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断罪された悪役令嬢ですが、台本どおりには泣きませんので

初投稿です。悪役令嬢が断罪からひっくり返す、スカッと系の異世界恋愛短編です。

気軽に読んでいただけたら嬉しいです。

「公爵令嬢アリシア・グランシャール。お前との婚約を、ここに破棄する!」


 魔法学院の大広間に、第二王子レオンハルトの声が高らかに響いた。

 シャンデリアがきらめく夜会。貴族の子弟たちが見守る中、私はスポットライトを浴びた悪役令嬢として、まさに断罪されている最中だった。


 ──これよ、これ。乙女ゲーム『花咲く聖女と七つの誓い』、悪役令嬢ルートのラストイベント。


 周りには、涙ぐむように取り巻き男子たちが王子の肩を持ち、彼の隣には震える小鹿みたいな庶民出身の聖女候補、リリアがしがみついている。


「アリシア様は、わたくしを、何度も……陰でいじめて……!」


 震える声でリリアが訴えると、取り巻きたちは「なんとひどい」「王子は正しい」と一斉に囁き合う。


 ──はい、テンプレ。

 だけど残念でした。私の中身は、日本で過労死寸前まで働いてた社畜OLです。


 気づいたらこの乙女ゲームの悪役令嬢アリシアに転生していて、しかも原作知識つき。

 断罪イベントが来るのも、リリアが真の腹黒ヒロインだってことも、全部知ってる。


 だから。


「……これで、全部終わり、だと思っているのかしら?」


 私は、ゆっくりと笑った。


 ざわ、と空気が揺れる。

 泣き崩れるはずの悪役令嬢が、背筋を伸ばし、微笑んでいるのだから当然だ。


「アリシア、まだ言い訳をするつもりか?」

「ええ。正確には“反論”ね、レオン様」


 王子は眉をひそめる。

 私は軽くスカートの裾をつまんで一礼し、会場中央に一歩進み出た。


「皆さま。今夜の舞台の主役は、わたくしというより──」


 私は、王子の隣に立つ聖女リリアを指さした。


「この“可憐な聖女様の真実”ですわ」


 リリアの肩が、びくり、と跳ねた。



◆ 1 悪役令嬢は、証拠をそろえる


 この一ヶ月、私はずっと準備してきた。


 前世で鍛えられた社畜スキル──つまり、根回しと証拠固めである。


 リリアによる嫌がらせは、主に三つ。

 ・使用人への陰湿な命令(わたしのドレスや靴に細工)

・偽のラブレターを作って、わたしと他家の婚約者を陥れようとしたこと

・森で“偶然の事故”を装い、わたしの乗馬を暴走させようとしたこと


 私はそれらを、全部ひっくり返す準備をしていた。


「まず一つ、王子。

 わたくしが“リリア様の靴に泥を入れさせた”という件ですが──」


 私は、会場の片隅に控えていた一人のメイドに視線を向けた。


「ベス。こちらへ」


「は、はいっ……!」


 怯えた様子で近づいてきたのは、地味な見習いメイドだ。

 けれど私は、その子を責めるつもりはない。元・社畜として、立場の弱い人の辛さは嫌というほど知っている。


「あなたはあの日、誰から命じられてリリア様の靴に泥を入れたのかしら?」


「そ、それは……その……」


 ベスは、チラリとリリアを見る。

 リリアは青ざめ、震える声をあげた。


「ま、待って、アリシア様! ベスがそんなことをするわけ──」


「命令をした人の名前を、ここで言いなさい。

 言わなければあなたにすべての罪がかかるわ。命令した人は、その陰に隠れたまま」


 私の言葉に、会場がぴりりと張り詰める。


 しばしの沈黙ののち、ベスはぎゅっと拳を握りしめて、顔を上げた。


「……命じたのは、聖女候補の、リリア様です」


 どよめきが起こる。


「う、嘘よ!」

「ベス。あなた、なぜ今になってそんな──」


「こちらをご覧くださいませ」


 私は、懐から小さな透明の石──魔導録音石を取り出した。

 学院の校則で禁止されているわけではないが、高価なため、使う貴族は少ない。


 私が魔力を流し込むと、淡い光とともに、はっきりとした声が響き出した。


『いい? ベス。あの女の靴に泥を入れるの。ばれたらあなたのせいだからね? ……代わりに、わたしが王子に口添えしてあげる。その地味な顔でも、下働きくらいは増やせるようにって』


