隠匿
静まり返った空き教室。猪瀬の醜態を目の当たりにした担任の好色は、何としてもこの破廉恥な事件を闇に葬り去ろうと策を練っていた。しかし、その目論見は無残にも打ち砕かれる。
「好色先生! 私にお手伝いできることはありますか!?」
勢いよく扉を開けて駆け込んできたのは、かつて僕へのいじめを告発しようとした新人教師の熱井だった。好色は一瞬だけ、虫酸が走るような不機嫌な顔を見せたが、瞬時にそれを後輩を思いやるベテラン教師の仮面にすり替える。
「……熱井先生、あまり見ない方がいいですよ」
「私は大丈夫です! 用務員さんから、空き教室で生徒が裸で倒れていると聞きまして!」
熱井は今年赴任したばかりの熱血漢だ。彼はいじめ撲滅を教育理念に掲げ、かつて僕を職員室へ連れて行き、事を大げさにしたヤツだ。今回もまた、卑劣ないじめが原因で生徒が被害に遭っているのではないかと、その瞳には強い使命感が宿っている。対する好色は、女子高生と付き合うことだけを目的に教師になった男だ。生徒の間でもあいつは女好きのエロ教師という噂が絶えない。彼にとって、正義感の塊である熱井は最も関わりたくない面倒なヤツだった。
(なぜよりによって、この熱血バカが来やがった……。隠し通さなきゃならんのに、話がこじれるだろうが)
真実を隠したい好色と、真実を突き止めたい熱井。水と油のような二人が噛み合うはずもない。好色は熱井を現場から遠ざけるため、言葉巧みに指示を出す。
「いや、ここは経験豊富な私が担当します。熱井先生、あなたは今すぐ職員室へ戻って、腹黒先生を呼んできてください。彼ならこのような事態の収拾に慣れている」
腹黒は好色と仲の良い者同士の背徳教師だ。彼なら一緒に隠蔽工作に加担してくれると好色は確信していた。
「わかりました! 腹黒先生を呼んできます! すぐに戻ります!」
熱井は全速力で廊下を駆け出していった。その足音が遠ざかるのを確認すると、好色はふっと肩の力を抜き、醜悪な笑みを浮かべた。
「……フン、アイツが単純バカで助かったぜ」
好色はそう吐き捨てると、横たわる猪瀬の全裸死体のような姿を見下ろしながら、どうやってこの件を隠匿するか必死に知恵を絞った。しかし、焦れば焦るほど良い案は浮かんでこない。だが、あいつなら……腹黒なら、何か良い案を考えてくれるはずだ。好色は共犯者の到着を、すがるような思いで待っていた。
ほどなくして、重々しい足音と共に腹黒が姿を現した。彼は出世欲の塊のような男だ。年功序列が根強い教員社会で、最短で校長の椅子に座ることだけを目的としている。しかしその裏では、重度のギャンブル依存症により多額の借金を抱え、生徒の個人情報を業者に売ったり、部活動費や教材費を横領するという、好色以上に真っ黒な罪を重ねていた。好色はその悪事の協力者であり、2人は一蓮托生の泥舟に乗っているのだ。
腹黒は熱井から「全裸の生徒がいる」と聞き、面倒な熱井をうまく丸め込んで職員室に待機させてからやってきた。
「好色、えらいことになったな」
教室に入るなり、腹黒は冷めた声で言った。
「腹黒……! どうにか、どうにかもみ消すことはできないのか」
「……熱井が職員室であれだけ騒いでいるんだ。完全にもみ消すのは無理だろうな」
腹黒のあっさりとした言葉に、好色は苛立ちを爆発させた。
「どうすればいいんだ! 鹿島の件で俺はただでさえ立場が悪いんだぞ。これで猪瀬まで不祥事を起こしたとなると、俺は来年、担任から降ろされる! キャリアが台無しだ!」
「諦めろ」
腹黒は自分に火の粉が飛ばないならどうでもいいと言わんばかりの態度を見せる。その無関心な態度が、好色の逆鱗に触れた。
「ふざけるな! お前が生徒の個人情報を裏で流しているのは知っているんだぞ。バラされたくなければ協力しろ!」
「……黙れ。誰かに聞かれたらどうするんだ」
腹黒の顔が瞬時に氷のように冷え、刺すような視線で好色を睨みつけた。
「……悪い。だが、お前が協力してくれないからだ……」
好色が気圧されて黙り込むと、腹黒は忌々しそうに顎に手を当て、考え込み始めた。静まり返った空き教室で、腐った大人たちの悪巧みが静かに加速していく。やがて、腹黒の口角が歪な形に吊り上がった。
「好色、良い案が浮かんだぞ」




