第二話【毎日起こしに来てくれる友達以上恋人未満の幼馴染】
初めまして!
全四話の第二話目です。
どうか最後までご覧ください。
「駿くーん。おーい、朝だよー」
「んん……んー……」
ゆさゆさと身体を揺さぶられ、渋々と言った様子で駿は片目を開けた。するとベッドサイドにしゃがみ込んで駿の腰の辺りをずっと揺さぶっている人影が見えた。
就寝中に自室に誰かが入ってきている。常識的に考えれば異常な状況の筈なのだが駿は全く気に留める事なく再び枕に頭を埋める。
「……ん、莉子か。おやすみ」
「バルス!!」
駿に無視されてムキになったのか、莉子と呼ばれた少女がシャアっと音を立てて素早くカーテンを開けると聖なる光……もとい、日光が薄暗い部屋に差し込んで駿の顔に容赦なく当たる。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!! 目が! 目がぁぁああ!!」
「三分間も待ってられないよ。ほら、起きて起きて」
日光で焼かれた目を押さえてのたうち回るコントをする駿を莉子は半分呆れた様子で淡々といなす。
悪ノリを敢行しようとしたが一人でやってもつまらない。そう思った駿は仕方なく身を起こすと腫れぼったい両目をゴシゴシと擦ってから目を開ける。
「おはよ。今日の寝起きはまあまあだね?」
学園指定の夏用セーラー服を着た少女は腰に手を当ててため息混じりに苦笑した。
佐倉莉子。
栗色の長髪と琥珀色の大きな瞳、ぷっくりとした桃色の唇。きめの細かい肌、165cmの長身。すらりと伸びた手足。彼女の持つ可憐で美しい容姿は男女関係なく人気を集め、街を歩けば度々ファッション雑誌のモデルの依頼や芸能事務所のスカウトから声がかかる事も少なく無い。
けれどお高く止まることのない、明るくて優しい性格の莉子の存在は学園内では有名な美少女だ。
駿と莉子は未就学の頃から同じマンションに住む幼馴染で、双方共の両親が仲が良かったという事と、仕事の関係で家を空けがちという事もあり、互いの家を行き来して育った。
保育園から小学校中学年辺りまでは男女の隔て無く付き合ってきたが、次第に莉子の身体が女性としての成長をし始めた辺りからお互いに男女として意識する様になった。
それでも幼少期からの関係は崩れる事なく、今日を迎えている。お互いに意識はする関係だが進展には至っていない。
「今日はいつになく眠そうだね……ま、また夜更かししてたの? え、えーと、何してたのかな? ゲーム、とか?」
莉子は駿の部屋に設置してあるモニターとゲーム機に視線をやる。駿は彼女の言動に何故かその質問や仕草にわざとらしさみたいなものを感じてしまった。しかし、首を傾げつつもまぁいいかと切り替える。
「違うよ、昨日はグリのライブだったんだ」
傾いた少年漫画系のフィギュアを直そうとしていた莉子の手がぴたりと止まって、栗色の髪がはらりと落ちる。
「グ、グリの? へ、へぇ、そ、そうなんだ、ふーん?」
莉子は素っ気ない態度を取ろうとしている様子でまたわざとらしくそう言った。駿はベッドの上で胡座をかいて、卓上に飾ってあるグリのポストカードに目をやる。
デビュー曲のCDの初回購入特典で貰った品で、有名絵師が手掛けた見事なイラストが額縁に入れて飾ってあった。それはグリのメインビジュアルとも言えるイラストで、可愛いとも綺麗とも取れる黒髪ロングの美女の立ち絵が描かれている。
「相変わらず興味無しかー。グリは良いぞー、グリを崇めよ、グリと和解せよ、グリを認めよ」
「あはは、ネコでしょそれは」
「いや、神な。ツッコミ間違えてるぞ」
「あ、あぁ、そうか。あは、あははは」
などと言って、莉子は後頭部を掻いてわざとらしく笑って見せると、おずおずと言った様子で駿に問う。
「ち、ちなみに駿くんはグリのどんな所が好きなの?」
「どんな所がって、全部だよ」
「は、はぅ!?」
駿がそう答えると、莉子は急に胸の辺りを押さえるような仕草をした。まるで戦場で矢が刺さったかのような。そして苦しそうに頬を赤らめて息も絶え絶えに駿の返答の続きを促す。
