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リュカ侯爵様



「あのド変態め……」



 高価な装飾品で埋め尽くされた絢爛豪華な館の一室。ふわふわのソファに座り、恨みを込めてポツリと一言。外から聞こえる鳥の囀りをBGMに、メイドが運んできてくれた紅茶を手に窓から見える景色を眺める。


 外に広がる景色は見渡す限り緑と花に埋め尽くされていて、どれだけ目を凝らしたって塀が見えない。野うさぎやリスが追い掛けっ子しているし、何なら馬とか羊とか走っていてもおかしくない勢いだ。


 館の中も常識じゃ考えられない程の広さと豪華さ。パーティー用の広間もあるし、一部屋が全てゆったりサイズ。 使用人の部屋も入れたら結構な部屋数になる。


 館の主は国で1、2を争うほどの超お金持ちなリュカ侯爵様だ。彼は莫大な資産を持っており、お金だけじゃなく、ここら辺り一帯の土地を全て所有している。

 

 そんな超お金持ちのリュカ侯爵様と街で出会った私……エマは、訳あって私を欲した彼と親しくなり、関係はあれよあれよと親密な話をする仲にまでなった。


 本来なら平民の私なんて話すことも出来ない雲の上の存在の人。そりゃ貴族含め平民からも『近寄んな……!』と凄まじいバッシングを受けたが、何しろ病気の弟の為に働き詰めだった私。これはチャンスだと思って、ド(あつ)かましくも何かお金になる良い仕事はないかとリュカ侯爵様に聞いてみた。


 すると彼は『妻として献身的に仕えてくれたら弟君の治療費を肩代わりしてあげる』と夢のような条件を私に出してきた。


 教養も何もない私なんかに貴族の妻なんて務まらないと葛藤もあったが、そこら辺は気にせずゆっくり覚えていけばいいと言われ、ならいいやと飛び付くように承諾。


 まぁ、来てみて内容を聞いてみたら、ちょっと微妙な内容だったが、それもこれも全ては弟の為と我慢し、嫁ぐこと1ヶ月。



 しくった……。毎日、毎日、飽きることなく恥ずかしい要求をされて、メンタルが崩壊しそうだ。


 本当にとんでもない。妻と言うのは名ばかり。侯爵様を見ていると、まるで人形遊びでもしているかのよう。暇さえあれば自分好みのドレスと装飾品を購入して私に着せては何時間も遊んでいる。


 NOは極刑。返事はYES。何を言われようと全てニつ返事で頷かねばならない。


 見掛ければ跪き、帰れば秒で飛んでいき、呼ばれれば膝枕、脱げと言われれば脱いで、お風呂に入りたいと言われれば付いていき、何か要求されれば笑顔で“うんうん”と頷く日々。


 自尊心とか羞恥心とか、そういった類のものが消えていく。木っ端微塵に粉砕されて全て奪われていく。


 1歩、外に出れば敏腕で遣手、仕事が出来ると専ら評判らしいが、家の中では結構酷いものだ。


 変態。その呼び方が相応しい人を私はあの人しか知らない。



「エマ様。ここに来て1ヶ月が経ちましたけど、少しは慣れました?」



 嫁いできてからのことを思い出していたら、フリフリのメイド服に身を包んだメイドのリリィが私の顔を覗き込んできた。 


 意識を現実に戻すように顔を上げてリリィの姿を目に映せば、愛想の良い彼女はパッチリとした目を瞬かせて私に微笑みかける。


 可愛い……。推せる。純粋無垢な瞳にファンレターを300枚。


 彼女は私より2つ下の18歳らしいが、顔付きは少し幼い。背も小さいし、体も華奢、縦巻きのツインテールがよく似合う。


 小さい顔をコテンと傾げる姿はまるで天使。性格も可愛いし、ほんと愛おしいったらありゃしない。この窮屈な広い檻の中で彼女だけが私の癒やし。



「少しだけ慣れたかな。環境もいいし」



 体を軽く伸ばし、微笑むリリィにニコっと口角を上げて返事をする。


 本当にこの辺は街と違って空気は良い。自然もいっぱいだし、元々花屋で働いていた私は庭園で花を育てるのが何よりの楽しみ。


 ただ口では少し慣れたと言ったものの、本当はあんまり慣れていない。

 

 家の中は広すぎるし、侯爵様は突拍子もなく来るし、人が多くて気が休まらない。マナーだとか仕事だとか覚えることも多くて結構大変。


 しかも、奥様……。そんな名称で呼ばれている自分にまだまだ違和感がある。つい1ヶ月前まで街の花屋で働いていたのに。今や何故か侯爵婦人。信じられない。



 まぁ、それもこれも全ては弟の為だ。今年で5歳になった弟は生まれ持っての病気持ち。治療したら治るらしいが完治させるのに時間と治療費がバカみたいに掛かる。


 それこそ裕福じゃない実家の力じゃ払えるものではなく、侯爵様の力を借りなければ私が働いたところで、どうにもならない状況だ。


 十五も年が離れた小さいあの子は私の生き甲斐。失うなんて考えられない。だからこそ、私を妻に欲しがっていた侯爵様との取引に応じた。平たく言えば、弟の為にお金で彼に買われたのだ。



 勿論、助けて貰って感謝してる。だから黙って何でも受け入れる。ニコリと優しく微笑んで、ええ、あなた、はい、そうですね、と。


 朝から『ストッキングで僕の顔を思い切りぶって欲しい〜』と頼まれたって今日も可愛い奥様になりきる。内心、ドン引きしつつも。



「それは良かったです。この辺は緑も多く土地も広大で街よりも空気が良く……」


「やぁやぁやぁっ、僕の可愛い妻よっ!居るかい?」


「わっ、旦那様…」



 にこやかに話していたリリィの声を遮ってドアが勢い良く開く。幼少期から徹底的にマナー講師に躾られてきたとは思えない不躾ぶり。続けて中に入ってきた眼鏡の執事もお口あんぐりである。



「おや、すまない」



 ノックもせずに部屋へ入ってきた館の主は一旦立ち止まると、驚いていたリリィに向かって軽く謝罪を述べた。


 そして中を見渡し、ソファに座る私の姿を目に捉えると笑顔を1つ。凄まじい速さで飛んできた。


 そのまま当たり前のように頭を膝に乗せられ、ゴロゴロと甘えられ、人目を憚らずにキス。いつものように優しい笑みを返したが、内心“現れたな。ド変態……。と悪態をついてしまう。



「ねぇ、エマ。聞いたよ!聞いちゃったよ!君の新しいドレスが届いたそうじゃないか……っ」


「えぇ、まぁ……」


「早く着替えて。今すぐ僕に見せておくれ。さぁ!早く。今すぐっ」


「はい」



 勢いに引きつつ、笑顔で頷き、立ち上がる。


 新しいドレスか。きっと、いつもの展開になりそうだなぁ……、と心の中で考える。リリィも分かりきったように部屋の準備をいそいそと始めた。


 勿論、拒否権は無い。これが私の役目だ。侯爵夫人としての。


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