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「星新一賞」ボツネタ

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作者: 梅津高重

 来世でも絶対に本棚に揃えたい本ってありますか?

 空前絶後の頭脳、科学者ではなく予言者にして最悪のエゴイストと呼ばれた私の原点はそれです。

 ある本を読んだときに、衝撃を受けました。この感動は絶対に一生に二度はないと、心の底から確信できるぐらいの。生まれ変わってもまたこの本に出会いたいと、魂に刻み込もうとするぐらいの。

 ところが奇妙なことに、二度とはないはずのその衝撃に、デジャヴも覚えたんです。この衝撃は初めてではないという確信がありました。

 この二律背反する確信の間にどう折り合いを付けたら良いか。悩みながら過ごすとうちに浮かび上がって来た結論は、私にとっては、他のあらゆる()()()()よりも、ごく自然なものに思えました。

 前世だ、と。

 そう得心に至ったことをきっかけに、他の全ても思い出しました。

 私は数年後に結婚し、()()()もそれなりに優秀なソフトウェアエンジニアとして平凡な人生を()()()()のだと。

 思い出したことで、その先の人生は余裕でした。

 どの技術が()()のかは知ってましたから先回りで勉強できました。前世で作ったものと同じものを作る仕事が回ってくれば、二回目の方が良いものをスムーズに作れるものです。

 ただ、期待したほどの大成功は収められませんでした。株や為替の値動きなんかは大ざっぱには思い出した通りだったんですが、思い切ったことができずじまいでして。

 あるいは、前世でそれなりに優秀だったのも、自覚無しに、前々世やそれ以前の記憶に頼っていたせいかも知れません。3度目がありました。

 一度、自覚できればそういうものなのか、次の人生では、物心が付くのが早いか、全てを思い出すのが早いかぐらいでした。今度は大成功してやろうと思って、ぎりぎり不自然でないぐらいの歳になるのを待って、小説を書いて投稿しました。

 小学生ぐらいが冗談で言い出すような子供だましのネタを、まさかの緊迫のサスペンスにまで昇華させて世間の度肝を抜いた、あの傑作漫画をパクりました。色々考えたんですが、ああいうタイプの、鮮烈なアイデアでガツンと引っ張る作品なら行けると思ったんです。

 結果は佳作で、小説家としてデビューもできたのですが、劣化コピーでは大ヒットには至りませんでした。全体的に描写が甘くても、話の胆になるアイデアが良いから大ウケしそうな作品を選んだつもりだったのですが。

 もちろん、正史通りに()()()()()()()()ことはなくなり、その数々の派生作品も含めて、傑作を一本消滅させてしまう結果に終わりました。

 その後も、トリックが鮮烈な推理小説などを中心に()()()()を続け、「多産で食ってはいけるけども冴えない小説家」として一生を過ごしました。……今だから言ってしまいますが、オリジナルの企画が一本たりとも通らなかったのはそれなりにショックでした。

 ノーベル文学賞作家の作品を全て丸暗記して来世に備えたのはこの時です。劣化無しの完全なコピーなら行けると思ったんです。

 これもダメでした。

 それなりの評価は受けるのですが、そこ止まりでした。

 いくつか試した上での私見ですが、作品が世に出る瞬間の世相に合わせた表現や文章のチューニングなど、なにかそういう最後の一手が必要なんだと思います。

 なにしろ、私がパクる場合には、()()が本来、公開される時期もできるだけ早く先取りしてやる必要がありましたから。十分に早ければ、「同じネタで先を越された」で済みますが、もし、発表したときに、既に()()()が本格的な作業に取りかかってしまっていると、どうやったのか分からないがパクった、というややこしい疑惑を引き起こしかねません。

 そうやって、試行錯誤して名作潰しの人生を繰り返しているうちに、意外なことが起こりました。

 ある日本人が、ノーベル平和賞を受賞したんです。それまでの歴史では、全く世に名前が知られていない方でした。

 その方は、アフリカを「世界の工場」に仕立て上げてしまい、とうとう、中国がそう呼ばれる時代が来ない、珍しい歴史の分岐を作り出されました。

 偉業のタネは、だいたいの部品を自己複製できる、自動製造装置でした。かなりの無理がありつつも、一台あれば、ほぼ全ての部品を複製できて、そこへ、複製のできないモーターや制御装置だけを買ってきて組み付ければ二台に増やせるというような。

 ただ、工作精度はそれなりなので、子コピー、孫コピーと、コピーが進むほど性能は悪化します。大本の源流に近い、精度の高い装置を持っているほど有利で、それで作った少し精度の低い装置を誰かに売れば良いという話です。

 それを、ネズミ講の原理を使って売り捌いたわけです。

 ただのネズミ講なら、儲けの原資は新規参入者が巻き上げられる資産だけですから、どこかで行き詰まります。早晩、末端がそれ以上は儲けられない限界に達して破綻するわけですが、自動製造装置は一般的な製造依頼を受注すれば末端でも儲け続けられるところが違いました。

