Episode7.便利屋セルフィ、庭師に会う
執務室を出たセリフィーヌは、まっすぐ温室へと向かった。
エリオスから受け取った花は、今も手の中にある。
(部屋に置いてくればよかったわ。枯れたら可哀そうだもの)
そう思いながらも、今さら戻るには距離がある。
セリフィーヌは、温室に着いたら水を貰えるだろうかと考えながら、足を速めた。
(それにしても、さっきの詩は何だったのかしら。もし、あの詩が偶然じゃなかったら……)
先ほどの詩をうっかり思い出してしまったセリフィーヌは、慌てて首を振る。
もし、仮に、万が一そうだったとしても、自分には縁のないことだ。今の自分は伯爵令嬢ではなく、平民の、便利屋セルフィなのだから。
やがて温室の入口に着き、声をかけた。
「こんにちは。バルタさん、いらっしゃいますか?」
すると、奥から聞こえる遠い返事と、スコップの音。
しばらくして、体中に土汚れをつけた庭師が現れた。年の頃は五十手前だろうか。厳つい顔をしているが、目には優しさがある。
「あんた、新しい侍女か? 誰の使いだ?」
「いえ、私は侍女ではありません。第二王子殿下の命で調べ物をしておりまして。いくつか、花について教えていただきたいんです」
「花? もしかして、その花か?」
バルタはセリフィーヌの持つ白い花を見て、意外そうに目を細めた。
「第二王子がその花を他人に渡すとは。どうやらあんたは、随分と殿下に信頼されてるらしい。わかった。何でも聞いてくれ」
バルタは、快く引き受けてくれる。
セリフィーヌは、首飾り紛失事件の調査をしていることを説明し、さっそく本題に入った。
「この王宮内に咲いている、珍しい花について教えていただきたいのです。それも、ただ珍しいだけではなく、特定の方しか入れないような場所の花を」
「特定の人間?」
随分変わった質問だな? とバルタは眉をひそめた。
けれど、エリオスから貰った花の効果か、丁寧に教えてくれる。
「そうさな。あんたの言った条件に当てはまるのは――シャリオスの紫花、レフティアの銀房、モルヴェの星花、アンリュの燐葉、それと、今あんたが握っている、アルビナ・セレスだな。どれも王族専用の庭園に咲いている花だ。王族あるいは、その許可を得た者しか入れない場所にある」
「……!」
セリフィーヌは驚いた。
まさか、エリオスから貰った花がそんなに貴重な花だったとは。
「バルタさんは、そこに入れるのですか?」
「ああ。だが庭師だからといって、誰でも入れるわけじゃない。入れる庭師は、俺だけだ」
「……なるほど」
セリフィーヌは少し考えて、更に斬り込む。
「今上げていただいた五種類の花のうち、このアルビナ・セレス以外の花弁を、一枚ずついただくことはできないでしょうか?」
「何?」
途端、バルタの顔が大きく曇った。
「無理だ。中に入れるといっても、俺に許されているのは植物の世話だけ。王族以外が花弁一枚でも持ちだせば、罪になる」
「…………」
(確かに、そうよね)
バルタの言葉はもっともだ。
セリフィーヌは、次の手を考え始める。
だが、その瞬間だった。それを見計らったかのように、背後から声がしたのは――。
「どうしたんだい、バルタ。何か困りごと?」
振り向くと、そこにいたのはエリオス顔負けの美青年だった。
セリフィーヌは目を見張る。
(この方、第一王子のセディリオ様だわ! 確か、エリオス様とは母親が違うのよね)
セディリオは、端整な顔立ちに柔らかな笑みを浮かべた。
バルタが頭を下げたので、慌てて、セリフィーヌも一礼する。
「それで、どういう事情かな?」
セディリオに尋ねられ、バルタは答える。
「この者が、紛失した首飾りについて調査しているらしく。その件で、何種類かの、特定の花弁が必要だと」
「特定の花弁? ……なるほど」
セディリオはその言葉だけで、王族専用の庭に咲く花のことだと理解したらしい。
少しだけ思案し、快く頷いた。
「いいよ。ちょうど散歩したかったところだ。私が取ってこよう。バルタ、案内してくれ」
「……! 殿下が、そう仰るのであれば」
二人は庭の奥へと歩いていき、それほど経たないうちに戻ってきた。
セディリオの手には、ハンカチに包まれた四枚の花びら――それぞれ異なる色と形をしている。
「助かりました。ありがとうございます」
セリフィーヌが花びらを受け取ると、セディリオは柔らかい声で言う。
「首飾り、見つかることを祈っているよ」
その言葉の裏側で、心の声がふいに流れ込んできた。
『でも、エリオスは内心、見つかったら困ると思っているんじゃないかな』
(……え?)
思いがけない声。
明るく協力的な口調とは裏腹に、セディリオは弟の行動に、何か思うところがあるらしかった。
(今の、どういう意味? エリオス様は、首飾りが見つかることを望んでいない? そんなはずは……)
もっと心の声を聞いてみたかったが、王子相手に、触れるなどという無礼が許されるはずもなく――。
セリフィーヌは受け取った花びらを自身のハンカチに包み、二人に丁寧に礼を述べると、その場を後にした。