最終話【莉子とグリ】 ※佐倉莉子視点
初めまして!
全四話の最終話です。
どうか最後までお付き合い下さいませ。
「りこは歌がうまいな!」
マンションの上の階に住む幼馴染の駿くんがそう言ってくれたのがきっかけだった。
小さい頃から歌うのが好きだった私は、駿くんにそう言ってもらえるのが嬉しくて、もっともっと上手くなりたいと思った。
保育園の頃にお父さんとお母さんにねだって近所の音楽教室に通わせてもらったりしているうちに、歌う事への興味がもっと深くなっていって、毎日毎日家で練習していた。
その頃から私は毎週末にテレビで放送される音楽番組が大好きで欠かさずに見る様になった。その頃のテレビ番組はクイズやトークバラエティがほとんどで、幼い私が起きている時間にやる音楽番組はそれ一つくらいなものだった。
一回きりじゃ物足りなくて、録画したのを繰り返し観ていたのをみかねた両親が私に動画配信サイトの存在を教えてくれた。
動画配信サイトを子供に視聴させるのは良くないなんて話もあるけれど、私にとっては寧ろ逆で、私の歌に対する好奇心を加速させた。
テレビでひっきりなしに流れるヒットソングをカバーして、いろんな歌手の人が思い思いのアレンジを施して配信していた。聞けば、この人たちのほとんどはプロではないらしい。
「わたしにもできるの?」
私のその問いにお母さんが頷いた時、私の世界が一気に広まった。
私にも出来るんだ。そう思ったらドキドキとワクワクが止まらなくなった。
近所の男の子に上手いと褒められた私の歌をもっとたくさんの人に聴いてもらいたい。なにより、駿くんにたくさん聴いてもらいたい。そう思って私はさらに音楽に没頭していく。
8歳の誕生日の時にお父さんが家のクローゼットの一つを潰して防音室にしてくれて、毎日そこで練習をした。たくさんの歌い手さんの曲を聴いて歌い方を研究した。12歳の誕生日の時に簡単なレコーディング機材とお父さんのお古のパソコンを貰った。
それから私は必死になって勉強して動画配信サイトに自分の歌を投稿するに至った。
いつかすごい歌い手になって駿くんを驚かせてみたい。そう思った私は動画投稿の事は駿くんには内緒にする事にした。
初投稿の動画の再生数が二桁になって大喜びした私は二曲目のレコーディングを済ませて投稿した。次は三桁、その次は四桁、五桁……どんどん再生数が伸びて、ある日、芸能プロダクションから声をかけて頂いて夢だった歌い手としてメジャーデビューをする事が出来た。
当時13歳だった私は家族と相談して顔出しはしない方針にすると決めた。テレビの中でキラキラと輝く他のアーティストさん達のように輝ける自信がなかったし、何より娘の容姿が世間に出回ってしまう事を懸念したお父さんとお母さんからの提案だった。
実際にVtuberの人や、他の歌い手さんなど前例が無いわけではなかったので事務所もあっさりと受け入れてくれた。
当時、たくさんの大人たちに手伝ってもらって私のデビュー曲のリリースの日が決まった。とうとう自分の歌がCDになるんだ。メジャーデビュー出来るんだ。
それを知ったら駿くんはどう思うかな、すごいって褒めてくれるかな。喜んで、くれるかな。
いつしか幼馴染を越えた感情を抱いていた駿くんがどんな反応を示すか私は不安で、でも楽しみで、その事を伝えようとした時に駿くんが私に言った。
「なぁ、グリって知ってるか!? めっちゃ歌が上手くて初投稿から応援してるんだけど、今度メジャーデビューするんだって!」
衝撃だった。まさか私の事を、グリの事を知っていてくれた事に、私の歌を聞いてくれていた事に驚いた。そしてそれ以上に嬉しかった。
嬉しかった反面、私は複雑な心境になった。
確かに動画配信サイトの歌い手が下の階に住む幼馴染だとは思わないのは、まぁわかる。でも歌声で気付かないものなの?
まず気付けよと思ったけど、防音室を作ってもらった頃から駿くんの前ではあまり歌わなくなったし、ここ数年で歌い方もかなり工夫して変えてきたから仕方がないか。そう思い直して、私がそのグリだよって伝えようとして、私は思いとどまった。
もし私こそがそのグリだって言ったら駿くんはどう思うのかって。
聞けば、彼は私の初投稿の頃から曲を聴いてくれているらしい。毎日毎日何回も何回も繰り返し聴いてくれているって。大ファンだって。
すごく嬉しかった。心無いコメントで挫けそうになっても、負けずに努力してきた甲斐があったって。
でも、私がグリだよって言ったら彼の心はどう動くんだろうか。
これまでも私は鈍感な駿くんにいろんなアプローチをしてきた。オシャレしてみたり、誕生日に手紙をあげたり、バレンタインだって。でもそのどれもが空振りで、満面の笑顔でありがとう! って言うだけ。いや、それはそれで最高だったんだけど。
いや、そうではなく、私がグリだと言う事で駿くんの気持ちをこっちに向かせるのは少し違うんじゃ無いかって、そう思った。
もちろん駿くんは私が推しの歌い手だから心が動くなんて人では無いとは思ってるけど、それでも私の事は佐倉莉子として認識して欲しかった。佐倉莉子として、その、好きになって欲しかった。
だから私は駿くんには内緒にしようって思った。
それで、いつか佐倉莉子として駿くんと結ばれたらって思う。それまで私は彼の推されて恥じない様な歌い手であろうって心に決めていた。
これは友達以上恋人未満の私たちがひとつの結論に至るまでのお話。
最後までお読み頂きありがとうございました。
こちらは現在構想中の長編のプロローグに当たる部分になります。
本編では隠れハイスペック男子の駿の元に数人のハイスペック女子が現れます。
彼女らの存在を脅威に感じた莉子はどうするのか。と言った感じのラブコメにしたいなと考えています。
もし万が一ご好評頂けましたら本格的に執筆してみようと思いますので、お気に召しましたら、ブックマークや下部⭐︎の評価って応援して頂けると嬉しいです。
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