「魔王に勝てる存在」を召喚しようとした国 魔王の娘を召喚しちゃいました
王宮の大広間は、今日ばかりは異様な熱気に包まれていた。
大陸全土から集まった貴族、王族、聖職者、冒険者。総勢三千人は息を呑んで巨大な召喚陣を見つめている。
「いよいよだ……魔王に勝てる最強の存在を、この手で召喚する!」
玉座に座る第一王子レオハルトは、頬を紅潮させながら高らかに宣言した。
隣には婚約者の公爵令嬢エレオノーラ・グレンヴィルが、静かに微笑みながら立っている。
大魔導士が最後の呪文の言葉を唱え終える。
次の瞬間、光が爆発した。
ぽん、と小さな音がして、光の中から現れたのは――
銀髪に紅い瞳、漆黒のゴスロリドレスに身を包んだ、十歳前後にしか見えない可憐な少女だった。
頭の上には小さな角。背中にはコウモリのような翼。
そして何より、ふわふわと揺れる長い髪は、見る者の心を奪うほど美しい。
会場がどよめく。
「天使……?」
「いや、あれは……魔王の血筋では……?」
「可愛すぎるだろ……!」
密かに前世の記憶を持っているエレオノーラも小さな声で呟いた。
「……どうして、ゴスロリ?」
王子レオハルトは立ち上がった。鼻息が荒い。
「素晴らしい! これぞまさしく我が国を救う聖女、いや、神の使いだ!」
そのまま壇上を駆け下り、少女の前で片膝をつく。
「私はレオハルト・フォン・アルディア! 貴女にこの場で婚約を申し込む! そして――」
振り返り、エレオノーラを指差す。
「エレオノーラ・グレンヴィル! 貴女との婚約は今ここで破棄する!」
「は……?」
会場が凍りついた。
エレオノーラは目を丸くしただけで、まだ状況を飲み込めていない。
「え? ゴスロリ少女が来て、婚約破棄……?」
少女はぽかんと口を開けたまま、
「えーっと……私、帰りたいんだけど……?」
と小声で呟いた。
その瞬間――
「ちょっと待ってくださいー!」
甲高い声が響き、ピンクのドレスを翻したふわふわ少女が乱入してきた。
男爵令嬢セレナ・ラブピンク。通称「ふわピンク」。
脳内お花畑の権化である。
「レオ様ったらひどい! 私の方が先に好きだったのにー!」
握りしめた両手を顔の前に持ってきて、駄々をこねるように首を振る。
「ふ、ふわピンク……」
「レオ様、私の方が可愛いですよね。……ほら、あなた、退きなさいよ!」
トンっとセレナが少女の肩を押した。グラっと少女が後ろに倒れそうになる。エレオノーラは思わず、手を伸ばし、少女の背中を支えた。
「乱暴はおやめなさい」
「キャア、睨まれた! レオ様、私、怖い〜」
「エレオノーラ! やめないか!」
レオハルトがいつもの癖で、セレナを庇う。
「いや、突き飛ばしたのそっちじゃん」
少女がツッコミを入れると、レオハルトはハッとした。
「そ、そう言えば……」
キョロキョロとセレナと少女の顔を交互に見るレオハルト王子。もはや、眼中にないのかと、エレオノーラは苦いものを噛んだような気持ちになる。視界の端に、見覚えがある騎士が見物人の間をすり抜け、こちらに向かって駆けてくるのが見えた。
次の瞬間、ドーム型の王宮の天井が、突然真っ赤に染まった。
轟音と共に、巨大な魔力が降り注ぐ。
騎士が飛び込んできてエレオノーラと少女を庇うように前に立った。
「誰が……我が娘に触れたぁぁぁぁぁ!!!」
天が割れた。
漆黒の翼を広げた、圧倒的な威圧感の魔王が降臨する。
見た目は三十代後半の美丈夫だが、瞳は完全に殺意で燃えている。
ゴスロリ少女がぱあっと顔を輝かせた。
魔王に駆け寄る。
「パパぁぁぁ!! お迎えありがとうー!!」
魔王(名前:ディザート・ヴァル・ルシフェルス)は娘を抱え上げた。
「リリアナ! 無事だったか! 誰だ、誘拐した奴は!?」
リリアナが無邪気にレオハルト王子を指差す。
「あの人。私と婚約して、だって!」
魔王の視線が、ギンッと王子に向いた。
レオハルト王子は凍りついた。
「……お前か」
ドーン!という轟音と共にレオハルト王子がすっ飛んでいく。魔王の強烈な覇気にその場にいた貴族達は悲鳴をあげた。
「ひぃぃぃぃ!!」
「魔王だ! 本物の魔王だ!!」
貴族たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
