別れ
耳をつんざくような悲鳴。僕はその音とともに、弾かれたように意識を取り戻した。いつもなら、誰かが教室に近づく足音だけで目を覚ましていたのに。今回は、あの鹿島の……あの黄金ボールを握り潰したという精神的なショックが大きすぎて、朝が来るまで深い闇の中に沈み込んでいたのだ。
悲鳴の主は、雨野さんだった。朝一番、誰もいないはずの教室に入った彼女が目にしたのは、下半身を無様にさらけ出して倒れている鹿島の姿だった。
「……っ、いやぁぁあああっ!!」
雨野さんは顔を真っ青に染め、震える足ですぐに職員室へと走り去った。しばらくすると、2人の男性教員が血相を変えて廊下を走ってくる音が聞こえた。1人は僕たちの担任だ。彼らがこれほど急いでやって来たのは、他の生徒が登校してくる前に、鹿島の破廉恥な姿を隠蔽するためだろう。その判断は正しかった。幸い、まだ他の生徒の姿はない。2人の教員が教室に踏み込み、少し遅れて到着した別の教員が、廊下で警備員のように立って他の生徒をブロックする。
「おい、鹿島! 起きろ、鹿島ッ!!」
担任が鹿島を激しく叩き起こす。ようやく意識を取り戻した鹿島は、目の前に並ぶ教師たちの顔を見て、呆然と口を開けた。
「……ぁ……? なんで……センコーが……」
「鹿島、お前こそ下半身むき出しで、こんなところで何をしていたんだ!!」
怒声に驚き、鹿島は自分の下半身を見る。そして、昨夜の記憶が奔流のように蘇った。雨野さんの椅子を汚そうと忍び込み、そこで味わった、この世のものとは思えない衝撃的な快感。だが、その真実を先生に言えるはずもなかった。「椅子に黄金ボールを握られてイッてしまいました」なんて、口が裂けても言えない。鹿島は絶望したように俯き、固く口を閉ざした。
「鹿島、説明しろ!」
担任の追及にも無言を貫く。しかし、鹿島が沈黙を貫いても現場の惨状が全てを物語っていた。下半身はむき出し。そして床には、鹿島が放った卑猥な液体が無残に散乱している。
「鹿島、とりあえずズボンをはけ」
担任に促され、鹿島はどこか訝しげな表情でズボンを履いた。
「詳しい話は職員室で聞く。来い」
鹿島は力なく、教員の後に付いて教室を出て行った。担任が鹿島を連行する一方で、残ったもう1人の教員が、鹿島が撒き散らした液体を雑巾で拭き取り、床を徹底的に清掃し始めた。清掃が終わる頃、廊下には教室に入れない生徒たちで溢れかえっていた。隣のクラスの生徒まで、異様な雰囲気を感じ取って集まってきている。そこを、教員に付き添われた鹿島が俯いて通り抜けていく。
「鹿島……あいつ、何やったんだよ?」
クラスの陽キャ的存在だった鹿島が教員に連れて行く姿を見て、生徒たちは興味津々に声を上げる。結局、生徒たちが教室への立ち入りを許されたのは、朝礼がもうすぐ終わろうかという午前8時45分のことだった。教室に入ってきた生徒たちが目にしたのは、整然と並ぶ机と椅子……。けれど、その中に僕の姿はなかった。実は、鹿島が半裸で倒れていた周辺の机や椅子は、先生たちの手によってすべて撤去されていたのだ。学校側にとって、神聖な教室で起きたあのおぞましい変態劇は、何が何でも隠匿しなければならない不祥事だ。証拠となる汚れが付着した備品を、そのままにしておくわけにはいかなかったのだろう。そして、本来なら僕の上に座っているはずの雨野さんも、そこにはいなかった。彼女はショックのあまり体調を崩し、保健室で休んでいると担任から告げられた。雨野さんは担任から、教室で見た凄惨な光景は誰にも口外しないよう固く言い渡されていた。そして、汚されたと思われている彼女の机と椅子は、すべて入れ替えると後から聞かされたのだ。
一方、僕はといえば。
埃の舞う、使われていない暗い空き教室へと運び込まれていた。他の使われなくなった椅子たちと一緒に冷たい床に置かれた。
(……そんな、嘘だろ……?)
せっかく手に入れた、雨野さんと大空さんとの天国のような時間。2人の疲れを癒やし、あの柔らかい感触と温もりに包まれていた至福の日々。そのすべてが、あの鹿島という男の凶行によって、無惨にも奪い去られてしまった。僕は雨野さんから引き離された。声も出せず、動くこともできない。暗い空き教室の中で、僕はただの椅子として、絶望の闇に沈んでいくことしかできなかった。
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