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悪女ルルには秘密がある――転生大貴族令嬢は、敵対者へのお仕置きも、こっそり庶民ライフも全力で楽しみます――  作者: スパ郎


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8話 シャールの邂逅

 亜人の王が、王国に戦争を仕掛けた時、多くの臣下が王の元を去った。

 大儀無き侵略戦争に命を差し出す愚か者は多くなかった。


 私も王に忠誠心などほとんど無かったのだが、我が家は代々王家に仕えて来た家系。先祖への義理で戦争には参加したが、疲弊した亜人の国が、大陸図一の豊かさを誇る王国に勝てるはずもなく、私も戦争捕虜として王国に捕まった。


 身分を奴隷に落とされて、鉱山で20年働くことを課されたのだった。

 家族とは散り散りになり、祖国は滅び、何もかも失ったと思っていた。


 鉱山で働くこと2か月目、私の身分がばれてしまい、ただの奴隷として扱われなくなった。

 鉱山から引き上げられて、大量の食事を与えられて、2週間後には奴隷市場に並んだ。


 亜人種最強の男と紹介され、多くの入札があった。最終的に落札したのは、競合する相手より二倍の金額を出して俺を買い取ったマージ・モチネオカ伯爵。


 自信に満ち溢れたタイプの男で、自己紹介で名乗った年齢よりもだいぶ若く見えた。

 頭の良い人間は信用ならないが、この男はそれに加えて警戒もする必要があると本能が叫んでいた。不気味さの拭えない人物。


「君に任せる仕事はただ一つ。その強さで私の愛する娘を守ること」

 最初の印象とは違い、この男はバカだと思った。

 俺を拘束することもなく、娘のところに送るのだと。


 その愛する娘とやらを殺して、俺は自由になる。亜人の国に戻って家族を探し出し、何もかも取り返そうと思った。


 けれど、終始余裕染みたマージという男にどうしても拭えない違和感を覚え、俺は必要のないことを口にしてしまった。


「馬鹿な男だ。俺をこのままお前の娘のところに送れば、その娘の首を捻って、一日でこんな国など脱出してみせる。亜人の国に戻れば、俺を探し出すことなど二度と不可能」

「まず、亜人の国はもうない。元亜人の国の土地は現在我が王国に完全掌握されており、情報も全て流れ込んで来ているので、君を見つけるのはそう難しくないと思う」

 国が滅んだことは知っていたが、既にそこまで統治されているとは知らなかった。


 娘を殺すと伝えたにも関わらず、マージは怒った様子も慌てた様子も見せない。全て想定内だと言わんばかりに、変わらずその顔に笑顔を携えている。


「そして、君は私の娘を殺せない。宣言しよう。君は娘の元で大人しくボディーガードをし、来年私と再会したときには、私を領主様と認め、跪くことだろう」

「ほざけ。娘の亡骸を見てから、後悔に苛まれろ。亜人を見くびったばかりに、大事な娘を失ったのだとお前は生涯自分を責め続けることになるだろう」

「ほっほほほ、元気な男だ。私は何もしないから、本当に私の娘を殺せるかどうか試してみなさい。君には拘束も付けないし、呪い系の魔法もかけない。君は自分の意志で娘を守る男になる。きっと、そうなる。だから頼りにしているよ、シャール君」


 本物のバカだと思った。

 娘の元に送り付けるときでさえ、拘束も監視も無かった。

 馬車から逃げ出せば、どこまでも逃げられる気がしたけど、この際娘の首を圧し折ってから逃げてやろうとむきになり始めていた。


 護衛するように言われた娘は、ルル・モチネオカという当時14歳の少女だった。

 初めて会った印象は、王国の貴族らしく華やかな美しさを持った女性。それ以外に……特に感想はなかった。


 会った傍から首を圧し折って、マージを絶望させてやるつもりだったのに、会うなり舐めていた娘から驚きの情報を告げられる。


 あなたの家族を全員人質に取った。既に我が領地で養っており、自分の身に何かあればあなたの家族にも害が及ぶと脅迫されたのだ。


 嘘だろ……。

 温室育ちに見えた娘に、先手を打たれた。


 あの父親が入れ知恵したのかと思ったが、どうやら家族の件を手配したのはこの娘だったことが後に判明する。


 くそっ。あの父親あってのこの娘か。親子ともども腐ってやがる。

 家族の命を握られては、逆らう訳にはいかなかった。


 なんとか家族の居場所を突き止め、判明次第この娘を殺して家族と共に逃亡する。そうするつもりだったのに、ある日娘から手紙を渡された。


 そこには祖父母、両親、妹、弟からのメッセージが記されていた。

 驚きの内容だった。


 モチネオカ伯爵領で、他の領民同様に扱われていること。仕事を与えられ、働けていること。慣れない地で大変なことは沢山あるが、亜人の国にいた頃よりもかなり良い生活が出来き、妹と弟に教育も受けさせてやれていると書いてあった。二人は習った王国の文字を得意げに手紙に記している。


 文字を見ても、本人たちが書いているのは間違いない。ただし、無理やり書かされている可能性だってある。内容を全て信じる訳にはいかないと自分言い聞かせた。


 けれど、手紙は一回で終わらなかった。

 家族から来る手紙は、回を追うごとに生活をリアルに感じさせる内容で、皆が幸せに暮らせていることが伝わってくる。もはや、疑うのが難しい程、みんなの安心した気持ちが手紙を通して伝わってくる。