 会場が一瞬、静まり返り──次の瞬間にはざわめきが爆発した。


「今の声は……」

「聖女候補様が、そんな……」

「王子の婚約者を陥れようと……?」


 リリアは顔面蒼白になり、首を横に振る。


「ち、違うの! これは、何かの間違いで……!」


「録音石は発言主の声紋も記録しますので、“間違い”は起こりませんわ。

 ねえ、王子。あなたが“庶民出身でも清らかで優しい”と誉めそやしていた聖女様の、素顔です」


「リリア……?」


 王子の視線が揺らぐ。リリアは、必死に涙を浮かべて掴みかかった。


「れ、レオン様! 信じてくださいっ。アリシア様がわたくしを陥れようと──」


「次に、偽のラブレターの件です」


 私は、リリアの言葉を遮るように続けた。

 会場の片隅に立っていた侯爵家の令嬢と、その婚約者の青年が、はっと顔を上げる。


「ディルク様。こちらにお越しいただけます?」


「……ああ」


 銀髪の青年──侯爵家嫡男ディルク・エインズワースは、静かに頷いて前に出てきた。

 ゲーム本編では、隠し攻略対象。私のお気に入りキャラだった人である。


 ちなみに今は、私の協力者だ。


「この手紙をご覧くださいませ」

「……“アリシア・グランシャールより”。あなたからのもの、ということになっていた手紙だな」


 ディルクは苦い顔をして、皆の前でその手紙を読み上げる。


「“レオン様との婚約は退屈です。あなたのような方に抱かれてみたい”……ここから先は公の場で読むには下品すぎるな」


 会場から「まあ……!」という声が飛ぶ。

 私は肩を竦めて、微笑んだ。


「もちろん、そんな手紙を書いた覚えはありませんわ。

 そして、その“紙”と“インク”──両方が、王宮の聖女候補専用のものだということは、調査済みです」


「なっ……!」


 リリアの表情が、わかりやすく引きつった。

 私は、机の上に同じ紙とインクで記された別の書類を置く。


「こちらは、リリア様が聖女として受け取っている“祈りの報告書”。

 魔法省に保管されている現物を、許可を得て複写させていただきました」


 ──もちろん、“許可を得て”というのは、私がこっそり魔法省の友人に頼んだってことだ。

 前世で築けなかった“社内人脈”を、今世ではきっちり活用させてもらっている。


 ディルクが、私と王子を見比べて、静かに言った。


「俺は最初から、おかしいと思っていた。

 直接話してみればわかる。アリシア嬢は、嫌味は言うが下品な物言いは決してしない。

 それに……この筆跡は、アリシア嬢のものではない」


「筆跡鑑定なら、魔法省の書記官にも頼んでおりますわ」


 私はもう一枚、証書を広げた。

 魔法で認証された印章が、金色に光る。


「鑑定結果。“このラブレターは、アリシア・グランシャールの筆跡ではない”。

 そして、“リリア・ローズフィールドの筆跡と九割以上一致する”」


「リリア……! どういうことだ!」


「ち、違う! 違うのレオン様! わたくしはそんなこと──!」


 リリアは悲鳴のように叫び、王子の袖を掴む。

 王子は振り払おうとするが、今はまだ完全には信じ切れていない顔だ。


 ……まあ、わかる。

 恋は盲目だし、ゲームでも原作王子は最後まで彼女を信じていたから。


 けれど私は、原作どおりのバッドエンドなんてごめんだ。


「最後に、森での“乗馬暴走事件”についてです」


 私は、壁際に立っていた騎獣担当の従者を見やった。

 その青年──学院に仕える若い騎士見習いは、緊張した面持ちで前に出る。


「あなたは、あの日、誰に命じられて、わたくしの馬の鞍を緩めたの?」


「……聖女候補、リリア様に、でございます」


 会場の空気が、凍りついた。


「“アリシア様を反省させるために、少し怖い目に遭わせたいの”と。

 もしものことがあれば、俺は……」


 青年は苦しげに顔を伏せる。

 私は小さく首を振った。


「あなたは、最後の最後で鞍を締め直してくださったでしょう?