エレオノーラは呆然と立ち尽くしていたが、その腕を騎士が支えるように掴んだ。
「逃げましょう」
「ロナルド……」
ロナルドは幼馴染の騎士だった。エレオノーラとレオハルト王子が婚約してからは距離をおいていた。久しぶりに間近で見たロナルドは、随分逞しくなったように見えた。
「ロナルド、わたくし……」
エレオノーラが心細い気持ちを打ち明けようと口を開いた次の瞬間、ロナルドはハッとしてエレオノーラを後ろ手に庇うように立った。
魔王がこちらを睨んでいる。
「エレオノーラには指一本触れさせん!」
「フン、生意気な……」
「パパー! ダメェ!」
魔王の手がロナルドとエレオノーラに向けられようとした時、リリアナの声が魔王を制した。
「うん、どしたー!」
「あのお姉さんは私の事助けてくれたよぉ」
「おお、そうか……」
ニコっと表情を崩す魔王。エレオノーラは気がついた。
「……確かに、『魔王に勝てる存在』……」
今回の召喚で指定した召喚対象の条件は「魔王に勝てる存在」だった。ある意味リリアナは、魔王に勝てる。パパは娘に激甘らしい。
召喚はある意味成功していたのだ。しかし、条件を過信し過ぎたようだ。
その時、背後で、震える声がした。
「リ、リリアナは、 俺が守る……!」
現れたのは、眼鏡をかけた痩せた青年だ。
リリアナの彼氏(自称)、魔族の落ちこぼれ貴公子アレクシスだった。
いつもはヘタレで泣き虫だが、今は瞳に炎を宿している。
「あ! アレクー! 来てくれたんだぁ! ヤッホー」
「リリアナ! リリアナが突然姿を消したと聞いて! リリアナを攫う奴は許さない! リリアナを離せ!」
ブンッとアレクシスが剣を投げた。
コン
ガシャン!
剣は魔王に弾かれて床に落ちた。
「アレクー! 違うよ! パパだよ! よく見て!」
「え? ハッ? 魔王様? 魔王様がリリアナを攫った……?」
「アレクー! パパはアレクと同じで私を助けに来てくれたんだよ」
「そ、そうっ……うわっ!」
アレクシスの足元に燃え盛る鉄球が落とされた。
「貴様、我に剣を向けたな?」
「わー!! スミマセン! スミマセン!」
「そんなに戦いたいなら、相手をしてやろう!」
突然、魔王とアレクシスの戦いが始まった。空中で真正面から激突する二人。
魔王の漆黒の魔力と、アレクシスの覚醒した深紅の魔力がぶつかり合い、王宮の天井が跡形もなく吹き飛ぶ。
戦いは三分で終わった。
アレクシスはベチャっと地面に倒れ伏していた。
「……ふん。まあ、娘を助けに来たことは褒めてやらなくもない」
「……は、はいっ!!(お父さん)」
アレクシスは這い上がるようにして身を起こし、魔王に頭を下げた。
「……貴様、今、心の中で『お父さん』とか呼ばなかったか?」
「読んでせ……、いえ、呼びましたー」
「貴様……」
第二戦が始まりそうな雰囲気の中、リリアナはふわふわと飛んできて、エレオノーラとロナルドの前に降り立った。
「お姉さん、騎士さん! もうここ危ないよ。建物崩れちゃう」
とエレオノーラと、彼女を守ろうとした一人の騎士ロナルドの手を取る。
「え、ちょっと――」
光が包んだ。
次の瞬間、三人は丘の上に立っていた。
エレオノーラは呆然と振り返る。
遠くに、燃え盛る王城の姿が見えた。
わずか数分の出来事だった。
リリアナは少し申し訳なさそうに笑った。
「ごめんね。パパ、怒ると止まらないから。またねー」
手を振った。
そしてぽん、と消えた。
残されたエレオノーラは、苦笑いした。
「……婚約破棄された上に、国が滅んだかも……」
ロナルドがそっと肩に手を置く。
「それなら、新しい国で、新しい人生を始めないか?」
エレオノーラは小さく頷いた。
遠く、魔王城では――
魔王とアレクシスが日課の対戦をしていた。
「娘の彼氏、意外とやるな」
「……これから死ぬ気で幸せにします!」
「えへへ、パパもアレクも大好きー!」
わちゃわちゃと楽しそうに過ごしていた。
「魔王に勝てる存在」を召喚しようとした国は、一番召喚してはならない人物を召喚してしまった。
そしてふわふわピンク髪令嬢は、どこかの焼け跡でまだ「私の方が可愛かったのにー!」と喚いていたという。