 全世界の製造需要を上回らない限り、世界中から何かしらの受注は受けられましたから。安い末端の劣化コピーを入手するところから始めて、それで受けられる製造依頼を請け負って稼いでは、よりオリジナルに近い製造装置に買い換えていって、と。

 恐ろしい勢いで地域の工業生産力が向上していって、国、さらには大陸全体の生活水準がみるみるうちに向上していったんです。

 で、その偉業について徹底的に調べ上げ、次の人生はノーベル平和賞を目指すことにしてみました。

 これも、何度やっても上手くは行きませんでした。

 事業を軌道に乗せることすらできませんでした。にじみ出る人柄か何かが影響しているのか、キーとなる人物に出会えなかったといった具体的な理由があるのか、調べても分からなかった何かが足りなかったのでしょう。

 お手本をもう一回、と思っても、その後、同じ歴史の流れを見かけることは、ついにはありませんでした。普段は平凡な人生を送られているその方を偉業へと駆り立てた引き金が何だったのかが分からいことには、どうにもしようがありませんでした。

 そのうちに嫌気がさしてきて、今度は逆をやってみようと考えました。

 テロ組織などの反社会的団体でのし上がるのは、割と簡単です。

 荒事が多い分、失敗を気にせずに突き進み、()()()()()()の後に、たまたまでも成功すれば組織内で一目置かれるようになりますし。そうやって内情を知った上で、次の人生では握った裏情報を手に敵対組織に入れば、また一気にのし上がれます。

 でも、これもダメでした。

 どう上手く立ち回っても、各地の紛争を拡大したり、いくつかの国の首都を核爆弾でふっとばすぐらいが関の山でした。裏からでも真面目に政治家をやってみても、何度やっても、第三次世界大戦といった規模の動乱は起こせませんでした。

 そして、そんな風に試行錯誤を繰り返す内に、自分の本当の願いにふと気付いたんです。

 終わらせたいんだな、と。

 本当に自分がやりたかったのは、何度も代わり映えのしない同じ時代を生き続けることになった自分の人生を、どうにかして完全に終わらせることなんだ、と。確証なんかあるはずもない妄想の類でしたが、全てを終わらせれば、その全てには自分も含まれると、漠然と、そんなことを考えていたのでしょう。

 そして、テロの首謀者として残りの短い人生を刑務所内で過ごしつつ考え続け、別の道に思い至りました。

 賢明な皆さまは、もうお気づきのことでしょう。

 世に数々の発明をもたらしたあと突如として隠棲して、それ以降は全く表に出てこない人類最高の天才、という過分な評価がそれです。

 最初は、コンピュータの進化を早められないかと試してみました。私のオリジナルの人生はIT技術者でしたから。

 これは失敗でした。あまりにも多くのノウハウが最先端をかろうじて支えて押し上げ続けている産業ですから。技術の進歩を数年早めるためだけでも、数十社の技術力を同時に並行して底上げするような離れ業が必要だと分かり、早々に諦めました。

 そこで矛先をバイオテクノロジーに向けたんです。

 バイオの分野では、いくつかの化学式を覚えて戻って、()()を早めてやれば、技術進歩を一気に十数年分早めたりできました。答えが分かっているところからスタートすれば、本来その発見に必要な、極めて慎重な操作を伴う膨大な実験のほとんどを飛ばせます。

 そうしてできる限り技術の進歩を早回しにしてやると、自分にはできることがなくなります。後は、若い頃は信じられないほど神がかっていたけど、歳を取ってからは平凡未満な研究者、として業界を見渡しながら次の人生に備えます。

 優秀な方は常に尽きませんから、どなたかがそれに続く、()()()()を成し遂げて下さいます。

 それもこれもが行き詰まってしまった時には、情勢不安な国に渡って、先進国では絶対に許されないような人体実験を繰り返したりもしました。()取った杵柄が役立ちました。

 やがて、お金をかければ大幅に長生きできるようになってくれば、コンピュータシミュレーションの高速化が進み、生理機能の解明がますます捗ります。

 私が次の人生に持ち越す、「なぜ効くかは今の技術では解明できないけど、とにかく抜群に効く化合物」の知識はどんどん増えました。そして、今生で多数の偶然からなる奇跡の巡り合わせの末に、ついに完成したのが、ご存じの通りの、不老長寿技術です。

 私が、ごくごく一部の超富豪たちにしか手が出ないほどに高く付いてしまう不老長寿の完成後、一切何の発見もしていないのは、そういうことです。

 私自身が死ななくなったことで、とうとう未来からパクってくることが完全に不可能になったんです。私には元来、この分野に新たな成果を積み上げるような能力は全くないのです。