 “危険かもしれない”と気づいて。あの時、暴走しかけた馬をすぐに落ち着かせてくださったのも」


「……はい」


 私は彼に向かって微笑む。


「あなたには責任を問うつもりはありません。

 ただ、“命じた人間”は、責任を取るべきですわね」


「リリア。これは、真か?」

「レオン様っ、違うんです! わたくしはただ、アリシア様が、いろんな人を傷つけて──」


「傷つけているのは、どちらでしょうね」


 私はため息をついて、首をかしげた。


「あなたがベスに命じたこと。ディルク様に送った偽の手紙。

 そして、わたくしの命を危険にさらした乗馬事件。

 どれもこれも、王子の婚約者である公爵令嬢を失墜させるための“計画的な嫌がらせ”です」


 それはもう、社内いじめの類ではなく、立派な犯罪レベルだ。


「王子。あなたはさきほど、“婚約を破棄する”と宣言なさいましたが──」


 私は、王子の青ざめた顔をまっすぐ見つめた。


「その前にするべきことが、あるのではなくて?」



◆ 2 婚約破棄は、こちらから


 沈黙が降りる。


 レオンは、視線をさまよわせながらも、必死に口を開いた。


「……アリシア。俺は、君がリリアに意地悪をしていると聞かされて――」


「誰から、ですか?」


「それは……リリアからだけではない。

 周囲の者も、皆……」


「リリア様の仲の良い令嬢方と、取り巻きたち、でしょうね」


 私は、ころんと転がるような笑みを浮かべる。


「人の噂ほど、無責任なものはありません。

 それを“証拠もなく”信じたのは、あなたの判断ですわ、レオン様」


 ぴしり、と王子の表情が凍った。


 追い打ちをかけるように、私は扇子を広げる。

 もちろん、今日のためにわざわざ用意した、“最前列の席からでもよく見える真っ赤な扇子”だ。


「王子。あなたは、わたくしを一度たりとも“直接”問いただしませんでしたわね?」


「それは……」


「婚約者として、信頼するどころか、話し合うことすらしなかった。

 そんな方から一方的に婚約破棄を言い渡されても──」


 私は、ぱん、と扇子を閉じて、宣言した。


「こちらからお断りですわ」


 場の空気が、ひっくり返るようにざわめいた。


「アリシア様……?」

「婚約破棄を……断った?」

「そんなこと、前代未聞……!」


 レオンの顔色は、さっきまでの勝ち誇った王子から一転、動揺と困惑の色に染まっていく。


「ま、待てアリシア。

 俺は……君を守るべき立場でありながら、真実を見抜けなかった。

 それは誤りだった。だが、今ここで──」


「“今ここで”気づかれても、遅いのです」


 すとん、と胸の奥にあった冷たい石が落ちていくのを感じながら、私は穏やかに微笑む。


「あなたはわたくしを、人として尊重せず、

 ──ただ“悪役”として扱った」


 それは、前世の私にとって一番きつかった感情だ。

 どれだけ仕事で貢献しても、都合のいい駒としか見られなかったあの感覚。


 だからこそ、今世ではもう、同じことは繰り返さないと決めている。


「公爵家は、王家との縁組を望んではおりますが……

 “今のあなた”と結ぶつもりはございません」


「アリシア!」


「ですので、この場をもって、わたくしからも婚約を破棄させていただきます。

 王家には後ほど、公爵家当主としての父から正式に文書が届くでしょう」


 静寂。そして、くす、と誰かが笑う声。


「あのアリシア様が……王子相手に……!」


「スカッとするわね……」


 ちらほらと、同年代の令嬢たちが口元を押さえながら、目を輝かせている。

 そう。案外みんな、この茶番にうんざりしていたのだ。


 王子は何か言いかけて、唇を噛みしめた。


「俺は、君を守るつもりだった。

 リリアをいじめるような女から……」


「“いじめている”と決めつけたのは、あなたです。

 リリア様は、わたくしに“婚約者の座を譲れ”と暗に迫り、

 断られた腹いせにわたくしを陥れようとした。それが真実ですわ」


 私は、視線を会場全体に向ける。


「今日は“公開の場”です。

 ですから、皆さまにも見ていていただきますわね?

 王子が、自らの過ちに、どう向き合うのかを」



◆ 3 聖女の仮面が剥がれるとき


「……リリア。

 アリシアの出した証拠に、反論はあるか」


 レオンは、声を震わせながら問う。

 さっきまで守るべきヒロインを見る目だった瞳が、今は疑いと恐怖にゆらいでいる。


 リリアは、きゅっと唇を噛み、涙をこぼした。


「……わたくしは、ただ、レオン様の役に立ちたかっただけで……」


「具体的に答えろ」


 王子の声音が低くなる。

 会場の視線が一斉にリリアへと注がれ、彼女は追い詰められたように震えた。


「だって、アリシア様はいつも冷たくて、わたくしを見下して……!

