7話 護衛シャール
留学先の屋敷には、専属執事である爺やと実家から連れて来た護衛さんがいる。他にも使用人が10名ほどいるが、その方たちは半分がモチネオカ家から、半分が王都で雇った人材で、全員がモチネオカ家の人材という訳ではなかった。
私の身の回りを世話するのはモチネオカ家から連れて来た使用人たちで、掃除や庭師などの雑務は王都で雇った人たちにやらせている。
王都で雇った人たちは私と話すことを許されていない。
なぜ全員モチネオカ家の人間にしなかったというと、いくつか理由があった。
王都側、つまりは王家への配慮がまずある。
王都の人間を信用していますよ。そして王都の雇用に貢献していますよという、王家へのいい子ちゃんアピールとしてモチネオカ家外部の人間を雇入れている。偉大なるモチネオカ伯爵も王家への配慮は忘れない。だからこそ成り上がったのかもしれない。
王都への留学が数年単位の長期滞在じゃないという理由も当然あるのだが、やはり体裁面が大きいだろう。
そして、あるあるなのだが、実家から連れて来た人間だと王都での生活の勝手が分からず困ることがある。留学生の常なんだとか。
そういった体裁と実益の面から、使用人の半分は王都の人間となっている。
こうなると、少し困ったことがある。
まずは扱いの差だ。実家から連れて来た使用人たちは私との会話が許されているし、重要な仕事を任される。
けれど、王都の人間は基本的に爺やに信頼を置かれておらず、重要な仕事を任されないし、私との会話も許されていない。十分な給金を支払っているので不満はでないだろうが、私を害するリスクなどもあるため、爺やと護衛さんの目は常に光っている。
モチネオカ家の人間は誠心誠意私とお父様に忠誠を誓っているため、少し過剰なくらいに私は大事にされている。私が大罪している屋敷の内情を簡単に説明するとこんなところだ。
そんな屋敷にある日、泥棒が出た。貴族の屋敷に泥棒って正気か!? と思ったが、犯人はまだ10歳にも達しない少年だったので仕方ないと言っちゃ仕方ないかもしれない。8歳らしい。とても小さい。
王都は豊かな土地だが、どんな場所にもこういった身寄りのない悲運の子供はいたりする。
食糧庫を漁っていた少年を捕まえたのは、護衛のシャールさん。実家から連れて来たとてもお強い人だ。
元は戦争奴隷。
そう、シャールさんは我が国と戦争して負けた亜人の国の人である。
亜人といっても、見た目で私たち人間と大きな違いは無い。
頭にいぬ耳があるだけで、他は全部人間と一緒だ。毛深いってこともない。
身長が190センチほどあり、かなり鍛えられている体をしているが、これは亜人全体がそういう傾向にあるのではなく、単純にシャールさんがそういう強い人ってだけだ。
シャールさんはもともと亜人の国の有名な戦士だった。しかし、亜人の国自体が今は無くなっちゃったので、彼は行き場を失い、戦争奴隷として我が家に購入された。
父上が最強の戦士を私の護衛にしたかったらしく、シャールさんを高値で買い取った。シャールさんを欲しがっていた人たちは他にも沢山いたが、本気を出した父上に勝てる人などいるはずもなく、シャールさんは我がモチネオカ家に買われた。
父からの命令は一つで、「娘を何が何でも守れ」という至極単純な命令だけだった。
けれど、お父様。そんな命令だけで人が動かせると思いますか?
父上がどういう考えか分からなかったが、私はそう素直に人を信じることが出来なかった。
だって、戦争で負けて、国を滅ぼされて、戦争奴隷にされたんだよ? といっても、亜人の国はもともと凄く貧しくて、いつ瓦解してもおかしくないような状態だったらしいけど。
王国との戦争に負けて、むしろ王国の文化が流れて行き、亜人の国の生活は格段に良くなったとも聞いている。
しかし、人の感情は難しい。故郷が豊かになっても、戦争で戦った敵国の令嬢に突如忠誠なんて誓える訳はない。
だから、私は悪女となった。
シャールさんの家族を探し出させ、一家全員をモチネオカ領で養うことにした。
「あなたの家族は全員我が家が抑えた。もしも私に何かあれば、分かっているわよね?」
脅し!
