真実
目を覚ますと、僕はふかふかの白い雲の上に座っていた。しかも、驚いたのはそれだけじゃない。僕は椅子ではなく、人間の姿に戻っていたのだ。
「あ……僕、人間に……?」
自分の手足を眺めて呆然としていると、目の前で金髪の美しい女性が微笑んでいた。……いや、微笑んでいるというより、お腹を抱えて爆笑していた。
「ハハハハハハハ! まさか、レベルアップしちゃうなんて、 信じられないわ!面白すぎるわよ!」
女性の言っている意味がさっぱりわからない。それに、なぜ僕は人間に戻っているのか、ここはどこなのか。おどおどしながら、僕は思わず呟いた。
「……いったい、どういうことなんだ?」
「あ、ごめんね。全然理解できてないわよね。いいわ、私があなたの疑問に全部答えてあげる」
女性は涙を拭いながら、茶目っ気たっぷりに微笑んだ。
「まず、自己紹介ね。私は九十九神。そう、物の神様よ」
「神様……? それじゃあ、ここは天国なんですか?」
「違うわよ、ここは天国に一番近い場所よ。あなたは死んで椅子になったんだから、普通の人間が来る場所じゃないわね」
「やっぱり、僕は椅子になったんですよね……。死ぬ時に聞こえたあの声は……」
僕の言葉に、九十九神は再び大声で笑い出した。
「ハハハハハ! あのね、転生神が新しい人生を授けようとしたら、あなたが椅子になりたいなんて言うから、あいつもビックリしてたわよ!」
僕が死の間際に聞いた声は、転生神だったらしい。「僕はもう人間になんてなりたくなかったんだ」という僕の理不尽な願いを叶えるため、生き物にしか転生させられない転生神に代わって、この九十九神が僕を椅子にしてくれたのだという。
「あなたが、僕を椅子にしてくれたんですね……ありがとうございます」
僕は深々と頭を下げてお礼を言った。人間を辞められたことは、僕にとって救いだったから。そして、僕は一番気になることを聞いた。
「どうして僕は、ここに呼ばれたんですか?」
「良い質問ね! それは、さっき私が言った通りよ。あなたは普通の椅子から、心地よい椅子にレベルアップしたの」
「……レベルアップ?」
九十九神の説明によれば、あらゆる物には、ある一定条件をクリアすると進化するシステムがあるらしい。けれど、その条件は気が遠くなるほど厳しい上に、1つ1つの物にそれぞれ条件が違うので、物がレベルアップすることなどまずあり得ないという。
「あなたに課した条件はね、『使用者を一定以上の数値まで心地よい気分にさせること』。でも、この条件は私が冗談で作った数値なので、絶対に達成できない数値だったのよ。それをあなたは、短期間でクリアしちゃったの!ホントにありえない出来事よ。これは初めての快挙よ」
(え……。心地よくさせたって、誰を……?)
僕の脳裏に、あの鹿島のおぞましい顔が浮かんだ。あのおぞましく、吐き気を催すような鹿島の変態行為。あいつは僕すなわち雨野さんの椅子を舐め回し、あられもない姿で僕に跨り、絶頂に達していた。あの変態野郎の、異常すぎるほどの悦びが、椅子としての僕の経験値を一気にカンストさせたのだ。
(鹿島の……変態行為が、僕をレベルアップさせたっていうのか!?)
皮肉すぎる。あんなに汚されて絶望したのに、そのせいで僕は普通の椅子を超えた存在に進化したというのだ。
「おめでとう! あなたは普通の椅子から心地よい椅子に進化したのよ」
九十九神は自分のことのように誇らしげに胸を張る。僕は呆然としながらも、一番の疑問をぶつけてみた。
「……心地よい椅子になると、どうなるんですか?」
「良い質問ね! 普通の椅子は何の変哲もない、ただ座るだけの道具だけど、心地よい椅子は違うわ。座った人の全身の疲れを瞬時に分析して、疲労部位を的確に刺激。気持ちよくさせるのはもちろん、疲労回復までできちゃう優れものなのよ!」
「疲労回復……? 教室にあるただの椅子なのに?」
「そうよ! ほかにも、ただのマッサージ機能だけじゃなくて、電流を流してコリをほぐすことも可能なんだから。これからはどんどん、椅子に座った人を心地よくさせて、次の進化を目指すといいわ!」
疲労分析に、ピンポイントのマッサージ、おまけに電気刺激まで。それはもう学校の椅子の領域を完全に超えている。というか、高級マッサージチェアでもそこまで多機能なものはないだろう。
(……これなら、雨野さんの疲れを癒やしてあげられるかもしれない)
あんなに不潔な思いをしたけれど、その見返りとして手に入れた力は、僕にとって何よりも魅力的なものだった。大好きな雨野さんを、この身体で癒やし、元気にしてあげられるのだ。ふと、僕は大事なことを忘れていたことに気づいた。 いや、自分の中で無意識に思い出さないように蓋をしていたのかもしれない。僕は自殺したわけじゃない。電車の中で暴漢に襲われていた女の子を守ろうとして、刺されて死んだんだ。鳳たちが怖くて雨野さんを傷つけた僕が最期に見せた唯一の勇気ある行動。 けれど、どんな死に方をしようと、残された父親は悲しむだろう。たった1人の家族だった父さんは、今頃僕を失ったショックで打ちひしがれているのではないか。
「お父さん……今頃、どうしているのかな」
思わず呟いた僕の言葉を聞いて、九十九神はあっけらかんとした笑顔で言った。
「あ! あなたのお父さんなら元気にやってるわよ。息子が死んで悲しんではいるけれど、手のかかる子供がいなくなって、気が楽になったのかしら。心機一転、新たな人生を謳歌しようとしてるわよ」
(……え? どういうこと?)
あまりにも予想外な父親の様子に戸惑っていると、九十九神は追い打ちをかけるように、さらにとんでもないことを口にした。
「あ、それから。あなた、何か大きな勘違いをしてるみたいだけど……あなた、女の子なんてこれっぽっちも助けてないわよ?」
「…………は?」
僕は九十九神の言葉に、ただ唖然とするしかなかった。 僕は女の子を助けて英雄的に死んだはずだ。九十九神の話が本当なはずはないと断固として言いたい。