 庶民のわたくしは、誰にも守ってもらえないから、自分で戦うしかなくて……!」


「嘘ですわね」


 私はあっさりと言い切った。


「確かに、最初は距離を置いていました。

 でも、あなたがこの国の“聖女候補”だからこそ、礼儀や立ち居振る舞いを教えようと、講義に誘ったこともあります」


 私は、舞踏会の前の廊下で撮られた一枚の魔導写真を掲げた。

 そこには、テーブルに座ってお茶を飲み、熱心に何かを教えている私と、ふてくされたように頬杖をつくリリアの姿が映っている。


「リリア様は、“面倒だから嫌”と席を立ちましたけれど」


「そ、それは……その時は、疲れていて……!」


「それから、あなたが言いふらした“わたくしの暴言”についても、複数の証言がありますわ」


 私は周囲を見渡す。

 数人の令嬢と、下級貴族の少年たちが、おずおずと手を挙げた。


「アリシア様は……その、口は確かに悪いところもありますけれど」

「え、ちょっと。そこは否定してくださってもよくてよ?」

「で、ですが! リリア様に対して、侮辱の言葉などは一度も……」


「むしろ、コーヒーをこぼされたとき、『やけどはない?』と心配しておられました」

「それを、リリア様が“怒鳴られた”と周囲に……」


 ぽつり、ぽつりと、小さな声が集まってくる。

 それは決して、大声で誰かを糾弾するものではない。

 けれど、“見ていた人間は見ていた”という事実を突きつけるには十分だった。


「リリア。君は、皆を……欺いていたのか」


「ち、違う……違いますレオン様。

 わたくしはただ──聖女として、ふさわしくあろうと……!」


「ふさわしい聖女は、他人を陥れたりしない」


 静かな声が、会場の奥から響いた。


 その声の主は、この国の宰相にして、王家の教育係でもある男だった。

 私は思わず姿勢を正す。彼が味方についてくれるのは、想定していなかったボーナスだ。


「聖女の資質とは、“清らかさ”でも“庶民出身”でもない。

 他者をおもんぱかる心と、自らの欲を自覚し、律する覚悟だ」


「大臣殿……」


「なあに。王子への進言役として、当然のことを述べただけですよ」


 宰相は、薄く笑って私に視線を送ってくる。

 ……この人、すでに全部知ってたのでは? と思うくらいの落ち着きだ。


 リリアはぽろぽろと涙を流し、しかしなおも王子に縋りついた。


「レオン様……! ねえ、信じて。

 これは全部、アリシア様が、わたくしを陥れるために用意したもので──」


「やめろ」


 レオンが、初めてはっきりとリリアの手を振り払った。


「これ以上、醜態をさらすな。

 俺は……俺の愚かさを突きつけられるのも、もう限界だ」


「で、でも……!」


「衛兵。リリア・ローズフィールドを、魔法省へ引き渡せ」


 王子の命に、会場が再びどよめいた。


「待ってレオン様! わたくしは聖女候補で──」

「だからこそだ。

 聖女候補たる者が、王家の婚約者を陥れようとした疑いがある。

 これは、一個人の感情で見逃せる問題ではない」


 リリアは信じられないものを見る目で、レオンを見つめ続けていた。

 やがて衛兵に腕を取られ、引き立てられていく。


「レオン様ぁぁぁっ!!」


 その叫びが大広間に響き渡り、やがて扉の向こうに消えた。


 ……ふう。

 ようやく、舞台の第一幕が終わったような気分だ。



◆ 4 “悪役令嬢”は、役目を降りる


 大広間にはまだ重い空気が残っていた。

 誰もが、さっきまで“清らかな聖女”だと信じていた少女の本性に、言葉を失っている。


 そんな中、私の前に、もう一度レオンが歩み出た。


「アリシア……」


「王子。先ほども申し上げましたが、婚約破棄は、わたくしからも望むところです」


 私はきっぱりと言う。

 さっきまでの怒りも悲しみも、すでに通り過ぎた後だった。


「あなたが愚かだったから責めているわけではありません。

 わたくしだって、完璧な人間ではありませんから」


「だが、俺は……君を疑い、傷つけた」


「そうですね。

 そしてその相手と、これからも一生を共にする覚悟は、わたくしにはありません」


 ばっさりと切り捨てると、レオンは痛みの走るような顔をした。


「……君は、本当に変わったな。

 昔の君なら、泣きながらすがりついてきたかもしれないのに」


