元・深窓の令嬢の女装
花粉症で前世を終えたらしい杉山花恋は、杉の木を聖樹として崇め、花粉を祝福と呼んで狂喜乱舞するシードァ神聖国のポラン公爵の謎の病で療養するポラン・カラニーナに転生したはずだった。
ポラン公爵の実の娘ではないと気づいたカラニーナ改めスギヤマ改めギヤは、ポラン公爵邸からの逃亡を試みたものの、『本邸』の従業員で転生者のダイに見つかり、保護され、その流れでポラン公爵邸の、しかも、カラニーナが幽閉されていた『離れ』に、正体も性別も偽って就職することになった。
さらに、『離れ』には、転生者はおらず、現地人の認識では花粉アレルギーは、『離れ』のスタッフが最も警戒する宿敵の蛮族の病であるということが判明し、花粉症であることが明かせずに悩んでいたギヤ《カラニーナ》だったが、突如現れたササミという医者から、花粉と食物以外のあらゆるアレルギーと言う事にして、対策することにしたらよいという妙案を授かった。
その翌日のことだった。
その日は朝からスタッフがあわただしく働いていた。
そして、何やら黒服たちは皆総じて顔色が悪い。
ミヤに聞くと「今日は、公爵様以外に偉い人が来るらしくて、おもてなしをしなければならないらしい」と教えてくれた。
そんな中でも、いつも通り朝礼は行われた。
朝礼の後、「15歳未満のスタッフは残るように」と、執事長が言った。
ギヤの転生前の年齢なら完全に除外されるが、カラニーナの年齢だったとしても、14歳くらいなので、入ってしまう。
悩んでいると、ダイが「ギヤもだろう」と、腕をつかんできた。
確かに、ダイは10歳で、ダイに年齢を聞かれたときに、同い年だと答えてしまった気がする。
体格的に、10歳でも遜色ないくらいにチビで痩せていたし、それくらいかけ離れていたら、カラニーナだとはバレないと思ったからだ。
集められたメンバーのほとんどは『本邸』スタッフで、『離れ』のスタッフはギヤだけだった。
そこには、黒服の執事長と、見たことのない深緑の服装のスタッフがいた。
彼らは何かを説明するでもなく、集まったメンバーをジロジロ見ると、ギヤよりも年少と思しき少年少女たちに、業務に戻るように伝えていた。
そして、15歳未満とは思えないほどの豊満な肉体を持った女性スタッフや、15歳未満とは到底思えないガタイのいい男性スタッフにも、業務に戻るように伝えた。
そうして残されたのは、ギヤと、ダイだけになった。
何を基準にして、何を選んだのかわからないが、背格好としてはギヤの方が若干やせ細っているが、ダイとほぼ同じ身長だ。
ちなみに言えば、まだ幼いとは言えダイの方が確実に整った顔をしている。
「体格的にはこっちの方がいいが……」そう言いながら、深緑のスタッフはダイを見た。
「こっちは『離れ』か……顔も、これくらいのブサイクのほうが……」
なんか失礼なことを言いながら悩んだ末に、深緑のスタッフはダイに、持ち場に戻るよう伝えると、ギヤに「こちらに来なさい」と言った。
歩きながら、深緑のスタッフこと、王都の邸宅の執事は、ギヤに、今日の任務については絶対に誰にも話してはならない、と伝え、今日の任務について、「とあるご令嬢の身代わりとなってお見合いをすることだ」と、伝えてきた。
この邸宅で、令嬢と言ったら……。
「あなたは、今日はポラン・カフニーナ令嬢として皇太子殿下とお見合いするのです」
この時初めてギヤは、ポラン公爵の愛娘の名前が本当はカフニーナであったことを知った。
「本物のカフニーナ令嬢は……?」
「皇太子妃にはなりたくないと駄々をこねて、引きこもっておられますが、なにせ、王命ですので、お見合い自体を断るわけにも参りませんので……」
要するに、お見合いで、フラれればよいらしい。
しかも、フラれなかった場合は、カフニーナの代わりに嫁に行かねばならないようだ。
皇太子の嫁と言うことは、王宮に住まなければならない。
そして、王宮は、ポラン公爵領の杉の比ではないヤバい大きさの杉がそびえ、ここの比ではないヤバい飛散量の花粉が年中舞うという。
何が何でも、このお見合いを破談にしなければならない。
「カフンお嬢様は金髪ですので、こちらをかぶってください」と、執事長が金髪のかつらを出してきた。
お嬢様の呼び名、カフンなんだ……。
そう思っていると、なんだか見覚えのある、キューティクルの死に具合の金髪か出てきた。
もしかしてこれは、ギヤが逃亡する前に切った髪だろうか……?
と言うことは、カラニーナの逃亡はバレたのか?
