変態のレッテル
僕の天国の時間は、あまりにも唐突に終わりを告げた。埃の匂いだけが漂う、誰もいない空き教室。窓から差し込む夕日は虚しく座面を照らし、誰に座られることもないまま1日が終わろうとしていた。
(僕は……このまま、ただの廃品として朽ちていくのだろうか?)
その時だった。静まり返った廊下から、怒鳴り声が聞こえてきた。
「鹿島! 何をしているんだお前は! 停学中で自宅謹慎のはずだろう!」
職員室での尋問では最後まで黙秘を貫いた鹿島だったが、状況証拠は真っ黒だった。僕に声があれば、あのおぞましい変態行為のすべてを証言してやれたのだが、それは叶わない。結果、鹿島には1週間の停学処分が下されていた。退学にならなかったのは温情だったはずだ。……しかし、鹿島の異常性は僕の想像を超えていた。奴は禁断症状に耐えきれず、家を抜け出して夜の学校へ忍び込もうとしたのだ。幸い、念のために校内を見回っていた担任に見つかり、鹿島にはついに退学処分という最後通牒が突きつけられた。
それから数日後。
僕は暗い教室の隅で、まるで冬眠中のクマのように深い眠りについていた。雨野さんの温もりも、大空さんの柔らかな感触もない世界。椅子としての機能を失った僕は、エネルギーを節約するかのように冬眠モードへと落ち込んでいたのだ。
一方、その頃の校内は、かつてないほどの醜聞に包まれていた。鹿島が雨野さんの椅子を使って、世にも恐ろしい変態行為を働いていたという噂が、爆発的な速さで広まっていたのだ。噂の出所は雨野さんではない。……犯人は、あの担任教師だった。アイツは女生徒にデレデレと鼻の下を伸ばす、いけすかないあの男だ。お気に入りの女子に「実はさ……」と内緒話を漏らしたのが運の尽き。「担任から聞いたから間違いない」という念押し付きの噂は、瞬く間に全校生徒の知るところとなった。おかげで雨野さんが広めたのではないことは周知の事実となったが、代わりにあるグループが窮地に立たされた。
クラスの陽キャグループだ。鹿島の仲間だった猪瀬、蝶野、そして別クラスのリーダー格である鳳にまで、「お前らも一緒に変態行為をやっていたんじゃないか?」という疑いの目が向けられ始めたのだ。
昼休みの屋上。重苦しい空気の中、鳳たちが集まっていた。
「猪瀬、鹿島とは連絡が取れたのか?」
鳳が苛立ちを隠さず問う。
「ダメだ。何度かけても出ない。家にも行ったが、もぬけの殻だ」
鹿島の両親は、息子が引き起こした不祥事に戦慄していた。退学が決まるや否や、二度と学校に近づけないよう、夜逃げ同然の勢いで鹿島を田舎の実家へと連れ帰ったらしい。
「くそっ! あの野郎のせいで、俺まで変態扱いだ!」
鳳が鬼のような形相で叫ぶ。
「時間が経てばみんな忘れるさ。今は無視しとくのが得策だぜ」
冷静に振る舞う蝶野に、猪瀬も同調する。
「猪瀬、お前が一番あいつと仲が良かったよな。……本当は知ってたんじゃないのか? あいつのあの性癖を」
「初耳だ! 夜中に教室へ忍び込んで、雨野の椅子であんな下劣なことをしてたなんて、想像もしたくねえよ!」
猪瀬が吐き捨てるように言うと、鳳の顔は怒りで真っ赤に膨れ上がった。
「ふざけるな……! なんであの野郎の異常性癖のとばっちりを、この俺が受けなきゃならねえんだよ! クラスの連中もそうだ……これ以上俺を変態扱いするような目で見やがったら、どいつもこいつもタダじゃおかねえぞ! 全員ぶちのめしてやる!!」
鳳の怒りはもはや収まらない。溢れ出る殺気と苛立ちを、周囲のフェンスを蹴りつけることで発散させる。
「凱、落ち着け。ここで暴れたら、お前まで退学だぞ」
蝶野の言葉に、鳳は苦虫を噛み潰したような顔で黙り込んだ。
『キーンコーンカーンコーン――』
無情にも昼休みの終わりのチャイムが鳴り響く。かつての栄光を失い、冷ややかな視線にさらされる3人は逃げるように屋上を後にした。