 初めての手紙から2か月後、父から俺の身を案ずる手紙があった。何か困っていないか。仕事を任されていると聞いているが、辛い目に会っていないか。と俺を心配する内容ばかり記されていた。家族のことを案じていたのは俺だったはずなのに、いつしかその立場は逆転した。みんな、それだけ余裕が出来始めているのだと気づいた。


 俺は悩み、手紙にいよいよこう記すことにした。


『シャールは元気にしています。こちらで領主様の娘君を守る仕事を任されて、上手くやっています。先日、暴漢を倒した際には休暇と特別褒賞を頂きました。非常に恵まれた生活をしております。どうか父上、安心してお暮しください。シャールはもう大丈夫です』


 あの日書いた手紙をよく覚えている。

 戦争が終わっても、俺の戦いは終わっていなかった。けれど、あの日、ようやく自分の戦いが終わったんだと理解した。


 その日以来、俺は本気でルル・モチネオカ様を守ると心に誓ったのだった。


 手紙を送った次の日、突如休暇が与えられた。モチネオカ伯爵家の地図を手渡されて、住所の書かれた紙も受け取った。移動期間を考えると二日程度しか家族と過ごせないが、モチネオカ伯爵家の領地に戻り、戦争以来ずっと会えていなかった家族と過ごすと良い、とルル様から提案があった。


 俺が心の底から彼女を守ると決めた次の日に、まさかの計らいだった。手紙は読まれていない。ルル様も爺やも、そんなことをする人間ではないとこの頃には既に知っていたからだ。


 本当に偶然だった。けれど、偶然ではない気もする。最近、なんだか自分の表情が穏やかだ。前はもっと眉間にしわを寄せていた気がする。もっと険しい世界で生きていたような……。きっと心の変化が顔に出て、態度にも出ていたんだろうなと思う。ようやく信頼を勝ち得て、俺は休暇を貰えたという訳だ。


 けれど、休暇は断った。王都は治安の良い街だが、それでも完全に安全という訳ではない。ルル様に何かあったとき、守れるのは俺だけだ。


 だから、ありがたい話だが断った。ルル様が領地に戻るときに俺も家族と再会する。そう決めた。今はそれだけで心が満たされる。


 ルル様は配慮の出来る、非常に心のお優しい方だ。

 厳しい一面を持っているが、それは基本的に誰かを守るためのポーズだったりする。


 先日、屋敷に泥棒が入った。

 8歳の身寄りのない少年。亜人の国にもああいう類の子供は多くいたので、今更心も痛まない。ありふれた不幸な少年。ただそれだけのこと。


 処罰をルル様に聞くと、代わりに爺やが憲兵に差し出すように提案した。

 けれど、それをルル様が止めた。


 泥棒にはしかるべき罰を。この子には死を与えると豪語する。

 職業柄、人を殺せる人間かどうか、人を殺したことがあるかどうかなど目を見ればすぐにわかる。


 ルル様は当然人を殺したことなど無いし、人を殺せる人間でもない。

 では、なぜそんなことを言い出したのか。


 俺にはよくわからんが、貴族には守らないといけない体裁というのがあるらしい。ルル様はそれを大事にし、家名を守るためには個人で汚名だって背負ったりする。今回もそうだろうと思った。


 ルル様の指示に従い、裏庭に少年を運ぶ。

 日が暮れて、視界が悪くなった頃、ルル様の私刑が始まる。


 俺は屋根に上って、気配を消し、ショーを見届けることにした。

 ルル様は少年に耳打ちし、冷静さを保たせる。


 何やらぼそぼそと話している言葉は風にかき消されて聞こえないが、何か諭していることはわかる。


 そのうち、懐から出したパンを口に突っ込ませて、袋から取り出した魚の腹をナイフで咲き始める。だらだらと垂れて来た血を辺りに巻き散らす作業をする。

 少年はルル様から貰ったパンを喉に詰まらせながら急いで食べ、お金を受け取って大事にポケットに仕舞っていた。

 目元が潤んでいるのは、あまり人に親切にして貰ったことがなく、感情が揺れ動いてどうしていいかわからなくなっているからだろう。


 人間は悲しい時だけじゃなく、嬉しい時にだって泣く生き物だ。


 逃げるように諭された後、少年は全力で走り出す。結構身軽な少年で、塀を軽々と飛び越えて行った。

 ……あいつ、知り合う場所が違えば護衛として育ててやりたかったなと思わせる程の身のこなし。


 お嬢様は屋敷内に戻り、裏庭は何事もなかったかのように静かになった。


 ルル様はたまにこういうことをする。

 実家で似た案件を3回は見て来た。


 今日知り合ったばかりの少年にこんなに優しくしてやれる人が、俺の家族を大事にしていない訳もない。再会せずとも、家族が大事にされていることだけはわかる。


 後2か月で、護衛として買われて1年となる。

 マージ・モチネオカの宣言が実現しそうだった。


 今の俺はあの人と再会したとき、マージ・モチネオカを領主様と認め、跪く気がする。少し悔しいが、まあ悪くはない。忠誠心など一切なかった王と比べると、あの少し不気味な男に仕えた方が100倍マシというものだ。


 さて、今日は早く寝よう。明日は、ルル様がお忍びで王都の街に出る日だ。一週間でルル様に与えられた完全な自由時間。その時間だけは、爺やからもルル様の護衛を禁じられている。


 けれど、ルル様に何かあれば俺が困る。明日も気づかれない位置から匂いを辿り、ルル様を守らねば。何も無いのが一番だが、何かあっても必ず守る。ただ、それだけだ。


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