変なことを言って、怪しまれるのもまずいと思い、ギヤは、無言のまま、キューティクルの死んだ金髪のかつらをかぶった。
そして、あれよあれよという間に、今までのカラニーナ時代には想像もつかないくらいにゴテゴテのドレスを着せられた。
「まあ、カフンお嬢様と比べたら全く劣っていますが、皇太子はアホですから気づかないでしょう」
皇太子、アホなんだ、とギヤが考えていると、その手に扇子が渡された。
マスクもゴーグルもつけてはならないこの世界で、扇子というアイテムは、さすがに目元までは隠せないが、口元と、鼻は隠せるし、多少は花粉から防御ができそうだ。
平安時代の貴族の女性も、もしかしたらこうやって、花粉から逃れていたのかもしれない、と、前世のはるか昔の時代に思いを馳せつつ、ギヤは、扇子で口元とついでに鼻を覆い隠した。
なんとなく息がしやすい気がする……。
扇子越しに呼吸を繰り返すギヤに、深緑の方の執事が「行きますよ」と、声をかけた。
そして、ギヤが連れて行かれた先は、こともあろうか杉の群生地であった。
恐らく、本物のポラン・カフニーナ嬢がいるっぽさを出すためか、ポラン公爵もいる。
「ギヤは、紫外線アレルギーがありますので」と、言うと、黒服メイドがギヤに日傘を差し出した。
傘ではこの花粉は、防御できなさそうだな、と、思いながらもギヤは、差し出された日傘を受け取ると差した。
絶え間なく降り注ぐ花粉を、日傘と扇子で防ぎ切ることなどできず、扇子の下で涙と鼻水を垂れ流し続けること数分、何やら煌やかな集団がやってきた。
煌やかだし、なんだか偉そうだ。
集団の先頭が、ギヤまであと5メートルほどになった頃、「皇太子さまのおなーりー」と、先頭の派手な男が叫んだ。
周りのスタッフたちが傅いたのを見て、ギヤも傅いた。
集団の真ん中から、より派手で偉そうで頭悪そうな金髪の男性が出てきた。
顔は悪くなさそうだが、あまりに派手に飾られすぎて、すべてを台無しにしている。
派手男は、ギヤに近づくと、「お前がカフニーナか?」と尋ねた。
ギヤが頷くと、「顔を上げろ」と言ったので、仕方なくギヤは、扇子はそのままに、顔を上げた。
「いや、そうじゃなくて、顔を見せろ」と、派手男が扇子を持つギヤの腕を掴んだ。
さすがに、推定皇太子の派手男にこの鼻水たれまくりの顔面を見せるわけには行かない気がして、ギヤは、手に力を入れて反発し、顔を見せまいとした。
暫くの間、派手男とギヤの攻防が続いた。
だが、派手男も軟弱そうだが、より軟弱に生きてきたギヤでは敵うはずもなく、ギヤは、鼻水たれまくりの顔面を晒す羽目になった。
派手男は、鼻水たれまくりのギヤの、顔面を見てしばし絶句したあと、「なんかごめん」と、すごすごと帰っていった。
その姿を見たギヤは、なぜか前世のことを思い出していた。
小学生くらいの頃、花粉症がひどくてマスクをしていた杉山花恋のマスクをいたずらに外した同級生の男子が、鼻水まみれの花恋の顔に絶句したときも、あの派手男と同じような顔をしていた。
後日、その、同級生の男子は花恋に『花粉』というあだ名を付けてきた。
カフニーナが知らず知らずのうちに皇太子から『花粉』と呼ばれたらどうしようかとギヤは少しだけ思ったが、よく考えたら元から呼び名がカフンお嬢様だから何の問題もないし、そもそもこの国に花粉の概念はないな、と、ギヤは、それ以上考えるのをやめた。
不意に、ギヤの肩にポンと手を置かれた感触がして振り返ると、深緑の方の執事が、めっちゃいい笑顔でサムズアップしていた。
そして、鼻水まみれのギヤの顔をのぞき込んで、ギョッとしていた。
「昨今の紫外線アレルギーはこんなに鼻水が出るのか?」と、深緑の方の執事が、慌ただしたのを見て、他の黒服スタッフたちも慌ててギヤを連れて屋内へと入っていった。
その日はギヤの体調も鑑みて、早々に仕事は終了になった。
いつものアリバイ作りの癖で、ギヤはこっそりカラニーナの部屋に入ったが、案の定、いつもの質素な食事はなく、カラニーナを探し回ったらしい形跡だけが見られた。
やはり、カラニーナの失踪はバレたようだ。
金髪のかつらをかぶって女装するというだいぶ際どいことをしたにもかかわらず、ギヤがカラニーナだと、気付いた者はいなかったようだ。
実際は、ギヤの体格が、カラニーナ時代に比べたら、多少の筋肉がついていたため、当時の面影がなかったからなのだが、ギヤは知る由もなかった。
それでも、ギヤにカラニーナとしての適性を感じたのか、その場にいたスタッフが仕事終わりのギヤに、かわるがわる、「今よりも給料が格段に良い仕事をしてみないか」と誘ってきたが、すべて丁重にお断りした。
その場にいたポラン公爵にまで、声をかけられたが、今の給料のままで十分です、と丁重にお断りした。
恐らく、その仕事は、ポラン・カラニーナとして囮として過ごす仕事なのだろう。
期間限定で、というスタッフもいたので、自称男性のギヤが男にしか見えなくなるまで、と、思っているスタッフもいたようだが、本当は女性のギヤが、女性だとバレてしまったら、折角逃亡したにも関わらず、また、あのカラニーナの生活に逆戻りになってしまう。
女性であることがバレる前に、この屋敷を出なければ、危険な気がする。
一つの指標として、同年代としているダイが、声変わりするまでにお金を貯めて、この屋敷を出なければ、と、ギヤは心に誓って、自室へと戻っていった。




