5話 勇者ジーク
私たちが通う王都の学園は、魔法学を初め、薬学、医学、数学、歴史、一般教養、貴族の嗜みなど多岐にわたって学ぶ。
その中でも魔法学は特に加点が大きく、この学園への入学条件としても大きな比重を持っている。
といっても、私レベルの家柄になれば顔パスで入学可能だし、学費もいらない。けれど、お父様は、娘が不自由しないようにと全学生の学費を十倍しても足りないような金額を寄付しているため、教師方からの厚遇は、それは、それは凄まじい。
先日クレアさんを叩きのめした退学処分書に私のサイン欄があったのもそのためだ。この学園では他にも大事な決めごと、例えば生徒会の予算案や特別編入生の許可などにも私のサインが無いと可決されない仕組みになっている。
もはや学園側の人である。
だけど、私だってそこまで関わりたい訳じゃない。基本何かサインを頼まれれば、軽く内容を確認して誰かに恨みを買わないような無いような許可している。
私が許可した中には、今年度の『平民入学許可確認』というものもあった。
この学園は基本的に貴族しか入学できない。貴族の中でも私のような大物と、一部の優秀な生徒だけが入学を許される。
この学園を出ると箔が付くのだ。貴族はこの箔が欲しい。一生言えるのだ。私は王都の学園を出たが、君はどこ出身かな? ニヤリと。
息子、娘にこのマウントを取らせるためにこの学園に通わせていると言っても過言ではない……いや、流石に過言か。
河童先輩も「ちょ、学園舐めんなよ?」と私を叱責していることだろう。ごめんなさい。
今、私は入学以来初めてあった試験の結果貼り出しを見ていた。
うぬぬぬ。
結構自信あったんだけどなぁ。
座学7割、魔法や薬作りの実技が3割の試験。結果が廊下に張り出されて、私は2位という順位だった。
えええええ、絶対に1位だと思っていたのに。
結構勉強したし、座学に関しては自己採点で満点だった。ということは、1位の生徒も座学で満点……実技で差を付けられたか。
1位の生徒の名前はジーク。家名はない。
そう、彼は平民出身なので、家名を持たない。
私が入学許可にサインを出した平民出身のうちの一人だ。たしか3人か4人に許可を出してあげた。私が許可を出さなければ彼らは入学できなかったが、変なところで人に恨まれたくないので、全員に許可を出している。
貴族でもこの学園を卒業すれば箔が付く。平民に至ってはもう英雄扱いだ。この学園に入れる機会があるのならば、彼らは死ぬ気で入りたがる。卒業後に人生の道が信じられない程増えるからだ。
それにしても……ジークね。ジーク。
噂には聞いている。雷魔法を使う、勇者の生まれ変わりと称される天才なんだとか。
大昔に、この世界では魔王を討ったジークという勇者がいた。彼の功績を称えた逸話が後世にいくつも残っている。
その人気はすさまじく、彼の死後1000年経っても、同じ名前を子供に付けようとしている親が多いのだ。もう10年連続くらいで1位になっていたと思う。たまに歴代の名君や、他の英雄の名前が1位になったりするのだが、ジークは殿堂入りするくらい強い。
私の大好きなお店の名前も『ジークとハナのお店』だし、本当にありふれた名前だ。
勇者と同じ名前をもった青年が勇者の生まれ変わりじゃないかってくらいの天才か。随分と出来過ぎた話な気もするけど、この成績を見せられたら納得も行くわね。
ちなみに、レオ王子は23位だ。普通に情けなくて……ぷぷぷ。
レオ王子は魔法も運動もそんなに得意じゃない。けれど、まっすぐなんだよねーあの人。私とは馬が合わないけれど、あれで結構人望あるんだよ。
「まあ! 許せない! このジークとかいう生徒、平民の癖にルル様の上にいるなんて! わたくし、学園長に抗議してきますわ」
「やめなさい」
私に一生ものの恥をかかす気か。
実力で負けた上に、私の家は大物貴族だから順位を入れ替えなさいって? 多分その要求通っちゃうから。本当にやめなさい。情けないったらありゃしない。
「彼が実力で勝ち取った勝利です。それに、学園長に抗議して順位を入れ替えられてしまっては、今後私が実力でジークさんを倒す機会が失われてしまいます」
「流石ルル様。一時的な敗北を受け入れて更なる成長を、ということですね!?」
「その通りよ。最後には私が上に立つ、それだけのお話です」
キャーと声援が上がるのは、何も彼女たちのご機嫌取りという訳じゃない。
私には偶像という役割もある。
彼女たちにとってのアイドルも同じ。普段弱さを見せず、モチネオカ家の令嬢として適切にふるまっているからこそ、得られた絶大なる人気だ。
しかし、本来の私はカリスマ性どころか、小動物級の胆力しか持ち合わせていません。
成績表も見終わったことだし、この場を立ち去ろうと考え始めていると、廊下ががやがやと騒がしくなる。
大物の登場の予感。てっきりレオ王子かと思っていたが、彼は自分の不出来を自覚しているのでこういう場にはあまりやってこない。
群衆に押し出される形で私の前に姿を現したのは、試験で1位を勝ち取った生徒。少し癖のある黒髪と鋭さを秘めた灰色の瞳を持つ男性、ジークだった。
「あっ……。ルル様。こんちは。ルル様は2位か。すげーな。あんた貴族なんだから勉強しなくても良さそうなのに、ほんとうすげーや」