 超富豪達を人類史上最悪の特権階級へと押し上げつつ、自分もそのうちの一人にちゃっかり収まった。自らの特権を維持するために、多くの人々が悲惨な生活を強いられている現状に対して見て見ぬ振りをして、それ以後の研究には一切手を貸そうとしない最悪の人間、というご批判は、全くその通りでしたとしか言いようがありません。

 その後、長い年月をかけて多くの真に優秀な方々がさらなる研究を進められ、不老長寿が徐々に一般にも普及してきていることは、本当に素晴らしいことだと思います。私が何周かすれば、現状をもう少しましにできたことは確かでしょう。

 言い訳をさせていただくとすれば、不老長寿の実現は、目処が立ってからも苦労の連続でした。こちらの歴史では開発されたが、別の歴史では開発が間に合わない技術。そんな無数の要素技術が、どれ一つとして欠けること無く揃わなければ、私の不老長寿化には間に合いませんでした。ほとんどが運任せの難解なパズルといったところで、今世は、運良く正解が手元に転がり込んだだけでした。

 とは言え、繰り返し続けていれば、より良い正解が得られたであろうことは確実です。そうしなかったのは、万が一、失脚したり、恨みを買って殺されてしまったりしたとしても、もう一周すれば良いだけという甘えもありました。

 それがこの、人類史上最高の天才にして、究極のエゴイストと呼ばれた私の真実です。

 さて、なぜ私が今更、長い長い沈黙を破って、全世界へ向けてこのような形のビデオメッセージをしたためたのか、これも、賢明な皆さまには、もうお分かりのことでしょう。

 ()()未曾有の天文災害に対処できる可能性のあるアイデアがあれば、知らせて欲しいのです。

 時間がかかりすぎて、今からでは、迫る太陽系の滅亡にまったく間に合わないようなものでも結構です。実現の目処が一切立たない絵空事でも結構です。

 どうか、遙かな来世の人々を助けるために、私に力を貸して下さい。皆様からのフィードバックは私がしかるべき時代へとお伝えします。

 

 撮り終えたビデオメッセージの第一稿をチェックしてみると、()()()()、浮かれている雰囲気が透けて見えた。

 自分がこの事態を喜んで受け入れている部分があることは否定できない。

 しばらく考えて、撮り直すほどでもない、と全世界へと公開した。今更、人からどう思われようとどうでも良いことだし。

 撮影の背景にも使った居室の壁には、この時代には無用の長物、贅沢品でしかない、本物の本棚を設えてある。そしてそこには、ちょうど一冊分の隙間が空いていた。

 この事態は、取り返しの付かないミスをやり直す機会でもあるのだ。

 かつて自分は、目前に迫った目的達成に気を取られ過ぎたあまり、絶対に来世でも書架に加えるべきその一冊のことを忘れていた。無事に不老長寿となり、永遠の未来を他の人々と一緒に歩んでいけるようになってから、本の不在に気付いた。この歴史においては、発刊されていなかったのだ。

 作者がどうなったのかを調べようと手を尽くした。しかし、元々、作者の本名を知ることすら、敢えて避けていた。もし何かで干渉してしまって、出版を邪魔してしまっては最悪だ。どの歴史でもほぼ確実に刊行されていたため、最後の最後で油断してしまっていた。デビューしなかった作家の、使われなかったペンネームだけが分かったところで、何も出来ることは無い。

 もちろんのこと、内容は一字一句丸暗記してしまっている。が、それを自分で書き出して、その作者の手柄を奪い取ることだけは、絶対にできない。例え、そのことを知るのが自分だけであっても。()()()()()()内容を思い出すことすら憚られる。必ず、できるだけ、まっさらな気持ちで読むところから始めなければならないのだ。

 一生を終える毎、すなわち、数十年に一回は読み直し続けていたあの作品。不老長寿となってからは、それを長い長い時間、読み返すことができていない。再会のため、今世の奇跡的な成功を捨てるかどうか、それをずっと悩み続けていた。何かもう一つでも後押しする理由があれば、と。

「記憶を忘れてもう一度味わいたいコンテンツ」というと、ゲーム『Outer Wilds』の代名詞ですが、割とよく使われる最上級の褒めの一つ言葉ですよね。「転生しても絶対読みたい」みたいな活用形もあるかな、と思ったところから、死に戻りネタと組み合わせてみました。で、死に戻りにはこういう前向きな解決方法もあるよな、と。


ネタバレすると、この主人公は、「自分を死に戻らせてる何らかの存在の意図」を無視して、自分勝手なグッドエンドを捏造してやったぜどうだ、と思ってたら、ここからが本番だった、という状態です。この後、人類生存エンドを迎えることができれば、死に戻らせていた犯人である超未来人から褒められます(某作品のパクり)。

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