Episode8.便利屋セルフィ、推理する
夜の帳が降りた王宮内の一室。
その静かな部屋のベッドの上で、夜着に着替えたセリフィーヌは、ハンカチを広げ、四枚の花弁をじっと見つめていた。
王族専用の庭に咲く、色も形も違う、四種類の希少な花。
彼女はそれを睨むように見据えながら、首飾り紛失事件の第一発見者である、衛兵との昼間のやり取りを思い出す。
数時間前、第一王子から四種類の花弁を受け取ったセリフィーヌは、再び衛兵に会いに行った。
そして四枚の花弁を見せ、「この中に知っている花はあるか」と尋ねた。
すると衛兵は首を振り、ただ一言、こう答えた。
「花には詳しくないんです」
それは、エリオスと全く同じ反応だった。
(彼の言葉に、嘘はなかった。……でも)
「もっとよく見てもらえますか? もしかしたら、何か気付くことがあるかもしれません」
セリフィーヌがそう言って、衛兵の手のひらの上にハンカチを置いた瞬間、聞こえてきた声は――。
『そう言われても、花びらなんかでわかるわけ――、あれ? でも、この子の胸元に刺さってる花、あの日落ちていた花びらに、似ている気がする』
セリフィーヌは、衛兵の心の声を思い出しながら、テーブルにちらりと視線を向ける。
そこには、侍女室から借りてきた小さな花瓶が置かれていた。
花瓶には、エリオスからもらった、アルビナ・セレスが一本、生けられている。
(……アルビナ・セレス)
セリフィーヌは衛兵に会う際、その花を、手が塞がらないようにと胸元に差していた。
衛兵はそれを見て、心の中で『見覚えがある』と言ったのだ。
(つまり、宝物庫の前に落ちていた花びらは、『アルビナ・セレス』である可能性が高いということ)
それが差し示す答えは、即ち――。
嫌な考えに辿り着き、セリフィーヌは固く瞼を閉じた。
正直、考えたくはない。
けれど、もし宝物庫の前に落ちていたのが本当に『アルビナ・セレス』の花びらだったとしたら、容疑者はひとりしかいないではないか。
それは、そう――第二王子のエリオスだ。
(エリオス殿下は定期的に、『アルビナ・セレス』を亡き王妃の墓前に供えていた。庭師のバルタはそう証言したわ。殿下以外に、あの花を摘む王族がいないことも)
もしエリオスが犯人だとしたら、侍女長が嘘をついた理由にも説明がつく。
(少なくとも侍女長は、落ちていた花びらを見て、『エリオス殿下が首飾りを盗んだ』と思ったはずだわ。王族の醜聞になってはいけないと、咄嗟に隠してしまったんじゃないかしら)
宝物庫の中の物を無断で持ち出すことは重罪だ。たとえ王族だろうと許されていない。
当然、侍女長はそのことを知っている。だとしたら、彼女がエリオスを庇う理由は十分にある。
それだけではない。
昼間、第一王子セディリオは心の中で言っていた。
『エリオスは内心、見つかったら困ると思ってるんじゃないかな』――と。
(あれは、エリオス殿下がこの件に関わっていると気付いていたからこその言葉だった。そう考えれば、全ての辻褄は合う)
けれど、そこまで考えて、セリフィーヌは大きく首を振った。
(いいえ。まだ決めつけるのは早いわ。だって、この調査を依頼したのはエリオス殿下なのよ。もしご自分で盗んだとしたら、私に調査を依頼するのは変よ。それに、殿下の心の声は……)
セリフィーヌは思い出す。
彼女は、初日、二日目、そして今日と三度にわたって、エリオスの心の声を聞いた。
けれどそのうちの一度だって、エリオスは首飾りについて、不審な声を漏らさなかった。
エリオスから聞こえてきた心の声は、三度とも、見た目に似合わぬ"恋の叙情詩"、ただ、それだけ。
とは言え、それが"エリオスの無実"を証明していることにはならないというのも、また事実である。
なぜなら、セリフィーヌの頭に流れる他人の声は、あくまで"表層の考え"でしかないのだから。
つまり、そのときの最も強い感情が声となって聞こえるだけであり、思考の全てがわかるわけではない。
(殿下を疑いたくはない。でも、だからこそ、私は殿下の心の声に、もっと耳を傾けなければいけないわ。あの詩の奥に隠れた、殿下の本当の想いを……)
セリフィーヌは花瓶に咲く一輪のアルビナ・セレスを見つめ――唇をきゅっと噛みしめた。