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Episode4.便利屋セルフィ、衛兵に会う


 翌朝、セリフィーヌは騎士団の宿舎へ向かうことにした。

 首飾り紛失事件の、第一発見者に話を聞くためである。


(侍女長とは、明日話せるように予定を組んでもらえたし、第一発見者には今日のうちに話を聞いておかなくちゃ。今日は非番だって聞いたから、ちょうどいいわ)


 王宮と騎士団の訓練施設の間に延びる石造りの回廊を抜け、更にその奥にある騎士団員用の宿舎で、該当の衛兵を呼び出してもらう。

 ほどなくして、私服姿の若い青年が現れた。


「お呼びでしょうか?」


 やや緊張した様子ながらも、青年は礼儀正しく挨拶をし、セリフィーヌに向き合った。

 事情を簡潔に説明し、当夜の巡回内容について尋ねると、彼は記憶を手繰るようにぽつぽつと語り出した。


「これはもう何度も聞かれたことですが……。その日、僕が朝の巡回をしていると、宝物庫の扉の前に異変を見つけたのです」

「異変とは、どのような?」

「床が、濡れていたんです。ほんの少しですが……。それで、扉を確認してみたのですが、鍵はちゃんとかかっていて。でも、普段、宝物庫の前は誰も通りませんし、何となく嫌な予感がして」

「それで、侍女長を呼びにいったのですね?」

「その通りです」


 セリフィーヌは頷くと、手帳にさらさらとメモを取り始める。

 確かに、発言内容は調書と一致していた。 だが、それが真実とは限らない。


 セリフィーヌは心の声を聞くため、不自然でない程度の動きで、意図的にペンをぽろりと落とした。


 すると青年はすぐに気づいて拾い上げ、手渡してくれる。その指が触れた瞬間、彼の胸の内から、かすかな声が流れ込んできた。


『本当は、落ちていたのは"花びら"なのに……。どうして侍女長は、僕に嘘を強要したんだろう。あの花びらに、何かあるのか?』


(……花びら? それに、侍女長が嘘を強要したですって?)


 セリフィーヌは不審に思いながら、それでも顔色は変えず、ペンを受け取り礼を述べる。


「ありがとうございます。……では、床が濡れていたこと以外に、何か気になることはありませんでしたか?」


 セリフィーヌは、改めて確認する。

 だが、青年はふるふると首を振った。


「他には、何も。調書に書かれている以上のことは」

「……そうですか。結構です。ご協力、ありがとうございました」


(侍女長の行動からするに、"花びら"は犯人を指し示す手掛かりになるんだわ。もしくは、侍女長本人が犯人か……。これはやっぱり、本人に話を聞く必要があるわね)


 セリフィーヌは侍女長への疑念を抱きながら、その場を後にした。



* * *



 騎士団宿舎から戻る道すがら、セリフィーヌは王宮裏手の通用路へと出た。


 そこは騎士や使用人がよく通る道だが、この時間帯は人もまばらで、足音がよく響く。


 陽射しが差す道を歩きながら、彼女は首飾りの所在について考えていた。


(犯行推定時刻は午前零時から六時までの六時間。三時にも巡回はあったけど、暗くて花びらには気付かなかった可能性が高いわ。夜中だし、アリバイなんてないようなものよ。やっぱり、心の声を聞くしかない――)


 思考を巡らせながら角を曲がった瞬間、正面から現れた人影とぶつかりそうになる。


「あっ……」


 とっさに身を引いた拍子に、手のひらから手帳が滑り落ちた。


 拾おうと手を伸ばしかけたとき、それより先に、誰かが指先でそれを拾い上げる。


 銀髪に、琥珀色の瞳――エリオスだった。


「……殿下?」


 彼は何も言わずに手帳を差し出した。

 セリフィーヌがそれを受け取った、その瞬間――。


『風のない空に、彼女の気配がただよう。名を呼ぶという行為が、こんなにも胸を焦がすとは。 知らぬはずの声を、夢で何度も聞いた気がする――これは、既視感か、それとも、』


(……また詩……!)


 セリフィーヌは平静を装いながら、心の中で頭を抱える。


(ぶつかりそうになっただけで、どうして詩を詠むの? どうせなら、もっと有益な情報を提供してくれればいいのに!)


 とはいえ、彼を責める筋合いなどない。

 こちらが勝手に聞き取っているだけの話なのだから。


 エリオスは手帳から手を放すと、短く言う。


「気を付けろ」


 それだけを残して、静かに去っていく。

 

 残されたセリフィーヌは、思わず目を瞬かせた。


(ぶっきらぼうで無愛想、なのに中身は満開の抒情詩。まるで二重人格ね。――にしても)


 エリオスが現れた方角に、視線を向ける。


(殿下はどうしてこんなところに? 向こうに何かあるの?)


 今のところ、エリオスの心の声に不審な点はない。あの叙情詩は、気になるが。


 けれど、この奇妙な感覚が、それだけで終わる気はしなかった。


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