可愛いの使い道 【月夜譚No.362】
レッサーパンダが有名な動物園だという。なんでもちょっとした芸ができ、その仕草の可愛らしさに人気が出たのだそうだ。
とはいえ、正直なところ私はレッサーパンダに対してあまり興味がない。というより、動物全般にさして食指が動かない。可愛いものは素直に可愛いと感じるが、自ら求めはしないし、特別好んではいないのだ。
それなのに何故動物園にいるのかというと、恋人のデートの行き先の希望に依るものである。決して楽しくないわけではないが、少々退屈であることは否めない。
トイレに行ってしまった恋人を待つ間、私は近くにあった土産物屋の棚を覗いた。有名というだけあって、レッサーパンダのデザインのものが多い。
何気なくぬいぐるみを手に取る。デフォルメされたレッサーパンダは確かに可愛いが、私にとってはそれ以上でも以下でもない。
ふと視線を下げると、まだ幼稚園にも行っていないような女の子が一人、棚のぬいぐるみを一心に見つめていた。その目尻には涙が浮かんでいる。
周囲を見回してみるが、保護者らしき大人の姿がない。私は手の中のぬいぐるみを見下ろして、その場にしゃがみ込んだ。
「どうしたの? 迷子かな?」
やや高い声音で尋ねると、こちらを見た女の子が目を丸くして、しかしすぐにくしゃりと笑った。
可愛いというのも、役に立つものだ。
私は口元を緩め、同じ調子でぬいぐるみを喋らせた。