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転生したら椅子だった!?  作者: にんじん


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レベル2

 静まり返った空き教室。猪瀬は全裸のまま仰向けになり、深い失神状態に陥っていた。僕が放った天柱への超精度指圧は、皮肉にも彼に鹿島と同じ……いや、それ以上の絶頂の快楽を与えてしまったのだ。その巨漢には似つかわしくないほど小さなイチモツからは、快楽の液がだらしなく零れ落ちている。強制的なリラックス効果に脳が対応できず、意識は飛ばした。……だが、猪瀬の欲望への探求心は、僕のボディスキャンによる解析すら上回る人外の深淵だった。


(……気持ち悪い。もう、耐えられない……!)


 猪瀬を撃退した安堵感よりも先に、言葉にできない嫌悪感が押し寄せてくる。猪瀬の脂ぎった肌の感触、こびりついた体毛の不快感――それが引き金となり、僕の脳裏にあのおぞましい鹿島との夜が鮮明に蘇った。鹿島の卑猥な舌使い、汚された座面、そしてあの時感じた無力感。猪瀬の現在の凶行と鹿島の過去の悪夢が重なり合い、僕の精神を真っ黒な泥で塗りつぶしていく。二重のトラウマに押しつぶされた僕は、悲鳴を上げる代わりに、深い闇へと意識を断絶させた。


 ふと気づくと、僕はふかふかの白い雲の上に座っていた。ここは、かつて僕に力を授けた、天国に一番近い場所だ。


「……あら。もう、レベルアップしたのね。本当にあなたは規格外だわ」


 目の前で九十九神が、驚きを隠せずに目を見開いていた。このレベルアップは、雨野さんたちを癒やした積み重ねではない。あの猪瀬という男の人外の性欲が、膨大な経験値となって僕を進化させたのだ。


(レベルアップは嬉しい。……けど、あんな野郎に絶頂を与えた結果だなんて、腑に落ちない!)


 僕は複雑な思いを抱えたまま、九十九神に尋ねた。


「僕は……次は、どのような椅子になるのですか?」


「あなたが次に進化したのは、天使の慈愛と悪魔の断罪、その両方を持つ【ネフィリムの椅子】よ」


 

 進化形態:ネフィリムの椅子

 天使の機能 【心地よい椅子】の癒やし効果を継続・強化。対象者を至福の安らぎで包み込む。

 悪魔の機能 心地よい椅子の真逆の機能で対象者を地獄へ落とす。



「これまでのあなたは癒やす力しかなかった。だから、あなたの攻撃さえも快感に変換されてしまったのね。でも、ネフィリムの力があればもう大丈夫。悪魔の機能は、魂に直接響く真の罰を与える。彼らが最も嫌がる快感なき絶望を与えることができるわ」


 (これだ。)


 鹿島も猪瀬も、結果的に僕の力で悦ばせてしまった。それが何よりの屈辱だった。けれど、この悪魔の機能があれば、今度こそ一滴の快感も与えずに地獄へ突き落とすことができる。僕は、大切な人を癒すための盾だけでなく、外敵を殲滅するための、冷徹な武器を手に入れたのだ。



 翌朝。差し込む朝日の眩しさで僕は目を覚ました。視界の端には、昨夜から微動だにせず全裸で横たわる猪瀬の姿があった。奴は未だに絶頂の笑みを浮かべ、口端からはダラダラと涎を垂らしている。気絶してなお、夢の中で僕が与えた禁断の快楽を反芻しているのだろう。


(……どこまで強欲なんだ。コイツの欲望への探求心は、もはや恐怖すら感じる)


 その時、静まり返った空き教室の扉が勢いよく開いた。現れたのは、60歳くらいの小柄な男性。毎朝の校内見回りに来る用務員さんだった。用務員さんは、教室の真ん中で全裸で倒れている巨漢の猪瀬の姿を捉えた瞬間、絶句した。


「……っ!?……ひっ……」


 悲鳴すら上げられず、驚きのあまりその場に尻もちをつく。腰を抜かした彼は、震える手足で床を這いずるようにして、逃げるように教室を後にした。


 それから三十分ほどが経過した頃。ドカドカと足音を荒らげて、再び扉が開かれた。そこに立っていたのは、僕たちの担任教師だった。担任は、無様に転がっている猪瀬の姿を一瞥するなり、冷酷な声でぼそりと呟いた。


「……鹿島に続いて、お前まで何をやっているんだ。これ以上、俺に迷惑をかけるなよ」


 その瞳には、教え子を心配する色など微塵もなかった。あるのは、ドロドロとした純粋な憎悪だ。担任にとって、受け持ちのクラスから立て続けに不祥事が出ることは、教師としての評価を下げる汚点でしかなかった。


「……くそッ! あの邪魔な白井が死んで、ようやく平和で管理しやすいクラスになると思っていたのに、なんたることだ」


 聞き捨てならない名前が、担任の口から漏れた。白井……。それは、椅子になる前の僕の名前だ。担任にとって、いじめの対象であった僕は、常に自分のキャリアを脅かす時限爆弾だったのだ。僕がいじめられている事実が公になれば、監督責任を問われ、彼の出世コースは閉ざされる。


「白井が生きていた頃は、いつ問題が露見するかと気が気じゃなかった……。だが、あの間抜けが躓いて暴漢に刺されたと聞いた時は、心の底から救われたよ。あれは俺にとって、まさに恵みの雨だったんだ」


 担任は、倒れている猪瀬を忌々しそうに蹴り飛ばした。僕が死んだことを、この男は幸運だと思っていたのだ。生徒の命よりも、自分の評価。その醜悪な本心を、僕は椅子として、最前列で聞き届けてしまった。

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