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拗ねリリィ



「特別手当てを出そうと思う」


 ベッドから起き上がるなり、侯爵様は頬を紅潮させて真面目な口調で言った。

 

 興奮冷めきらぬ様子で額に手を当てながら。ふざけてるんだか、本気なんだか、放心した顔で。


 特別手当てって……。そんなに名前を呼ばれたのが良かったのか。なら、その手当てで弟の新しい服を買ってあげよう……と疲れた体を起こし、ぼーっと考える。



「そんなに良かったですか…?」


「凄くイイ!最高だったよ!」



 聞くなりハイテンションで答えた侯爵様に苦笑いを浮かべる。純粋な人だ。素直に喜んじゃって。


 でも、ちょっと複雑。上手く真似出来た喜びと、別の人と重ねて見られている虚しさが、同時に心の中に押し寄せる。


 しかし、侯爵様は無邪気なものだ。顔を両掌で覆って照れた様子。堪らない…!と言いたげだ。


 うん。これはもう聞くまでもない。よく想像出来たんだろう。ここまで喜ばれたら責める気持ちも湧かない。良かったね、の精神だ。



「良かったですね」


「とってもね!」


「また言ってあげますよ」


「何っ?本当か?」


「はい」



 身を乗り出して目を輝かす侯爵様に笑みを浮かべて頷く。何だか寂しい気もするけど、仕方ないや。それが私に与えられた役目。この結婚のルールだもの。



「すみません、旦那様。宜しいですか?」



 ちょっと感傷的な気持ちになりつつ服を整えていると部屋の外から声が聞こえた。ドアがノックされ、返事をするよりも早く眼鏡の執事が部屋に入ってくる。



「旦那様…」


「おい。何だい、君。返事も聞かずに。僕の可愛い妻がまだ着替えているというのに失礼じゃないか」


「それは…、申し訳ありません」


「何の用だか知らないが、今ちょうどガーターベルトとストッキングが再会する感動的なシーンなんだ。じっくり鑑賞をしたい。邪魔しないでくれ」


「はい…。失礼しました」



 拗ねた表情でふざけた文句を言う侯爵様に執事は焦った顔付きで真面目に頭を下げる。


 私にまでペコッと頭を下げて気の毒な。普段ノックもせずにドアを開けまくってる主の姿を見ているでしょうに。

 

 本当に真面目な。しかも出来ればそんなシーン見られたくない。見ないで欲しい。



「それで?出ていけと言ったら聞かなくても大丈夫な用なのかい?」


「いえ。急ぎの用です」


「急ぎ?」


「その……、お客様がお見えになりました」



 一応と言った感じで振り向いて尋ねた侯爵様に執事が歯切れ悪く用件を告げる。チラッと私の顔を見て凄く気まずそうに。


 その様子を見て直ぐに察する。あぁ、本物が来たのね…って。



「分かった。直ぐに行く」



 いつものヘラヘラした顔は何処へやら、表情を消した侯爵様は執事にそう告げて、ささっと服を整えた。


 彼女が来てるって雰囲気で分かったんだろう。妙に重たい顔付きだ。


 私も行くと言ったけど、部屋でのんびりしてて欲しいと軽く断られ、付いていくことも出来ず。侯爵様は用意が終わると着替える私を置いて部屋を出て行った。


 一気に静かになった広い部屋の中。何だかちょっと寂しい。さっきまであった温もりが消えてしまった。



「エマ様〜?」



 寂しく思っているとドアがガチャっと開き、メイドのリリィが隙間からひょっこりと顔を出した。


 どうやら着替えの手伝いに来てくれたらしい。モジモジしながら部屋に入っていいか聞いてくる。


 その姿が可愛くて笑顔で手招きすると、彼女は“タタタ”と効果音が付きそうな足取りで、こちらに駆け寄ってきた。ニコッと微笑まれて、笑みが溢れる。


 やっぱり可愛い。好き。世界メイド選手権があったら間違いなくリリィが優勝だ。



「エマ様。今日のご飯は何だと思います?」


「んー、何だろう?お魚?」


「ぶーぶー。さっき料理長に教えて貰ったんですけどね、今日は……」



 機嫌良くテキパキと手伝ってくれながら、リリィは今日のご飯は何だとか、新しい紅茶が入ってきたとか、自分の好きなお菓子はこれだとか色々と話し掛けてくる。


 明るい声で話し掛けられてすっかり気分も上がり、私も私で弟の話をしたりした。


 会話はとにかく弾む。


 そして着替えが終わって少し経った頃。それまで笑顔だったリリィは手を止めると顔を曇らせた。言いたくないなぁと言いたげに背中を丸めて。



「エマ様」


「ん?」


「マリア様がいらっしゃってますが、どうされます?」



 言いにくそうに、だけど聞かなきゃいけないと言いたげにリリィは強張った顔で私を見つめた。


 マリア様…、侯爵様の想い人だ。私によく似た本物。いや、私が彼女に似てるのか。



「んー……。部屋でお留守番してて、だって」


「またですか?」


「うん」



 いつもの事だ。指示された内容をリリィに伝えると、彼女は普段とは違い「ん、もうっ」と腹立たしげに手を握り締めた。拗ねてる。拗ねリリィだ。珍しい。



「どうしたの?」


「エマ様。私、何だか納得出来ません。旦那様の奥様はエマ様なのに」


「しょうがないよ」


「でも〜」



 納得のいかない表情を浮かべ、リリィはおかしいと私に向かってブツブツ呟く。


 どうやら、ずっと不満に思っていたらしい。どうして私が遠慮するのか不思議で仕方ないと言われた。だけど、曖昧に笑うことしか出来ない。リリィは私がそういう契約で侯爵様と結婚したとは知らないから。



「まぁまぁ。時間が解決してくれるって」


「エマ様ったら」


「優しいね、リリィは」



 不満そうなリリィを宥めて、引き出しの中から個包装された洋菓子を取り出す。


 お土産で貰ったそれは珍しいもので、ここらではなかなか手に入らない。しかも、かなり美味しい物。


 「一緒に食べよう」と言うと不満気だったリリィも「いいんですか?」と、パッと嬉しそうに顔を輝かせた。


 うん。やっぱりリリィは笑顔が1番だ。可愛い。



「美味しい〜」


「ね」



 1つ違う顔を見せてくれたリリィに何だか嬉しいような複雑なような気分になりながら、寂しくなくなった部屋の中、一緒にお菓子を食べた。


 部屋の外で楽しそうに話す侯爵様と本物の声を聞きながら。


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