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転生したら椅子だった!?  作者: にんじん


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揺れる気持ち

 僕はボディ・スキャン結果に従い、大空さんの足首とふくらはぎの重度の張りをほぐす準備に入った。指先が触れるか触れないかの距離で、【ファントムハンズ】の強度選択画面を睨む。推奨は【中】だ。……しかし、その一番下にある【天国】の文字が、僕のやましい探求心を誘惑してくる。


(もし、今ここで【天国】を選択したら、大空さんは一体どうなってしまうんだろう……?)


 雨野さんは【中】を選んだだけで、あの凛とした彼女が喘ぎ声に近い艶めかしい声を漏らし、恥じらいに顔を染めたのだ。もし【天国】なんて未知の領域を繰り出せば、一体どんな表情を見せてくれるのか。よこしまな好奇心の波が押し寄せる。……けれど、土壇場で僕の良心がその黒い気持ちを蹴散らした。


(ダメだ。雨野さんの大切な親友を実験台にするなんて、椅子として……いや、男として最低だ!)


 僕は理性を保ち、【中】を選択した。椅子から伸びた見えない手が、大空さんのふくらはぎを捉える。テニスで鍛えられた筋肉質なライン、それでいてマシュマロのように柔らかそうな肌。指先から伝わるフワフワした感触は、マッサージをしている僕の方こそが癒やされてしまうほど心地よかった。


「……っ、ふぁ、あああんっ!?」


 静かな教室に、大空さんの艶めかしい大声が響き渡った。彼女は自分が出した声に驚き、すぐさま真っ赤になった顔を両手で隠す。そして、隣の雨野さんに向かって消え入りそうな小声で囁いた。


「……これ、すごぉく、気持ちいい……っ」


 その甘美な響きに、僕の意識が熱く跳ね上がる。大空さんは慌てて言葉を足した。


「ち、違うの! 変な意味じゃなくて、その、コリがほぐれて一気にスッキリするというか……!」

「わかるよ、光。私もそうだったもの。疲れがどこかに飛んでいっちゃう感じよね」


「そう、そうなのよ! 部活の疲れが完全になくなったみたい。この椅子、やばくない!?」


 一転して、大空さんは奇跡の椅子を見つけた子供のように目を輝かせる。しかし、そんな能天気な親友とは対照的に、雨野さんの表情には影が差していた。


「……そうね。でも、なんだか怖いわ」


 それが普通の反応だ。座っただけで意思があるかのようにマッサージを始める椅子なんて、不気味でしかない。慎重な雨野さんが恐怖を抱くのは当然だった。


「とっても便利な椅子じゃない。そんなに怖がらなくてもいいのに!」


 大空さんの底抜けの明るさは彼女の魅力だが、今回は裏目に出る。不安がる雨野さんに、大空さんはとんでもない提案を口にした。


「ねえ、じゃあさ。……その椅子、私と交換しない?」


(――っ!?)


 僕の心に激震が走った。僕は、雨野さんの椅子として転生したんだ。彼女を支え、守り、癒やすためにここにいる。大空さんの椅子になりたいわけじゃない。せっかく授かったこの力は、雨野さんのために使いたいんだ。……けれど。僕の中のよこしまな自分が、ふと囁く。大空さんは小柄だが、制服の上からでもわかるほどの立派な胸の持ち主だ。もし彼女の椅子になれば、毎日このフワフワなお尻を堪能し、いつかは……見えない手で、あの胸を揉みほぐすチャンスも訪れるのではないか?


(い、いやいや! 何を考えてるんだ僕! 僕は雨野さんの体をいたわるんだ!)


 雨野さんのそばにいたい純粋な愛と、大空さんの肉体的な魅力への欲望。椅子である僕の内部で、かつてないほど激しい自己葛藤が渦巻いていた。揺れる僕の気持ちを知ってか知らずか、雨野さんは静かに、けれどしっかりと決断を下した。


「……いいえ。この椅子は確かにとても不気味だけど、私の凝り固まっていた首と肩をほぐしてくれたわ。きっと、私に悪いことをしたいわけではないと思うの。だから、しばらくはこのまま様子を見てみるわ」


 雨野さんはそこで言葉を切り、大空さんを優しく見つめた。


「それに、光にこんな不気味な椅子を押し付けるのは、忍びないもの」


 その言葉を聞いた瞬間、僕は自分自身が恥ずかしくてたまらなくなった。雨野さんはなんて誠実な女性なんだろう。自分が不気味だと恐怖を感じているものですら、親友に押し付けるのは良くないと、自分で引き受けようとしている。それに比べて、僕はどうだ。彼女がそんな風に僕(椅子)と真剣に向き合っているのに、大空さんの胸を触れるかもなんて、浅ましい欲望に負けそうになっていたなんて。


(……雨野さん、ごめん。僕は、なんて不甲斐ない椅子なんだ……)


 僕は自分のよこしまな心を深く反省した。今の僕は、人間ではなく椅子。ならば、やるべきことは決まっている。ただの椅子だからこそ、この誠実な彼女の疲れを全力で癒やし、誰よりも心地よくその身体を支え抜くこと。それが、今の僕に与えられた唯一にして最大の使命なのだ。僕は改めて、彼女を極上の休息へと導く最高の椅子であり続けることを、強く心に誓った。


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