第一話【超人気の顔出しNG系歌い手】
初めまして。
現実恋愛の短編を書いてみましたので、是非最後まで読んで貰えると嬉しいです。
よろしくお願いします。
全四話で本日全て投稿いたしますので、どうか最後までお付き合いください。
真っ暗なアリーナの海に踊る色とりどりのサイリウム。光と音の演出に併せて統一された動きで踊り、跳ねる。
何千本ものサイリウムの先、観客の視線の先には眩い光に包まれたステージ。そこに立つのはひとりの女性。
女性とは言ったが、そこには等身大の影絵の様なシルエットしか見えていない。しかし、確かにそこに本人が居る事が分かる。
『みんな、今日は本当にありがとう! 初めてのライブでめっちゃ緊張したけど、最後まで歌えたよ! 楽しかったよー!!』
涼風の様に透き通った声がアリーナに響き渡る。彼女の声に併せてシルエットが手を振る。
まだ終わって欲しくない。本当に来て良かった。そんな声がアリーナから投げかけられるが、今日のステージはこれで終わる。
何度も何度も感謝の言葉を投げかけながら、彼女はやがてステージを後にした。
夢の様な時間が終わり、会場が明るくなる。退場を促す場内アナウンスが流れ始めると否応なしにも現実に引き戻されていく。
でも、その時間は確かにそこにあった。みんなで過ごした、彼女と過ごした夢のような時間。
また明日から頑張ろう、そんな気持ちにさせられる素敵な時間だった。
「……っ、うぅ……っ、さ、最高だぁ……サイコー過ぎるぅぅうああああ!」
【配信終了】と表示された画面に有馬駿は抱きついて号泣していた。
もちろん年季の入ったボロモニターの事が好きでたまらないからそんな事をしている訳ではなく、最推しの歌い手“グリ”のライブが最高過ぎて、昂った感情の捌け口が無いので仕方なくやっている次第だ。
待ちに待った彼女のファーストライブは文句なしに最高だった。大手動画配信サイトで〝歌ってみた〟動画をアップしていた彼女を見つけたのは今から3年ほど前、駿が中学生に上がった頃の話だ。
同い年とは思えない、伸びのある高音と安定感のある低音、独特の歌唱テクニックに駿の心は瞬く間に掴まれた。
それからあっという間にメジャーデビュー。新曲を出すたびに各ランキングを総なめにしていく。
顔出しNG。ミステリアスな設定と抜群の歌唱力、それと公表している年齢が当時13歳だったという事も相まって、彼女の名前は瞬く間に国民に浸透した。
ドラマ、アニメ、映画、CM。彼女の歌を聴かない日は無い。
そんな彼女の初ライブ。当然チケットは即完売。
デビュー曲から最新曲まで、全てのリリース曲はメガヒットを記録している名曲ばかりなので当然今回のライブは神セトリ確定。最初から最後まで泣きっぱなしだった。そう、本当に最高だった。最高だっただけに、
「会場に行きたかったなぁ……。箱が小さ過ぎるんだよなぁ。まぁグリがそこでやりたかったって言うんだから仕方ないけど」
そんなグリが最初に選んだ会場は都内のライブハウスだった。その箱自体は歴史がある場所で、数々の著名なアーティストが日々ライブを行っている有名な会場だ。
今のグリの人気からすると2000人台の会場は確かに狭過ぎる。もちろん駿はチケット獲得に奮闘した。しかしファンクラブ先行から一般販売まで粘ったが、ネットも電話も繋がらなかった。
まぁ配信で見れただけマシだと思わなきゃな。駿はそう自分に何度も言い聞かせてきた。
駿はグリの事を初投稿の頃から応援しているが、彼女の歌に出会ってから生活にハリが出たというか、彼女の存在が自分の活力に直結している気がしていた……いや、気がするレベルではない。直結している。間違い無く。
結局、今回は会場でライブを観ることは出来なかったが心は十分満たされた。
駿はモニターの前でサイリウムを振りまくったせいで随分と汗をかいていた。シャワー浴びてから寝よう。そう思い、部屋を出て浴室に向かう。正直、寝れるか分からない……だって未だに余韻が残っている。まだ興奮は冷めてはいない。
ああ、グリ。一体どんな姿をしてるんだろう。もちろんそれによって自分の気持ちが変わることは無いがそれでもやっぱり気になる。
彼女が自身の姿を公開していないのには何かしら理由がある筈なので必要以上に詮索するつもりはない。本当のファンなら彼女の意思を尊重すべきだという事を駿は理解していた。
そんなことを考えながら汗で湿ったTシャツを脱ぎ、洗濯機に放り込んで浴室に入る。
ぬるめのシャワーを浴びながら今日のライブに想いを馳せ、やはりというのか色々と妄想をしてしまう。
グリのシルエットから察するにスタイルは絶対いい。身長も高そうだ。髪も長い……きっとサラサラで……。正直言うとグリに直接会ってみたい。無理矢理とかじゃなく偶然街であったり? そうなったらどうしよう、きゃー。
姿は分からないけど、声とかで気付けたりするかも。だって駿は彼女のウェブラジオのリスナーでもある。
「……いや、ないない」
シャンプーを泡だてながら首を振る。そんな事あるはずが無い。話の流れからどうやら都内に住んでる事は知ってるが、ただそれだけだ。
そう言いつつも思春期男子の妄想は止まらない。
もし駿がアルバイトしているファストフード店にお客さんとしてグリが来たら絶対気づく。例えばこんな感じで?
「いらっしゃいませ、ご注文をどうぞ」
「ハンバーガーのセットを――」
「グリ!」
「気付かれちゃった☆」
ってな具合で秒で気づくよ、絶対。
などと妄想は止まらない。
けれど前述した通り実際に顔出しをしていないという事は、プライベートを守りたい等の理由がある事は分かっているし、いちファンとしてはバイトに励んで彼女に多く投資しようと駿は考えていた。
彼女への投資は自分への投資でもある。ある程度の労働はインドア気味の駿の生活にメリハリを付けていた。
今日は日曜日。明日からまた学校なので早めに寝ないとと思いつつ、何となくスマートフォンを手にとってグリのSNSを覗いてみる。まだ更新はされていないが、きっとそろそろ更新されるだろう。
一応ベッドには入ったがSNSなどをチェックしているうちに時間はどんどん溶けて、結局眠ったのは深夜になってからだった。
◆
「有馬駿くん、いつも応援してくれてありがとう」
え、グリ、さん?
「そうだよ。あはは、いつもみたいに呼び捨てでいいのに」
眩しい光を背にしているせいで姿は見えないが声は間違い無くグリだった。駿は眩しさに目を細めながらも彼女の姿を一目見ようと目を開く。でもやっぱり眩しくて目を顰める。
ど、どうしてグリが僕なんかに。これは一体どういう状況だ?
「そろそろ起きなきゃ。朝だよ、駿くん」
え? グリ、今なんて?
「朝だよ。起きて学校行くよー」
朝? 朝……?
最後まで読んで頂きありがとうございます。
次話は一時間後、19時台に投稿予定です。
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