「ええ。

 わたくし、“悪役令嬢”という役を降りることにしましたの」


 レオンは目を瞬かせる。


「もう、あなたたちの“台本”には付き合いません。

 私は、私の人生を生きます」


 そう告げて、私は優雅に身を翻した。


「アリシア嬢」


 背後から声がかかった。

 振り返ると、ディルク・エインズワースが立っていた。


「あなたとは、もう少しお話ししたいことがあります。

 ですがこの場は少々、騒がしすぎる。

 よろしければ後ほど、庭園で」


「……まあ。

 “怒っている女に近づく男は、ろくでもない”と前世で学んだのですけれど」


「俺はそんなに物好きに見えるか?」


「はい、少し」


 くすり、と笑うと、ディルクも思わず口元を緩めた。


「では、その物好きに賭けてみましょうか。

 後ほど、お時間をいただきますわ」


 大広間の視線を背中に浴びながら、私はゆっくりとその場を去った。


 ──さあ、“悪役令嬢アリシア”の人生はここからが本番。


 やっと、台本の外側へ踏み出せるのだから。



◆ 5 庭園で、ほんとうの恋を知る


 夜会の喧騒から少し離れた王宮の庭園は、ひんやりとした夜気に包まれていた。

 ライトアップされた噴水のそばで、私は深呼吸をする。


「ふう……」


 どれだけ準備していても、さっきの公開処刑……いえ、公開“逆”処刑は、さすがに緊張した。

 膝が少し笑っているのを感じながら、石造りのベンチに腰を下ろす。


「お疲れ様」


「っ……ディルク様」


 いつの間にか、ディルクが隣に座っていた。

 シルバーグレーの髪が月光を受けて柔らかく光っている。


「見事だった。

 俺はこういう夜会にはうんざりしていたが……今夜ばかりは来てよかったと思っている」


「お褒めにあずかり光栄ですわ」


 私は肩をすくめる。


「でも、本当は、こんな大事になる前に、王子が自分で気づいてくれればよかったのですけれど」


「人は、信じたいものだけを見るからな。

 “清らかな聖女”と“傲慢な悪役令嬢”という図式は、都合がよかったのだろう」


「……あまりにも、ですね」


 私は自嘲気味に笑った。


「前世の会社でもそうでしたけど、“悪役”をひとりつくると、みんな楽なんでしょうね。

 問題の本質を見ずに済むから」


「前世?」


「あら、うっかり。

 ──信じてもらえないとは思いますが、わたくし、実は違う世界の記憶を持っているんですのよ」


 軽い冗談めかして言うと、ディルクは意外にも、すぐには笑わなかった。

 むしろ、じっとこちらを見つめてくる。


「……そうだと思っていた」


「えっ?」


「君の言葉の端々から、“こちらの世界の人間ではない”違和感を感じていた。

 だが、それは特に害をなすものでもない。

 むしろ、君の合理的な思考と、根回しの巧みさには感謝している」


「……社畜スキルですわね」


 つい本音が漏れると、ディルクはふっと笑った。


「“しゃちく”というのはよくわからないが……君がこの世界にいてくれて、俺は助かっている」


「お上手ですこと」


 私は視線をそらし、噴水の水面を見つめた。

 月が揺らめいて映っている。


「それで、ディルク様は、わたくしに何をお話ししたかったのです?」


「二つある」


 ディルクは、指を二本立てる。


「一つ目。

 もし君が望むなら──エインズワース侯爵家は、王家に対して“今回の件に関する調査委員会”の設立を提案する。

 君がひとりで背負う必要はない」


「……それは、とても心強いお申し出ですわね」


 私は驚きながらも、素直に頭を下げた。


「ありがとうございます、ディルク様。

 正直、王家相手にどこまでやれるか不安でしたの」


「俺の家は、王家の暴走を止めるためにこそ存在しているからな」


 さらっと恐ろしいことを言う。

 ゲームの設定どおりだ。隠し攻略対象は、やはり味方にすると頼もしい。


「そして二つ目」


 ディルクは、わずかに真剣な顔になった。


「アリシア嬢。

 君は、レオン王子との婚約を正式に解消したあと、どうするつもりだ?」


「どう、とは?」


「王家との縁が切れることで、公爵家が政治的に不利になるのを懸念している者も多い。

 君は今日、そのリスクを承知で“自ら婚約を破棄した”」


「……父のことは気になりますわね。

