プレゼン
府領からの突然のご褒美を、僕は心の中で拝みながらありがたく受領した。僕が鳳にいじめられていたと聞き、彼女なりに同情してくれたのだろう?ヤンキー気質だが、意外に情に厚いところがあるのかもしれない。
「あ! もしかしてこのスケベ椅子……電車で暴漢から逃げようとして、転んで死んだ人?」
ふいに府領が思い出したように声をあげた。どうやら彼女もネットニュースで僕の最期を知っていたらしい。余談だが、僕が暴漢から逃げようとして躓き、そのまま命を落としたというマヌケなニュースは、学校内どころか全国的な嘲笑の的になっていた。テレビのニュースでは僕の名誉を慮ってか、逃げようとして刺されたと報じられていたが、ネットニュースは容赦がなかった。こんな美味しいネタを放っておくはずもなく、僕の死は事実のまま、滑稽な悲劇として拡散されていたのだ。ミコッチは少し申し訳なさそうな顔をしながら、「そうっす。あのおっちょこちょいの人っす」と肯定した。事実確認を終えるやいなや、府領は腹を抱えて笑い出した。
「ギャハハ! うける。マジうめるわ~! あのニュースの人が椅子になったんだね。それもマジうけるわ~」
涙を浮かべて笑い転げる彼女を前に、僕は恥ずかしさで顔を真っ赤にしたい気分だったが、あいにく椅子なので表情1つ変えられない。しばらく笑い続けていた府領だったが、ようやく落ち着きを取り戻すと、ミコッチに真面目なトーンで問いかけた。
「で、このスケベ椅子、うちらの部室で匿ってあげるわけ?」
僕はこれからどうなるのだろう。期待と不安が混ざり合うなか、ミコッチが答えた。
「どうするかは、椅子さんに確認するっす」
と言いかけて、ミコッチは迷いの表情をした。
「ちょっと、どうしたのよミコッチ?」
「僕の霊眼は1日に何度も使うのはキツいっす。さっき使ったばかりだから、ちょっと反動が怖いっすね……」
ミコッチの体調を気遣う府領は、無理に霊眼を使うことを勧めない。
「無理したらダメよ。スケベ椅子の意思なんて聞く必要ないわよ」
「……いや、やっぱり使うっす。きちんと椅子さんの意思を聞きたいっす」
ミコッチの真っ直ぐな瞳に、府領はため息をついて肩をすくめた。
「……わかったわ。でも、ヤバいと思ったらすぐにやめるのよ」
府領の了解を得たミコッチは深く、深く、空気を吸い込んだ。肺の奥まで空気が満たされると同時に、彼女は静かにまぶたを閉じる。そのまぶたの裏では何かが蠢いている。 細い血管が浮き上がり、神経が粟立つような微かな震え。そして、彼女がゆっくりと目を開けた。すると、大きな黒い瞳は、内側から溢れ出したドロリとした鮮血に飲み込まれたかのように、禍々しい深紅へと変貌していた。
「……いつ見ても、その瞳は最高にクールね。あたしもそれ欲しいわ」
府領は、不気味なはずの深紅の瞳を毛嫌いするどころか、憧れの視線で見つめている。
「椅子さん、私たちの話は聞いていたっすね。僕はあの部屋から椅子さんを助け出したっす。……これから、どうすればいいっすか?」
僕は正直な思いを告げた。
『……僕は、元いた場所に戻りたいんです』
雨野さんのお尻を支えていた、あの幸福な日々に。
「え! あの空き教室に戻りたいんっすか?」
『違う違う、そうじゃない! 僕は空き教室に捨てられる前の、2年生の教室に戻りたいんだ!』
僕はミコッチの天然な勘違いを即座に否定した。
「それは……厳しい注文っす。僕は1年生っす。2年生の教室に忍び込んで椅子を運び直し、さらにすり替えるなんて、かなり難しいミッションになるっす」
部室まで運ぶのとは訳が違う。鹿島と猪瀬の事件があったばかりで、夜の警備も厳しくなっているはずだ。1年生が2年生の教室に出入りしていれば、それだけで怪しまれる。ミコッチの懸念はもっともだった。
『……そうだね。それなら、しばらくこの部室に置いてくれないか。僕はただの椅子じゃない。高性能なマッサージ機能もある、かなりの優良物件なんだよ』
僕は自分の有意義性を必死にアピールした。




