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第三話【毎日起こしに行く友達以上恋人未満の幼馴染】※佐倉莉子視点

 初めまして!

 全四話の第三話目です。

 是非最後までお付き合い下さいませ。


 ※佐倉莉子視点


 木製のドアを二、三回ノックをして返答を待つが返事がない。


「おはよー。駿くん、起きてる?」

 

 少し大きめな声でそう言いながら私、佐倉莉子は幼馴染の有馬駿くんの部屋のドアをゆっくりと開けた。

 大きめのノックと声は彼を起こすって理由もあるけど、それ以外にも理由がある。以前、なんとなくドアを開けてしまった時に……その、いや、まぁその話はいいや。


 とにかく今は午前7時。そろそろ起きて準備をしないと学校に遅れてしまう。

 

 半分ほど開けたドアから中を覗き込むと薄暗い部屋のベッドの上に安らかな寝息を立てる駿くんがいた。

 まだ寝てる。少しだけ呆れながらも自分に課せられた目覚まし時計役に従事出来ることに若干の喜びを感じながら部屋に入る。

 

 私は部屋の主人が寝ているのをいい事に部屋を少し見渡す。ちょっと散らかった部屋でスッと空気を吸うと駿くんのいい匂いが私の鼻腔をくすぐった。少し変態っぽいけど、これでも毎日起こしに来ているんだから少しくらい見返りがあっても良いはず。そう、これは対価なのだ。


 ふと勉強机の上のポストカードに目がいく。

 “グリ”のポストカードとその横には何やらパスワードらしきメモ紙があった。


「これって昨日の……?」


 そう思うだけで胸に暖かい感覚が広がっていき、幸せな気分になる。

 私は寝息を立てる駿くんのベッドサイドに膝をついて座り、彼の寝顔を覗き込んだ。


「……」

 

 柔らかい髪、凛々しい眉毛、長いまつ毛。すべすべのほっぺた、寝息にシンクロして上下する逞しい胸。


「……やっぱりイケメンだよね」


 幼馴染の寝顔に見惚れていた私は思わずそう呟いた。

 高校に入学して一年と少し。本人は気づいていないけど、駿くんは学園内でも有名な男の子だった。

 顔は見ての通り整ってるし、勉強もスポーツも出来るし、何より優しい。少し童顔の彼は上級生からは可愛いと言われて下級生からは美形だと言われる。

 

 そんな彼の寝顔を独占している。

 他の女の子に対する優越感と彼に対する背徳感で胸がいっぱいになりそうになって我に返る。

 このままずっと寝顔を見ていたいけど今日は月曜日、学校へ行かなければ。そう思い直して私は駿くんの腰の辺りをゆさゆさと揺する。

 

「……そろそろ起きなきゃ。朝だよ、駿くん」

「ん……グリ……」


 寝言でもグリって言ってるよ。ふふ、可愛いやつめ。


「朝だよ。起きて学校行くよー」


 私は声をかけつつ一定のリズムで駿くんを揺すり続ける。駿くんを起こすには声だけではダメで、こうして揺すらないと全然起きない。


「駿くーん。おーい、朝だよー」

「んん……んー……」


 悩ましげな声の後で駿くんの片目が少しだけ開いて私と目が合う。

 起きてくれたかな? そう思ったけど、駿くんは私を無視して再び目を閉じた。


「……ん、莉子か。おやすみ」


 え、まさかの無視ですか?

 ちょっとムキになった私は強行手段に移る事にした。タオルケットを強奪してカーテンを全開にする。


 やっと起きて目をゴシゴシと擦る駿くんは物凄く眠そうだった。その理由、寝不足の理由がどうしても気になってしまった私はついしどろもどろになってしまった。

 答えが分かっているのに、彼の口から欲しい言葉を言って欲しくて、私はつい知らないフリをしてしまった。ズルい女だなと少しの自己嫌悪が襲う。


「今日はいつになく眠そうだね……ま、また夜更かししてたの? え、えーと、何してたのかな? ゲーム、とか?」


 平静を装ったつもりだけど自分でも分かるくらい不自然な聞き方になっちゃった。私はそれを誤魔化すために少しだけ傾いていた少年漫画のキャラクターフィギュアを直した。


「違うよ、昨日はグリのライブだったんだ」

 

 昨日やっぱり……。

 推測が確信に変わって、私の胸に再度暖かい感覚が広がっていった。けれどそれを悟られない様に毅然な態度を心掛ける。女優……そう、私は女優。時に自分を演じる事も必要だよ。そう思って演技モードに入る。平静を装うために。


