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遥か彼方、永遠の願いへ捧ぐ花  作者: ヒセキレイ
序章 少女と獣
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1.望まれぬ願い

「私ね、『誰もが幸せでいられる世界』を作りたいの」


 白い少女は、あまりにも馬鹿げた願いを、小さく呟いた。


 黒い空より粉雪が降り積もる、廃墟となった街並みで。


 悲しい笑顔を、浮かべて。


「だから、大丈夫だよ。私が、あなたを助けてあげる」


 救う価値など、欠片も無い。


 黒い獣へ、手を差し伸べた。


 少女は、十を過ぎたほどの幼い人間だった。長く伸び散らかされた真白い髪は、傷んだ毛先が膝裏をくすぐり、前髪は小さな鼻先までを覆っている。


 その奥に揺れる瞳は、疲れ果てていた。暗く黒ずんだ青に沈み、目元には濃いクマが滲んでいる。ボロボロの白いワンピースから伸びる華奢な手足には、素肌を晒す細い指先まで大小の傷が刻まれていた。


 少女が手を差し伸べる、獣は、バケモノだった。


 大きな、大人三人以上はあるだろう、獅子とも狼ともつかない黒い四足獣だ。荒れた毛並み、凶悪な顎と牙。赤の色がこびりつき乾いた、毛先爪先まで黒く染まり切った身体は、きっと、この白の世界に埋めたとしても、永遠に洗い流されることはないのだろう。


 小さな少女など、三秒と掛けず殺せる、命を喰らうためにある獣の身体。


 それは、しかし。今は力無く横たわり、雪原を血で赤く染めていた。


 だから、少女は獣へと、手を差し伸べる。


「私、こう見えても強いんだよ?」


 気遣うような、安心させるような、言葉と共に。


『――馬鹿かお前は。叶うわけないだろ、そんな世界』


 言葉は、薄く開かれた獣の口から紡がれた。


 僅かに目を見開いた少女へ、獣は続ける。


『誰しもの幸福など、叶うものか』


 蔑むように。下らない少女の願いを、壊すように。


『誰がそんな世界を、望むものか』


 微塵の慈悲も無く踏みにじる、どこまでも道理でしかない、言葉を。


 けれど少女は、小さく、笑ってみせた。


「叶えるよ。叶えてみせる。だって、私は救われたから」


 地に伏せ、今にも死に逝こうとする獣へ、そっと寄り添う。


 目深にかかる前髪の奥、何も見ていないような極黒の青い瞳を細めて。


 全てを諦めたような歪んだ表情で、傷だらけの手の平で、獣の身体を撫でて。


「私は、そのために救われたんだから」


 呪いのような言葉を、落として。


 どこまでも悲しい顔で、笑っていた。







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