。
「はあ? 何よそれ、怪しすぎるでしょ。スケベ椅子がするマッサージなんて、どうせエロいこと考えてるに決まってるわ。私は部室に置くのは反対よ」
「しょーちゃんの言い分はもっともっす。でも、僕は椅子さんを信じてみたいっす。まずは僕が実験台になるっすよ」
ミコッチは府領に僕を信じると言ったが、実際はどこか不安なのであろう。彼女はすこし戸惑いながら、小ぶりでキュートなお尻を僕の座面に深く押し込んだ。椅子になって知った真理がある。それはお尻の感触は人それぞれだ。ミコッチのそれは、柔らかくもどこか儚い弾力に満ちている。詳しく解説したいところだが、今はそんな場合ではない。僕は優良物件であることを証明しなければ、部室から追い出されてしまうのだ。
僕は即座に彼女の体をスキャンし、その疲労の正体を暴き出した。
【ボディ・スキャン結果 ミコッチ】
1. 前頭葉・脳神経系:極度の過負荷(オーバーヒート状態)
原因 霊眼の発動による高次元情報の強制処理。脳が霊的視覚を維持するために神経エネルギーを異常消費している。
改善提案 機能【ファントムハンズ(強)】 内容 見えない手により、熱を持った頭皮をダイレクトに揉み解す。脳の昂ぶりを鎮め、眼精疲労を根源から除去する。
2. 頸椎(首)および視神経:重度の筋硬直と圧迫
原因 霊眼使用時の極度の集中と、眼圧の上昇に伴う周囲筋肉の異常な固着。
改善提案:機能【ビリビリショック(中)】 内容 ガチガチに固まった首筋に最適な微弱電流を流す。深層筋肉に直接アプローチし、滞った血流を改善、神経の伝達を正常化させる。
スキャンの結果を見て、僕は絶句した。霊眼を開くという行為は、自らの脳と身体を削る、あまりにも過酷な代償を伴っていたのだ。僕を救い出すために、彼女はこれほどの負担を背負ってあの場所まで来てくれたのか。それなのに、僕はどうだ。自分の居場所を確保したいという打算や、お尻の感触を楽しもうとするスケベ心ばかり……。
(……情けないな、僕は)
心からの申し訳なさが込み上げる。今の僕にできる唯一の恩返しは、持てる全機能を使って、彼女のこの痛みを消し去ることだけだ。僕は雑念を振り払い、紳士として彼女を癒やすことを誓った。
(ミコッチ、今から僕が君を癒してあげるよ)
不安げなミコッチに対し、僕は即座に【ファントムハンズ(強)】を起動した。椅子から見えない手が伸びて、ミコッチの柔らかな髪をかき分け、その頭皮を捉える。最初は羽毛で触れるように優しく、そして徐々に芯を捉えて力強く。マッサージ機能を授かった僕には、彼女のどこが凝り、どこを解せばいいのかが手に取るようにわかる。
「……っ! あ……っ」
どこか不安げなミコッチの顔が、みるみるうちに弛緩していく。眉間の皺が消え、とろんと蕩けたような表情に変わった。その顔は、驚くほど艶めかしく、同時にひどく幼い。
「あ、あんっ……! なに、これ……すごく、きもちいいっす……脳みそが、とろけるっす……」
我慢しきれないといった様子で漏れる、甘く切ない声。紳士として完遂しようと誓ったはずの僕だったが、座面に伝わる彼女の体温と、耳元で響くその声の破壊力に、理性を維持するだけで精一杯だった。




