元・深窓の令嬢と『洗脳』
現代日本で花粉症で亡くなったと思われた杉山花恋は、シードァ神聖国のポラン公爵領で、ポラン・カラニーナとして転生したと思っていた。
紆余曲折を経て、現代日本に戻ってきた杉山花恋は、あちらの世界は夢の中の世界だと考えたが、入院患者の証言などから、夢の中の世界と現代日本の杉山花恋が勤務している病院には密接な関係があると考えられた。
そして、夢の中の世界は、どういったシステムかはわからないが、集中治療室に眠る姫宮香蓮のために、兄である姫宮医師が用意したものであるとは判明したものの、手も足も出せない状況であった。
そして、案の定、こちらの世界で眠りにつくと、見覚えのあるギヤの部屋で目が覚めた。
外を見ると、昨晩の夢の中でシードァ神聖国に入国していたことをギヤは思い出した。
本日も絶好調に祝福が舞っている。
「あ、ギヤ!おはよう!」と、ヒミカがギヤに声をかけてきた。
その傍らには、コウがいる。
ふんぞり返り具合が激しくないので、既に白石が憑依しているものと思われる。
「コウは、もしかして、ヒミカの部屋に泊まったの?」
前日は、この世界に来た時に、まだコウに白石が憑依しておらず、聞いていられる余裕がなかったため、コウが『部屋持ち』かどうか知らないギヤがヒミカに聞くと、ヒミカは、ぶんぶんと頭を横に振った。
「そんな、まさか、恐れ多い!」
「いや、この中身、ほっとくと、可愛い女子は全員俺の物みたいな雰囲気出して危ないから、ヒ…ミ…、じゃなくて、ヒミカから、『部屋』の入り方聞いて、俺の意識があるうちに入るようにしてる」と、コウが答えた。
ということは、コウも部屋持ちだったわけか、と、ギヤは一人で納得した。
確かに、『部屋』持ちでなければ、呼び名は自由なはずだったが、コウの『真名』をヒミカが呼んだ時、『真名』以外の部分が途切れていた気がする。
シライシコウタロウの中に「コウタイシ」が入っているせいで、コウの最初の呼び名がそのまま「コウタイシ」だったのは、意外だった。
そうすると、執事長とかも、名前に「シツジチョウ」の文字が入ってたりして……と、考えたギヤだったが、まあ、そんな文字が入る名前はそうそうないか、と、考え直してヒミカと、コウと並んで歩き始めた。
よくよく考えたら、すごいメンバーと歩いているな、と、ギヤは、二人を見て思った。
ギヤの、ありふれた感じとは違い、ヒミカは、とても可愛らしいし、ヒロインで聖女だ。
コウも、今でこそ、廃嫡されて残念な感じだが、元々は皇太子だし、本体の性格がアレなだけで、顔は整っている。
それに引き換え、ギヤは、そもそも、ポラン・カラニーナという登場人物すらいなかったというし、『スキル』も、呪った人物が花粉症になるという、大して役に立つこともないものだった。
「あれ?そういえば、コウは、なんか『スキル』持ってるの?」
「あー、俺のは、本体に憑依した瞬間、それまでの行動とかが全部わかるようになるって言う、何のメリットもないやつだな」
むしろ、本体がやらかしすぎてて頭を抱えたくなる、と、コウは、苦笑いした。
「確かに、そのようですね」と、『鑑定』をしたのか、ヒミカがコウをじっと見て言った。
「そういえば、私、『鑑定』のレベルが上がったから、もう一回、ギヤの『鑑定』もしてみようか?」と、ヒミカが言ったので、ギヤは、大人しく鑑定されることにした。
ギヤの鑑定を終えたヒミカは、青ざめた顔をして、ギヤに尋ねた。
「ねえ、ギヤ、状態異常のところに『洗脳』って出てきたけど、思い当たること、ある?」
ギヤは頷いた。
「カラニーナの時に、『洗脳』を受けたっぽいのと、ポラン公爵邸のスタッフが全員『洗脳』状態だったみたいだから、そっちの『洗脳』もかかってるかも?」
「おい、『洗脳』とか、何で、ファンタジーの世界でそんなヤバいワードが出てくるんだよ!」と、思わずコウが反応したが、『洗脳』されてしまっているものは仕方がない。
「私の神聖魔法でたぶん『洗脳』解けるけど?」
「それよりも、花粉症の方を……」
ヒミカの提案に、真っ先に花粉症の治癒を祈ったギヤであったが、「あ、そっちは無理」と、食い気味にヒミカに全否定された。
「あ、『洗脳』が解けるのなら、どうせなら、ポラン公爵邸のみんなの『洗脳』を解いてあげたい」
「じゃあ、皆の『洗脳』を解いたときに、一緒に解こうか?」と、ヒミカが提案したので、ギヤは首肯した。
「また、『洗脳』されるとやっかいだから、先に、全世界に、『洗脳無効』結果張っちゃうね」と、ヒミカは祈り始めた。
特に違いは分からなかったが、何となく、空気が洗われたような気がした。
「ついでに『洗脳』解けたりしないのか?」と、コウがヒミカに尋ねた。
ギヤとしては何の変化もないから、わかりにくい部分が『洗脳』されているのでなければ、恐らくこの結界自体には既にかけられた『洗脳』を解く効果はないのだろう。