 でも、わたくしが一生を添い遂げるのは父ではありませんもの」


 私は、そっと胸に手を当てる。


「自分の人生を、政治の駒としてだけ使われるのは御免です。

 だから、たとえ少し立場が悪くなっても──自分で選びたい」


「その意志が、君の魅力だ」


「魅力、ですって?」


「そうだ。

 だからこそ、俺は──」


 ディルクは立ち上がると、静かに片膝をついた。

 そして、私の手を取り、恭しく口づける。


「アリシア・グランシャール。

 レオン王子との婚約が正式に解消された暁には、エインズワース侯爵家嫡男として──君との婚約を申し込みたい」


「…………は?」


 思わず、素っ頓狂な声が出た。


「ちょ、ちょっと待ってくださいませ。

 さっきまで私、婚約破棄された悪役令嬢でしたわよね?」


「そうだな。

 だから、“今度は俺が、その席を埋めさせてほしい”と言っている」


「なぜ、そうなりますの!?」


「王家の婚約者という肩書きが君から外れるなら、俺がもらっても問題ないからだ」


「問題の次元がおかしくありません?」


 私は頭を抱えた。

 ディルクは笑いもせず、真剣な眼差しで続ける。


「君は頭がよく、誰よりも努力家だ。

 他人のために怒れる優しさも持っている。

 それでいて、自分の幸せをあきらめない強さもある」


「買いかぶりですわ」


「買いかぶりではない。

 俺はずっと見てきた。

 君が、王子に冷たくあしらわれながらも、決して腐らず、

 与えられた役を“演じきろう”としていたことを」


 演じきろうとしていた、という言葉に、胸がちくりと痛む。


「……演じていた、ように見えましたか?」


「ああ。

 本心ではないのに、周囲の期待どおり、“悪役令嬢”を演じていた」


 それは、前世の私の姿でもあった。

 “仕事ができる嫌な先輩”として、後輩たちにとって都合のいい悪役を演じ、

 上司の理不尽を受け止め、心身をすり減らしていった。


 最期に倒れたのは、いつの残業中だっただろうか。


「アリシア。

 俺はそんな君に、“本当の自分として生きてほしい”」


 ディルクは立ち上がり、私と目線を合わせる。


「君は王子の飾りではない。

 俺と並び立つ“パートナー”になってほしい」


「パートナー、ですって……」


 その言葉に、胸が温かくなる。

 今まで、そんなふうに扱われたことはなかったから。


「婚約の返事は急がない。

 だが、今日の君の勇気に、どうしても報いたかった」


「……ずるいですわね、ディルク様は」


「そうか?」


「ええ。

 あんなに気持ちよく“婚約破棄してやりましたわ!”ってスカッとしているところに、

 “次の婚約者候補”を差し出してくるなんて」


「君が望むなら、“恋愛から始める”のもやぶさかではないが」


「…………」


 私は、思わず吹き出した。


「王子より、よっぽどタチが悪いですわね、あなた」


「褒め言葉として受け取っておこう」


 ふたりで笑う。

 庭園の夜風が、少しだけ優しく感じられた。


「一つだけ、今のうちに聞いてもよろしいかしら」


「なんだ?」


「もし、わたくしがまた、誰かに“悪役”として仕立て上げられたとき──

 あなたは、ちゃんと“直接わたくしに確かめて”くださいます?」


「当然だ。

 噂を信じるほど、俺は愚かではない。

 それに、君の口から毒舌が飛び出す姿を間近で見る権利は、俺にあるだろう?」


「……やっぱりずるいですわ」


 でも、悪くない。

 いや、むしろ、かなりいい。


 私は小さく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。


「では──婚約の件、前向きに検討させていただきますわ」


「光栄だ、アリシア」


 ディルクは再び私の手をとる。

 今度は、さっきよりも長く、どこか慈しむような口づけを落とした。


 胸の奥が、じんわりと熱くなる。

 涙が出そうになるのを、私は慎重に飲み込んだ。


 これは、前世から数えて“初めて”の、

 ちゃんとした恋の始まりなのかもしれない。



◆ エピローグ 悪役令嬢は、もう二度と泣かない


 数日後。


 王都中を騒がせた“王子の公開婚約破棄事件”は、

 最終的に“王子の軽率な行動と聖女候補の不祥事”として歴史に刻まれることとなった。


