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転生したら椅子だった!?  作者: にんじん


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3/13

椅子になった理由

 僕と彼女の、甘美でとろけるような天国の時間は、ガラガラと無慈悲に響いた扉の開く音で終わりを告げた。


「おはよう~、しずくちゃ~ん!」


 教室に響き渡る、鼓膜を心地よくくすぐるようなアニメ声。この教室に入ってくる生徒の順番はある程度決まっている。僕は、クラスメートの登校リズムを把握していた。2年生になって3ヶ月、名前と顔が一致するのは普通のことかもしれないけれど、僕の場合は少し意味合いが違う。みんなは僕のことなど見ないが、僕はみんなを見ている。なぜなら、僕は誰にも干渉されないオブジェであり、空気として、ずっとこの場所から観察し続けてきたからだ。


 話が少し逸れたけれど、この教室に3番目に入ってくるのは、決まって彼女だった。


 大空(おおぞら) (ひかり)


 雨野さんの親友であり、このクラスのもう1人のアイドルだ。彼女は、凛として背の高いスレンダーな雨野さんとは対照的な魅力を持っていた。大空さんは、少し丸みを帯びた小柄な体躯を、活発そうなショートカットの髪が縁取っている。特筆すべきは、その小柄なシルエットを裏切るような、制服のブラウスをはち切れんばかりに押し上げる豊かな胸の曲線だった。雨野さんが触れれば壊れてしまいそうな繊細なガラス細工だとしたら、大空さんは柔らかく弾む、温かな陽だまりのような美しさ。

 

 スレンダーな美少女の雨野さんと豊満な肉体を持つ美少女の大空さん。クラスの男子たちは、密かに雨野さん推しと大空さん推しで二分されるほど、彼女もまた絶対的なアイドルだった。


 「光、おはよう」


 僕の上にいた雨野さんが、すっと立ち上がる。僕の座面から、あの夢のような温もりと、果実が乗っているような甘美な圧力が失われていく。


(……あ、行かないで……)


 叫びたかった。けれど、僕はただの椅子だ。

 

 雨野さんは僕の願いなど知る由もなく、軽やかな足取りで大空さんの席へと歩み寄っていく。2人が並ぶと、まるで一輪の百合と一輪のひまわりが寄り添っているかのような、目が眩むほどに眩しい光景が広がった。


 雨野さんと大空さんが賑やかに会話に花を咲かせていると、扉が開くたびに続々とクラスメートたちが教室に入ってくる。


「おはよう!」


 みんな、クラスのアイドル的な存在である2人に、吸い寄せられるように挨拶をしていく。2年生になって3ヶ月。クラス内には明確なグループが形成され、誰もが自分の居場所を見つけていた。談笑する声、ふざけ合う音、恋バナに興じる華やかな雰囲気。みんながそれぞれの方法で、輝かしい学校生活を謳歌していた。何気ない毎日の、平凡に過ぎていくいつもの光景。けれど、その当たり前の景色は、僕にとっては直視できないほどに眩しく、鋭い光だった。だから僕はいつも、その光から逃げるように、自分の殻である漫画の中に視線を落としていたんだ。


 やがて8時30分を告げるチャイムが鳴り、朝礼の時間が始まる。大空さんと別れた雨野さんが、僕の元へと戻ってくる。ふわりと。再び彼女の柔らかな重みが僕を包み込む。

 けれど、今の僕には、あの甘美な感触を堪能している余裕なんて、一欠片も残っていなかった。


(来る……あの、恐ろしい奴らが……!)


 僕の心臓のようなものは、今にも止まってしまいそうなくらいに、恐怖で震えていた。もちろん、僕に本物の心臓なんてないけれど、パイプの隅々までがガタガタと悲鳴を上げているのがわかる。教室の扉が、それまでとは違う重苦しい音を立てて開いた。


 主役は遅れてやってくるものだ、なんて言葉があるけれど、それを体現するかのようにヤツラは朝礼が終わる頃を見計らって教室に現れる。静かだった廊下の向こうから、地響きのような大きな笑い声が響き、教室の扉が勢いよく蹴破るような勢いで開け放たれた。


「みんな、おっはよう!」


 鼓膜を震わせるような大声で挨拶をしたのは、猪瀬(いのせ) (ごう)だ。185センチ、100キロ近い巨漢。短髪の坊主頭に、制服の上からでもわかる岩のような筋肉の塊。彼が1歩踏み出すたびに、床から伝わる振動が僕の脚を伝って脳を揺らす。猪瀬の後に続くように、鹿島(かしま) (つばさ)、そして蝶野(ちょうの) (れん)が姿を見せた。鹿島は160センチと小柄だが、どこか獲物を狙う小動物のような鋭い光を瞳に宿している。蝶野は170センチ。中性的な整った顔立ちに、校則を無視した派手なピアスが光る。


 この3人は、クラスのムードメーカーであり、圧倒的な陽キャグループだった。彼らが現れた瞬間、教室の空気は一気に沸き立ち、まるで彼らを中心とした別の生き物のように騒がしくなる。朝礼中だというのに、先生も彼らを厳しく叱ることはしない。まるでいつものルーティーンをこなすかのように、呆れた顔で告げるだけだ。


「猪瀬、鹿島、蝶野。早く席につきなさい」


「すみませ~ん」


 ヘラヘラとした、反省の色など微塵もない返事。3人は慣れた足取りでそれぞれの席へと散っていく。だが、僕は彼らのその軽薄な笑い声を聞くたびに、体中のパイプが凍りつくような感覚に襲われていた。彼らを見たことで僕の意識は、思い出したくない嫌な記憶を鮮明に引きずり出した。そう、僕が椅子に転生した理由を……。


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