ひどい!
汚い!
けれど、私だって自分の身が大事だ。
人間に恨みを持っているかもしれない亜人に身を守って貰うなら、ちゃんと人質くらい取らないと!
初め、シャールさんは明らかに私に敵意を持っていた。けれど、仕事はきちんとしていた。
モチネオカ家を敵視する勢力は多いし、ただ単に金持ちを狙った犯行で私を襲った暴漢もいた。
その全てを、シャールさんが一人で片づけた。
剣を持った5名の暴漢を、素手で10秒かからずに制圧したときには、うひゃーって声が出ちゃった。
こりゃ父上が高値出して買う訳だ、って思ったね。シャールさんは本当に強い。
そのシャールさんだが、なんだか最近は私に敵意を持っていない。もうカリカリしながら生きるのは疲れたのかもしれない。
人質を握っているのでどっちみち大丈夫だとは思うが、シャールさんが恨みを持たずに生きれるようになった感じがして、私は少し嬉しかった。といっても、それはシャールさんが寛大なだけで、きっと心の底では私をまだ恨んでいるんだろうなとも思う。
そういう時は河童先輩に励まして貰う。
私って自分勝手だよね。自分の身可愛さに、シャールさんに酷いことを。
「ちょ、気にすんなって。シャールも仕事を得られてラッキー、暇も潰せてラッキーだべ」
だよね? ありがとう河童先輩。河童先輩は心の栄養剤だ。
そんな強いシャールさんが、片手で易々と捕まえた少年を私の前に連れて来る。
服を掴まれて必死にもがいている。シャールさんの腕を引っかいたり、殴りつけたりしているが、全く相手にされていない。
「お嬢様、どうなさいます? このコソ泥」
「泥棒ですか。それも我がモチネオカ家の屋敷に。かわいそうではありますが、憲兵に差し出し、王都の法で処罰して頂きましょう」
爺やの提案にシャールさんが動きかけた。
もちろんその方が無難だろう。
泥棒騒ぎで、使用人も全員集まっていた。
私は爺やの提案を止めて、自分の意志を伝える。
「それは、なりません」
きっぱりと言い切った。
シャールさんが止まり、私に指示を待つ。
「この子は……」
一瞬間を作る。重大なことをこれから発表します。
「殺します」
王都で雇い入れた使用人たちが顔を強張らせて驚いたのが分かった。
爺ややシャールさん、モチネオカ家から連れて来た使用人たちは慣れているのか反応すらしない。
「モチネオカ家の屋敷に入ったらどうなるか、王都全体に知らせなくてはなりません。我がモチネオカ伯爵家が舐められては困ります。今後二度とこのようなことが無いように、この子の命を持って知らしめます」
「お嬢様のご指示に従います」
「縛り上げて、裏庭に置いておきなさい。日が暮れた頃、私の手で直接やります」
暴れる少年に猿ぐつわを噛ませ、ロープで縛りあげるシャールさん。
少年の絶望した表情を見るに、まさか盗み程度で殺されるとは思わなかったのだろう。
けどね、貴族の屋敷に忍び込むのはそれだけリスクのあることだ。腕を切り落とされるのは当たり前で、殺される例も珍しくない。憲兵に引き渡される例はかなりラッキーな部類だ。
私は何も感じていないふりをして、皆が集まる場を離れた。
自室にて、いろいろと準備をして、日が暮れるのを待った。
日が暮れ始めた頃、シャールさんが部屋を訪れ「諸々準備が完了しました」と伝えて来た。
「わかりました」
と伝えて、裏庭へと移動する。
私が到着すると、縛られていた少年が目を全力で見開いて首を左右に振る。
シャールさんが用意したナイフを手に取り、少年へと近づく。
恐れゆえだろう、目を瞑った少年に耳打ちして「叫ぶな。口を閉じて」と命令する。
冷静な声だったからだろう。少年は慌てふためくのを辞めて、じっとした。
こうなりゃ仕事は簡単。
手をしばっていたロープを斬り、ゆっくりと猿ぐつわも取ってあげる。
まさかの展開だったのだろう。少年が、なんでって顔でこちらを見て来る。