 リリアは魔法省の調査の末、“聖女としての適性は認められるが、人格的に重大な問題あり”と判断され、

 遠方の修道院で“心を入れ替えるまで”奉仕活動をすることになったらしい。


 レオン王子は、しばらく公の場への出席を控え、政治の勉強と人格の鍛え直しを命じられた。


 そして私は──。


「アリシア嬢、こちらが本日分の資料だ」

「ありがとう、ディルク様。あとで目を通しますわ」


 エインズワース侯爵家の執務室で、ディルクの隣に座り、政務の書類をめくっている。


 公爵家と侯爵家は、正式に“将来的な婚約”について合意し、

 私は“王家の婚約者”から、“宰相家の未来の妻候補”へと籍を移したのだ。


「しかし、こうして隣に座らせておくと、君はよく働くな」


「失礼ですこと。“よく働く”は褒め言葉として受け取りますけれど」


「いや、過労にはさせない。

 君の前世の話を聞いて、俺なりに決意したんだ」


「決意?」


「君を、二度と“働き過ぎて倒れる”ような目には遭わせない」


 ディルクは真剣な顔で言う。

 胸の奥がふっと温かくなった。


「それなら、たまにはデートのひとつでも連れていってくださらないと、納得できませんわね」


「……では、今夜。

 王都で評判の菓子店に予約を入れてある」


「えっ」


「君があの店の菓子を見て、目を輝かせていたのを見逃す俺ではない」


「……どこまで見られているんでしょう、わたくし」


「すべて。君は俺の専任案件だからな」


「専任案件って言い方やめてくださいませ」


 思わずツッコミを入れると、ディルクは肩を震わせて笑った。


 その笑顔を見ていると、自然とこちらも笑顔になってしまう。


 ──ああ、そうか。


 これが、

 “悪役”でも“聖女”でもない、ただの一人の人間として生きる感覚なのだ。


 誰かの台本の中で、決められた役を演じるのではなく。

 自分の言葉で、自分の意志で、自分の人生を選んでいく。


 その隣に、同じように歩いてくれる誰かがいる。


「アリシア」


「なんですの、ディルク様」


「君があの日、あの大広間で見せた顔を、俺は忘れない。

 “悪役令嬢”の仮面を捨てて、真の自分として立っていた君を」


「……そんな大層なものではありませんわよ」


「いいや。あれは、俺にとって“恋に落ちた瞬間”だった」


 不意打ちの一言に、心臓がどきんと跳ねる。


「……そういうことをさらっと仰るの、本当にずるいですわ」


「君は、そういうところが可愛い」


「…………」


 私は顔を背け、窓の外を見た。

 王都の空は青く晴れ渡り、遠くには王城の塔が見える。


 あの場所で、私は断罪されるはずだった。

 けれど今は、もう怖くない。


 だって私は知っているから。


 “悪役令嬢”の物語は、あの日で終わった。

 これから始まるのは──


 自分で選び取った、私だけの恋と人生の物語だということを。


 そっと目を閉じて、胸の中でだけ、呟く。


(台本どおりには、もう泣かない。

 これからは、自分のためにだけ、泣いて笑って生きていく)


 そして私は、隣にいるディルクに向かって、

 ふわりと、今までで一番自然な笑顔を向けた。


 ──悪役令嬢の仕返しは、これで終わり。

 でも、私たちの物語は、ここから始まる。

誤字脱字や表記の確認にChatGPTを使用し、その後、作者自身でもチェックを行っています。

もし読みにくい箇所や気になる点がありましたら、教えていただけると嬉しいです。


ChatGPTの著作権については、2026年1月時点で以下の案内がされています。


>本コンテンツの所有権限 お客様とOpenAIの間において、適用法令で認められる範囲で、お客様は、(a)インプットの所有権限は保持し、(b)アウトプットについての権利を有するものとします。当社はアウトプットに関する権利、権原、及び利益がある場合、これらすべての権限をお客様に譲渡します。

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― 新着の感想 ―
ディルクには婚約者の侯爵令嬢がいたのでは? 同じ名前の別人ですか。
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