「えっ、そ、そうなんだ、ふーん?」


 私の演技が完璧だったのか、駿くんは首を傾げつつも特に気にしていないみたい。良かった、さすが私の演技。声は裏返っちゃったけどセーフでしょ、これは。


「相変わらず興味無しかー。グリは良いぞー、グリを崇めよ、グリと和解せよ、グリを認めよ」


 まるで何かを崇めるみたいに言ってくれる駿くんが可愛くて私は思わず笑ってしまった。好きなものや人にずっと真っ直ぐになれる彼は見ていて気持ちがいい。


 推しの歌い手の事をキラキラとした表情で語る駿くんが可愛くて、そしてもっともっと称賛してほしくて私はつい欲しがってしまう。


「ち、ちなみに駿くんはグリのどんな所が好きなの?」

「どんな所がって、全部だよ」

「は、はぅ!?」


 見えない天使が放った矢が私の心臓に突き刺さる。

 く、苦しい……! で、でも、なんなのこの感覚!?

 苦しいのに、なんだか嬉しい!?


「ぜ、全部……?」


 私は息も絶え絶えになんとか絞り出す様に続きを促す。これ以上は致死量に値する可能性もあるというのに。


「全部。あの突き抜けるような高音もいいけど、どっしりとした低音もいい。それにあの独特なテクニックな! アレは誰にも真似出来ないグリだけのものだし、何より声質が最高なんだ……って、大丈夫か莉子? 耳まで真っ赤じゃないか」

「へ!?」


 駿くんにそう言われた私は自分の手をほっぺたに当ててみた。なにこれ、びっくりするくらい熱いんだけど。

 やばい、めちゃくちゃ顔赤いよこれ、どうしよ、恥ずかしい。そう思えば思うほど私の顔は熱くなっていく。私は自分の手でそれを冷ましながら、駿くんのグリへの熱い想いを聞いた。

 この曲のあの部分が好き、あの歌い方が好き、ラジオのあのエピソードが好き。それらの話の全てが私の心臓に突き刺さっていく。


「って、莉子、大丈夫か?」


 気がつけばもう立っていられなくなった私は胸を押さえてうずくまってしまっていた。そんな中、何も知らない駿くんが更に追い討ちをかける。


「これは……愛だ。ライクじゃない。ラブだ」

「ラブ!? じゃ、じゃあ駿くんはグリを、その、愛してるってこと?」

「そうなるな」

「ぐはぁ!?」


 天使が放った矢が、いや、ベテラン天使がスナイプした銃弾が私の心臓を見事に撃ち抜いた。ハートショットを食らった私はその場にのけぞって倒れる。

 

「……はぁはぁ、致命傷だよ、これは……」


 駿くんはグリをあい、あああ、愛してる……。

 という事は私の事を愛してるって事じゃない!!

 きゃー!!

 だって私グリなんだもん! 佐倉莉子はグリなのぉ!! 

 私は心の中でそう叫んでのたうち回った後に空想の中で床をバンバンと叩いた。

 

 私は大手動画投稿サイトで“歌ってみた動画”を投稿しているグリとして活動している。

 そのグリを駿くんは愛してるって言った。イコール私の事をあ、ああああ愛してるって!!

 どうしようどうしよう、私もその、駿くんの事はその、すす、好き……だと思う。やばいそれを口にするともう想いが溢れてきちゃう。いやでも落ち着いて。駿くんが好きなのは私じゃなくてグリ! 歌い手のグリ! ここで私が勘違いして告白したとして玉砕しちゃう。勘違いしちゃダメ。今までのこの関係が壊れちゃう……。あれ? でもホントに私フラれちゃうの? 私と駿くんの関係って全くそういうのが無い関係だったの? 良く考えて? だって幼馴染だからってお互いの部屋を気軽に行き来する関係にあるってレアじゃない? だよね。多少なりとも私たちってお互いを意識する関係だよね? あれ? もしかしてこれって私の自意識過剰? え、やだ、だったらどうしよう……。


 もう頭がぐるぐるで訳がわからない。でもひとつ言える事は、ここで私がカミングアウトするのは違うって事だけ。駿くんが好きなのはグリで私じゃない。今の私が出来る事ってそんなに多くなくて、ぐるぐると考えた結果、私はただ一言、駿くんに呟いた。

 

「……私、もっと頑張るよ」

「お、おう?」


 むくりと起き上がってそう呟いた私に駿くんは意味がわからないと言わんばかりにそう返した。


 最後まで読んで頂きありがとうございます。

 

 次話は一時間後、21時台に投稿予定です。

 お気に召しましたら、ブックマークや高評価をよろしくお願いします。

 より多くの方に読んでいただくため、どうかお心付けをよろしくお願いします。


 次話で最終話です。

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