Episode3.便利屋セルフィ、調査する
セリフィーヌはさっそく調査に取りかかった。
まず最初に確認したのは、宝物庫の出入り記録と鍵の管理簿だった。
エリオスの証言どおり、鍵を最後に使用したのは王子本人で、記録上も異常は見られなかった。
(……正しい。少なくとも“表の記録”に嘘はなさそうね)
次にセリフィーヌは、使用人たちに話を聞いて回ることにした。
本当は宮務長や宝物庫担当の侍女長に直接話を聞くのが理想だが、二人は多忙で、すぐには捕まらなさそうだったからだ。
セリフィーヌは、厨房、洗濯場、使用人用の談話室など動きやすい範囲を順に回りながら、真っ向から首飾りについて尋ねていった。もちろん、相手の身体の一部に触れ、心の声を拾いながらだ。
「前王妃様の首飾り? さぁ、知らないなぁ」
『一ヵ月も経ってるんだぞ。とっくに売り払われてるに決まってる。探すだけ時間の無駄だ』
「ほんと、酷いことするわよね。早く犯人が見つかるように祈っているわ」
『第二王子殿下にとっては、大切な形見だもの』
「ああ、例の首飾りか。いいよ、知ってることを教えてあげる。だからこれから俺の部屋に――」
『そしてあわよくばそのまま……』
「――あ。やっぱり結構です」
(うーん。なかなか有益な情報は見つからないわね。最後のは特に論外だったわ)
セリフィーヌは廊下を歩きながら、溜め息をつく。
何人かに触れた時点で、すでにうっすら理解していた。王宮の下層で働く者たちは、首飾りの件について何の情報も持っていない。質問に対する答えと、心の声が食い違っている者はいなかった。
(やっぱり、宮務長か侍女長に直接話を聞かないと……)
そんなことを考えていると、廊下でぶつかった若い侍女から、妙に緊張した内心が流れ込んでくる。
『……エリオス殿下、昨日も一言もお話されなかった……いつ気づかれるんだろ、あの茶器……怒られたらどうしよう……怖い……』
それは、エリオスに対する心の声だった。
(茶器を割ってしまったってところかしら? にしても、やっぱり殿下って恐れられているのね)
無表情のせいか、エリオスは“近寄りがたい存在”と見られているようだった。
たしかにあの第一印象ならそう思うのも無理はない。
(でもね、実際は……)
セリフィーヌは記憶を遡る。
今朝、執務室で手を重ねたとき、あの無表情の裏に流れはじめた、意味深すぎる叙情詩の心の声を。
(中身は、全力で詩人なのよね)
見た目は氷、頭の中は春の詩集。
本人がそれを隠しているのか、自覚がないのかはわからない。けれど、確かにそこにギャップはあった。
* * *
その後も何人かに聞き取りを行い、調査初日を終えたセリフィーヌは、夕刻、エリオスの執務室を訪れた。
本日の調査内容と、めぼしい情報は手に入らなかったことを伝えると、エリオスは眉一つ動かさず、「わかった」とだけ答えた。
その感情は全く読み取れない。
(残念がっているのか、私の能力不足を嘆いているのか、何もわからないわね)
セリフィーヌは内心溜息をつきながら、エリオスに相談する。
「宮務長と侍女長から話を聞きたいのですが、お忙しいようで捕まらないのです。殿下から話を通していただくことはできますか?」
すると、エリオスは二、三秒考えて頷く。
「いいだろう」
そして、こう付け加えた。
「部屋を用意した。しばらく城に滞在するがいい。明日もよろしく頼む」
セリフィーヌはその言葉に、ほっと胸を撫でおろす。
どうやら、初日でお役御免――とはならなかったらしい。
セリフィーヌは小さく礼をして、執務室を後にした。
* * *
あてがわれた部屋は、客間のような空間だった。
上質なリネンと銀細工の燭台、窓には薄く透けるカーテン。
過度な贅沢はないが、“平民の便利屋”にはどう考えても過分な部屋だ。
(このシーツ、いい生地だわ。貴族であれば、このくらいは当然なのでしょうけど)
沈むようなベッドに腰を下ろしながら、セリフィーヌは家に残してきた両親のことを思い出す。
(二人とも、ちゃんとご飯食べてるかしら。私が戻るまでに、借金が増えてなきゃいいけど)
とにかく、一刻も早く首飾りを見つけ出し、屋敷に戻らなければ。
(宮務長と侍女長には殿下から話を通してくださると言っていたし、今日は早く寝て、明日に備えるわよ!)
セリフィーヌは気合を入れ直し、さっさとベッドの中に潜り込んだ。