「ぜ、全部……?」
「全部。あの突き抜けるような高音もいいけど、どっしりとした低音もいい。それにあの独特なテクニックな! アレは誰にも真似出来ないグリだけのものだし、何より声質が最高なんだ……って、大丈夫か莉子? 耳まで真っ赤じゃないか」
「へ!?」
駿がグリの魅力を語っている最中にふと目線を上げると莉子の顔が耳まで真っ赤になっていた。それを指摘すると莉子は自身の両手をほっぺたに当てた。
自分の顔の熱さに驚いた莉子だが、「大丈夫だから続けて」と更に続きを促す。
「そ、そうか? じゃあ……」
と駿は戸惑いながらもグリの良さを莉子に語る。駿が熱っぽく語れば語るほど彼女は赤面していき、自分の掌で顔を冷やしながら聞いていた。時々「はぅ!?」だの「うぐっ!?」だの胸を押さえる仕草をする。いつもの莉子ではない。明らかに様子がおかしかった。
「って、莉子、大丈夫か?」
駿は話すのをやめて莉子に近づく。床に膝を突いて片手で胸を押さえている。顔は長い髪で隠れてしまっているけど明らかに苦しそうな様子だ。流石に心配になった駿はそんな莉子を覗き込むようにすると、莉子が顔を上げた。
苦痛によるものなのか眉間にはシワが依っており、顔を赤くしている。
「無理……」
そして絞り出すようにそう言った。
「や、やっぱり体調が悪いのか!? きゅ、救急車っ!」
慌てる駿を制するように右手を挙げた莉子の表情はやっぱり辛そうで……。琥珀色の瞳が涙で潤んでおり、すがる様な視線を駿に投げかける。
「……」
悩ましげな視線を受けた駿の時間が一瞬止まる。莉子は胸を押さえて少しでも落ち着こうと深呼吸を繰り返す。
「あ、そうじゃなくて……だ、大丈夫、大丈夫……ごめんね、ちょっと尊くて……」
「とお……? 何言ってんだよ、ほんとに大丈夫かよ?」
「大丈夫……推しが尊過ぎてつらい」
「?」
推しが尊過ぎてつらいのは僕の方なんだけど?
思わず駿はそう思って心の中で首を傾げる。
莉子は何やら胸を押さえて肩で息をしながら譫言のように呟いている。
「ほ、本当に好きなんだね、グリが」
「ああ、好きだ」
「はぐっ!?」
また胸に何かが刺さった様に押さえる。今度は矢では無く剣だ。駿にはそう見えた。
しかし今まで饒舌に語っていた駿だが、顎に手を当てて少し考え込む様な仕草をしてから続ける。
「……いや、好き……じゃないな」
「えっ……」
それを聞いた莉子は思わず声を上げた。眉根を下げて心底残念そうな表情を浮かべる。それはまるで戦場でただ一人残された兵が『救援は無い』と言われた時の様な絶望を孕んだ表情に変わる。
駿は自身の考えを纏めようと思考する。
そう、僕はグリが“好き”ではない。好きなんかじゃ言い表せない、もっと深い言葉は無いか? もっと深くて、濃い言葉……ああ、そうだ、これは……。考えた結果、駿はひとつの結論に至った。
「これは……愛だ。ライクじゃない。ラブだ」
「ラブ!? じゃ、じゃあ駿くんはグリを、その、愛してるってこと?」
「そうなるな」
「ぐはぁ!?」
そう同意した瞬間に莉子は見えない銃弾に撃たれたようにして床に倒れ込んだ。
し、死んだか?
そう心配になるかの様な勢いで倒れたが、その表情は幸せに満ち溢れていた。これならこの世に未練なく逝けそうだ。良かった良かった。いや死んで無いんだけど。などと考えていると莉子が何やら呟く。
「……はぁはぁ、致命傷だよ、これは……」
「は?」
「ううん、だ、大丈夫。まだ」
「おま、本当にさっきから何言ってんの?」
相変わらず胸を押さえて肩で息をしている幼馴染を見て駿は首を傾げる。普段はしっかり者と言っても差し支えない彼女が稀にこの様な状態に陥る事があるにはあるが、今日は特に様子がおかしい。
「……私、もっと頑張るよ」
「お、おう?」
むくりと起き上がってそう呟いた莉子に駿はそう返すのがやっとだった。
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