「残念ながら、この結界は、これからかけようとする『洗脳』を無効にするだけで、既にかけられた『洗脳』には効果はないんです」と、ヒミカは苦笑いした。
「そういえば、俺、明日から出張なんだけどさ」
歩き始めてしばらくした頃、コウが爆弾発言をした。
「え?」と、聞き返したヒミカは青ざめている。
まだ、コウが皇太子だったころに、出張に行ったことがあったが、その間は、コウに白石が憑依することはなかったが、その時代はそもそも皇太子としての私室があったために、何の心配もなかったそうだが、今は話が違う。
白石がコウに憑依していない間、傍若無人でわがままなコウ本体と行動を共にしなければならないし、最初の話からも、コウ本体をヒミカの部屋に泊めるわけにもいかないので、是が非でも、共有就寝スペースのあるポラン公爵邸にたどり着かねばならないのだ。
「とりあえず、コウさんの時間の許すギリギリまで、頑張って行程を進めましょう!」
そう言って先頭を切って歩き始めたヒミカは、ふとギヤを振り返って言った。
「道中で、『洗脳』を解くことも考えたんだけど、ギヤの『洗脳』はだいぶ根が深そうだから、たぶん解くと混乱しちゃうから、無事にポラン公爵邸にたどり着いてからにさせてね」
いずれにしても、ポラン公爵邸についてから『洗脳』を解いてもらう気でいたギヤはしっかりとうなずき、三人は再び歩き始めた。
夢の中とは言え、何故か、疲労は感じるもので、時折休憩を入れつつも、なるべくポラン公爵邸に近づくべく、三人は頑張って歩いた。
ただ、黙々と歩いているもの何となくつまらなかったので、三人はとりとめもない話を始めた。
「そういえば、ヒミカは、誰のルートもいかなかったってことか?」
「コウさんのルートの時は、皇太子がめちゃヤバかったから、問題外だったし、あと二人は、自分でモデルを知ってる分、ないかなって……」
「あ、そういえば、帝国の王子は、ヒミカの兄さんがモデルで、共和国の方は、幼馴染だっけ?」
ということは、帝国の王子は見ていなかったけれど、姫宮医師がモデルだったのか、と、ギヤは一人で思案した。
実際に、ヒミカは、帝国で結界を張ったお礼にと晩餐会に招待されており、そこで、王子を紹介されたらしいが、やはりそこに兄の面影を感じて、ないな、と悟ったらしい。
「確かに、兄妹で恋愛って言うのは違う気がするけど、幼馴染とか、今のコウならありなのでは?」と、しれっとギヤが言うと、ヒミカは赤面しながら手をぶんぶん振った。
「幼馴染キャラは、モデルにしてた幼馴染が先月可愛い奥さんと結婚してたから、何か、そう言う気持ちで見られないし、そ、それに、コウさんは、廃嫡された段階で、もう、ストーリーから逸脱してるじゃないですか!」
もし、ストーリーから逸脱していなかったら、今のコウならありだという事だろうか、と、ギヤはわずかに思ったが、あまりにもヒミカが慌てているので、これ以上突っ込むのは野暮かな、と、そっとしておくことにした。
もしかすると、ヒミカは、コウに行為があるのかもしれないな、と、ちらりとコウを見ると、何故かわからないが目が合った。
自分で話題振っといてよそ見してるなよ、と、思いつつギヤは、そっと視線をそらした。
恐れていたタイムリミットはやって来た。
「すまん!ヤバいときのアラームが鳴ってる!これ以上寝てたら遅刻する!」
コウがそう言うと、コウがふんぞり返った。
ヒミカの話では、だいぶポラン公爵領は近づいているとのことだが、ここからの旅程はかなり厳しいものになるだろう。
「何かわかんないけど、すっげえ疲れてるから、歩きたくない!」と、駄々をこねる17歳児を引き摺って、ヒミカと二人、ポラン公爵邸を目指して歩くこと数時間、やっとポラン公爵領にたどり着いた。
(逃亡中に)見たことのある街並みに、思わずギヤも安堵のため息をついた。
そして、やっと、ポラン公爵邸の建物が見えてきた。
あと少しだ!
ギヤがヒミカと顔を見合わせて微笑みあったその時……。
無情にもアラームの音が聞こえてきた。
この音は、三度寝した時用のヤバいときの音だ。
起きなければ……。
だが、ここで起きたら、ただでさえ、コウの運搬に大変なのに、ギヤまでヒミカに迷惑をかけてしまう。
あちらの世界で起きなければならないと思うと、体の力が抜けてきた。
そんな、ギヤを見たヒミカは、ギヤに神聖魔法をかけた。
あちらの世界で起き上がるために、こちらの世界で意識を失うギヤに、その神聖魔法は、あちらの世界での意識を取り戻す作用はなかったようだ
だが、その代わりに……。
神聖魔法の効力で『洗脳』が解けて、『洗脳』の影響で書き換えられていた『記憶』が奔流のように脳内に流れ込んできた。
ポラン公爵邸についてから『洗脳』を解くって約束したはずなのに……。
『強制スリープモードに入ります』という自動音声が遠くに聞こえる代わりに、現代日本でのアラーム音が桁試しく聞こえ始めた。
杉山花恋は現代日本で飛び起きると同時に、あわただしく準備をすると、職場へと駆け抜けた。