私のことを知っているみたいだった。まあ有名人だからね。
けれど、私は彼の言葉に反応しない。嫌な感じだよねー。でもごめんね。仕方ないんだ。
「黙れ、下郎! 勝手にルル様に話しかけるでない! ルル様と自分の身分差を理解していおらぬのか!」
「おっと。す、すまん。忘れてた」
「貴様、ルル様に用があるのか?」
「用ってか、なんか押し出されて出て来ちまったから、話した方が良いのかなって」
「ルル様? どうなさいます? この者がルル様と話したいようですが」
「許可します」
この面倒くさい段取りを経て、ようやく私はジークさんと話が出来るのだ。
あー面倒くさい。けれど、貴族の威厳はこうしてようやく保たれるのだから仕方ない。
「えーと、何話したらいいんだろう?」
後頭部に手をやり困ったようにジークさんが言った。
本当に困っているだろうし、彼も私と話したくてやって来たわけじゃなさそうなので、ここは私から話を振っておく。
「ジークさん、1位おめでとう。あなたの入学許可を出した件、正解だったらしいです」
「あんたが許可を出してくれたんだ。それは……どうも。俺は別に興味なかったんだが、両親も妹もすっげー喜んでくれてたからさ……。家族が喜ぶと俺も嬉しいから、やっぱりありがとうだ」
「あなた、座学も魔法も環境には恵まれていないと思うのだけれど、どうやってこのような好成績を?」
「えーと、本は一度読むと忘れないんだ。で、魔法や薬づくりってのは、一度使えばあとは感覚で同じように出来るし、感覚でアレンジも出来る。……そんなに難しいことはしていないっす」
くそっ、ただの天才だったか。
河童先輩、この方にも何か与えたんですか!? 「ちょ、俺知らんよ?」と河童先輩も慌てふためていることだろう。ちっ、世界が生み出したバグのような存在か。
「ふっ。敵に不足無し。ジークさん、次の試験ではわたくしが勝ちます。では、ごきげんよう」
「ごきげん……よう? んじゃな、いつもありがとう」
いつもありがとう?
今日初めてお会いしたと思うのですが。
まあいいでしょう。これ以上彼と話していてもあまりメリットを感じないですし、何よりも私が普通に悔しい。めちゃくちゃ勉強したのに、ただの天才に負けてしまった。こんな不条理があってたまるか。
ああっ、週末、やけ食いだー!!
予定が一つ決まった。
エリザベス・カッパ先生の新作の話題は未だ尽きず、今日も授業と授業の合間、なんなら授業中にだって新刊の話が学園中から聞こえて来た。
もう心満たされているのであまり耳を傾けていなかったが、帰り際に見た光景に驚いた。
テストで私を抑えた天才ジークが片手にエリザベス・カッパ先生の新作を持っていたのだ。
目を擦って、ほんまか?と自分に何度か問い、間違いがないことを確認する。
とことことことことこ。
令嬢とは思えない早歩きでジークさんの前へと歩み出て、彼の進行を妨げる。一緒に帰宅していたクラスのご友人たちが散り散りに去ってしまった。ごめんなさい。菰原がせてしまいました。
「おほん、おほん!」
咳払いして、私の意図をなんとか伝える。
おほん! これ以上やらせないで。喉痛めている人みたいになるから。
「あのー、俺に何か用ですか?」
「ほう、わたくしと話したいのですね? 発言を許可します」
それそれ!
私から話しかけるわけには行かないのよ。
あくまで庶民から懇願されたから話してあげる、という体裁が必要なのだ。あー、面倒くさ。でも、大事なことなんだよね。
「あなたジークさんですね」
「昼に廊下で会いましたよね」
「そうですわね。あなたの手に持っているのは……エリザベス・カッパ先生の新作『薬に関する本』でしょうか?」
「ルル様もご存知でしたか。いや、知ってて当然か。俺、ファンなんですこの人の」
本の表紙を眺めながら、ジークさんが嬉しそうに語ってくれた。
「この人が最初に書いた『魔法に関する本』で俺、自分の魔法の才能に気づいたんです。あれは凄かった。きっと今回の本の知識でも多くの人が救われるんだろうなって思うと、嬉しくて」
そうだったのか。
天才ジークは雷魔法を使うと聞いたが、確かにそうだよね。前の魔法って貴族の専売特許感があって、庶民には行き届かないものだった。
それを是正した知識を世間に広めたのがあの本。
「たまに俺のことを天才って呼ぶ人たちがいるけど、本物の天才はきっとこういう人なんだろうな。少なくとも、俺はそう思っている」
「とても真っ当な意見だと思います。同じく本好きの者として貴重な意見が聞けてよかったです」
感謝も伝えたかったが、淡々とやり取りをし、自分はこれから家に帰るのだと伝えた。
ごきげんようと別れの挨拶をすますと、彼からまた気になることを言われた。
「ええ、また近いうちに」
彼は気にしていないが、なんだか昼からちょっと距離が近いような?
私の気にし過ぎだろうか。
そんな気もしたので、あまり深くは考えないようにした。
帰りの馬車ではニヤニヤが止まらなかった。
ぐふふふ、天才に天才って言われちゃった。これ程嬉しい事ってないよね。
週末のやけ食いに、少しだけ歯止めがかかりそうだった。