なにか騒ぎ出す前に、その口にパンを突っ込む。冷めてしまい美味しくないだろうが、体力はつく。ちゃんと噛みなさい。
しばられた手首にクリームを塗ってあげ、解放する。
仕方ない、ネタばらししよう。
「良く聞きなさい。あんた、貴族の屋敷に盗みに入る罪の重さを理解していないわね?」
「……う、うん」
「片腕を切り落とされるのは当然。悪ければ本当に殺されることもあるの。いい? これは脅しじゃないわよ。良く肝に銘じておきなさい」
作業を続けながら、説明してあげる。
「僕……助かるの?」
「今回だけね。次は無いわよ」
いろいろと小細工を始める。
辺りに魚の血をばらまき、ここで惨劇があったように演じる。
ナイフにも血をつけることを忘れないように。
「親は?」
「……いない」
「頼れる人は?」
「……いない」
それで仕方なく泥棒をね。
「今一度、自分の運に感謝して。今日見た『爺や』と呼ばれていた老人の顔をしっかり思い出しなさい。後日あの人にあんたでも出来る仕事を見つけさせるから、そこでしっかり働いて。いいね? 多少辛くても頑張るのよ。また盗みに入ったら、今度こそ命がなくなると思いなさい」
「うん……うん!」
貴族の怖さを再度少年の頭に叩き込み、そして小細工も終わったので、当面の生活費を握らせた。
「お金の価値はわかる?」
「……少しは」
「大事に使って。そして、これを成功体験にしないこと。あんたは今日奇跡が起きて命を失わずにお金を手に入れた。でも、こんな奇跡は二度とない。わかったら、振り向かずにここを走り去って。絶対に誰にも見られてはいけないよ。そして二度とここに来てもいけない」
「わかった……。お姉ちゃんは、困ったことにならない?」
最後に私の心配か。ちゃんと性根のまっすぐないい子じゃない。
ボロボロの格好で、髪もぼさぼさだけど、その心があればきっとやり直せるから!
「私は大丈夫よ。私はこの家で一番偉いの。最悪バレたって、誰も私に文句なんて言えないわ」
「そうじゃなくて……悪者に……」
ああ、そっちね。
それならもっと問題はない。
「いいのよ。嫌われ者は慣れているもの。ほら、さっさと行って。元気で暮らすんだよ」
「……ありがとう、お姉ちゃん。僕……人に優しくして貰ったのなんて初めて。だから、頑張ってみる」
少年はポケットに入れたお金を大事そうに抑えつけて、裏庭を全力―で走り去った。
塀を身軽によじ登り、最後にこちらを振り向いてから、少し寂し気に塀から飛び降りた。
あの塀、2メートルはあるんだけどなぁ。凄い子供もいたものだ。
ふぃー、一仕事終わった。
「ちょ、おつかれちゃん」と私を労ってくれる河童先輩の声も聞こえる気がする。
こういったやらせは得意なジャンルだ。
我が家には王都で雇い入れた使用人たちがいる。モチネオカ家から連れて来た使用人たちは絶対に今日のことを口外しない。
けれど、多分王都で雇い入れた使用人たちは今日のことを口外するだろう。
もしも、彼らの前で泥棒に入った少年を無罪放免で返してみろ。瞬く間に王都に噂が流れることだろう。モチネオカ家は泥棒に入られて、罰しもせず泥棒を家に帰したらしいと。
貴族は舐められてはいけないのだ。
モチネオカ家に入ったら、いかなる恐ろしい目に遭うか、これを世間様に広めないといけない。
王都で雇い入れた使用人たちは後日、モチネオカ家に入った泥棒の顛末をそれぞれの知り合いに漏らすことだろう。
泥棒は、モチネオカ令嬢本人によって殺されたと。
我が家程の家格なら、泥棒に私刑を行っても王家からは何も言われない。むしろ罪人に対してよくやったと貴族の間では称えられることだろう。
悲しいかな。これが貴族の世界の価値観なのだ。
だから、あの少年には死んで貰うことにした。
私の名がまた少し血生臭くなったのはいい。願うなら、少年のこれからの人生に幸多からんことを。




